SS.WORST ♯3

□Wonder Pearl
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晴天。今日は絶好のデート日和ってやつ。
俺は、輝と水族館に来ていた。

俺達は、デートというものをやった事がなくて。
やっぱりね、いつも一緒にいるからって言ってもね。
俺だって、普通の恋人達みたいに輝と色んな所に行きたいわけだ。

人混み嫌いの輝は、あまりこういった場所に出かけたがらない。
それを一生懸命説得して。もうかーなーり説得して。
ようやく、重い腰を上げさせたのだった。


**********************


入り口に差し掛かったところで、大きな水槽が目の前に広がった。

「うっわー!!すげぇすげぇすげぇ!!!」

スケールの大きさに感嘆の声をあげる。
俺は思わず水槽に向かって一気に駆け出した。

「光政。そんなに急ぐと転ぶぞ。」
「へーきだって!」

俺だって、そんなガキじゃねぇし。
つーか、浮かれるなっていう方が無理じゃねぇ?
だって、輝とデートとかしているんだよ、俺。
嬉しいんだから、これ位いいじゃん。

ったく、輝って本当過保護だよなー…って。

「うわわーっ!!」
「っ!?」

飛び跳ねて着地しようとした途端、身体が前につんのめる。
倒れそうになった所で、輝の腕が俺の身体を捕まえてくれた。

「…ほら見ろ。」
「ご、ごめん」
「まったく。こんな所ですっ転ぶなんてガキかお前くらいだぞ。」

むか。

んだよ!俺はガキと一緒かよ!
そう食ってかかろうと思ったけれど、
実際転びそうになったのは事実だからここは一つ我慢。

「きゃっ!」

てくてく見物ルートに向かって歩こうとしたら、後ろから悲鳴が聞こえた。

ん?思わず振り向いたら、輝もつられて振り向く。
よく見ると、さっき俺が転びかけた場所で女の子が尻餅をついていた。

「いったー」
「はしゃぎ過ぎるからだろう?大丈夫か?」

後ろから彼氏らしい人物が手を貸している。
転んだ女の子は照れ笑いを浮かべて、その手につかまった。

「ごめんなさい。」
「ったく、危なっかしいなぁ。気をつけろよ。」

そう憎まれ口を言いつつも。貸した手は彼女の手から離れない。
そのまま二人は手を繋ぎなおして、水槽に向かって歩いていった。

「………。」

ふと周りを見渡す。
目に止まるのは、どれもこれも…。



…こらこら、俺。
自分で自分をたしなめる。


ダメだってば。
もう慣れっこだろう?こういうのは。



俺は思わず両手をポケットに突っ込んだ。
輝の手に包まれることのない現実を誤魔化す為に。



慣れたよ、もう。



……慣れたんだから。



「ほら、行こうぜ!て…。」

もやつく気持ちを振り切って、俺は輝の方を振り向いた。
…すると、輝もこちらを見ていて。



「な…んだよ。」
「…いや。」



雰囲気的に、ずっと俺を見ていたような。



…何なのだろう。



「ほら、行くぞ。」
「あっ、ちょっと待てよ!」

輝はフイと俺から視線をそらし、再び足を前に進めた。

俺は輝の大きい歩幅に合わせるのに必死で。
先ほど浮かんだ疑問は口から出ないまま頭の隅に追いやられた。



**********************



今日の水族館は人も、そこそこ。
けっこうゆったりと廻れてよかった。

「輝!輝!あの魚、松尾そっくり!」
「…確かに。」
「なぁなぁ。今度みんなも連れてこようぜ。」
「野郎だけで水族館はどうかと思うが…。」
「そっかなー楽しいと思うけどなー。」

でも、こうも水中ばかりだと、魚になった気分だ。
気持ち良さそうに、ゆっくりゆっくり。
魚たちは気泡と波とダンスする。



「…あれ?」

見物ルートの先、道が真っ暗になっている。

「何で暗いんだろう。」
「深海魚がいるらしいな。」

輝が入り口に設置されているプレートを指さす。
ああ、なんだ。深海魚コーナーか…。

「へー。何か暗い場所ってわくわくしねぇ?」
「お前だけだろ。」
「んだよ!つまんねぇ奴ー。」
「ほら、行くぞ。」

そう行って輝は俺の腕を掴んでずかずか歩き出す。
半分、引っ張られる形で俺は暗い展示場の中に引き込まれた。

「うっわーすっげ、まっくら。」

暗闇に静かに光るブラックライトの水槽が浮かんでいる。
灯りはそれのみなので結構暗い。
遠くで、暗闇に怯えた子供の泣き声が聞こえる。
深海をイメージしたそのフロアは本当に海の底の様だった。


「……?」

あれ?

ふいに。そのフロアに入ったと同時に、
右手が何かに温かいものに包まれた。




……………。


……………え?


………ええ??





その正体が、輝の左手だということに俺はようやく気がついた。




うおお?何だ?何だああ!!!?
それを実感したとたん、顔から湯気が出そうになる。
どきどきどきどきどきどき。心臓がうるさくなってくる。

思わず、ブラックライトで青白く光る横顔を見つめた。
そんな俺に気がついたのか、輝の絡む指に力が込められる。

「…ここならかまわないだろう?」
「あ…。」

輝のその言葉で、この手の意図が分かったような気がした。
入り口での光景が呼び戻される。




…もしかしたら…もしかしたら。







あのとき、俺を見ていたのは。








俺があのカップルを見て何を思っていたかを見透かして…。






今、俺と輝は手を繋いで。
楽しそうに魚を見て回っていたあの恋人達とおんなじで。

男同士だから、無理だろうと思っていた。
でも、暗い暗い深海をイメージをしているこの道では、
俺と輝が手を繋いでいても周りの人からはわからない。



だから…こっそり、輝は手を伸ばしてきたんだ。



マジかよー…。輝、それかっこよすぎだって…。
輝のささやかな気使いに、俺は嬉しくて涙が出そうだった。



男同士だけどさ。俺と輝…恋人同士だよね。
ちゃんと、恋人同士だよね。

そんな事を思いながら。俺も、輝の手を握り返す。



深海をゆったり歩く。その道は50メートルくらい。



「………。」
「………。」



輝も俺も、何もしゃべらないまま歩を進めていく。

心臓がうるさい。

優しく繋がっている手にばかり意識がいった。


おかげで、何の深海魚がいたかとか、
俺の頭には全く記憶が残らなかった。


**********************


出口に近づく。

明るくなるにつれ、俺と輝はゆっくり手を離した。
少し名残惜しいけど。いいんだ。少しだけど、手繋げたしさ。

「わー…。」

観覧ルートの最後。
パノラマで広がる水槽が視界に広がった。
天井まで伸びた水槽が乱反射して、凄くキレイだ。
あーなんか…竜宮城みてぇ…。
深い青の中に色とりどりの魚たちが凄く映えている。

「キレイだよなー…」
「そうだな…。」

二人、水槽の前で棒立ちで見惚れた。

「…なぁ。輝。」
「何だ?」
「…楽しかったか?」

俺と、一緒に居て。
俺と、こういう所に来て。
そんな事を、ちょっとだけ聞いてみたくなった。

お互いに反応をうかがっているのか、顔を合わせない。
視線は前に向けられ、反射した水面をなぞっていた。

「…どうしたんだ?急に。」
「……うん…何となく…な。」
「………。」
「………。」
「……健や松尾達に連絡しておけ。」
「え…」
「一緒に行くんだろう?」


「あと…。」
「……?」







「みんなで行った後…また2人で来よう。」






向こうを向いたまま、輝はポツリとそう言った。

そう、視線もあわせないまま語られた輝の言葉は、
俺の心にじんわりじんわり染み込んでいった。

「ま。お前の世話は大変だけどな。」
「んだよっ!悪かったな!」

輝がそんな俺を見て、笑う。

口では嫌味をいうけれど。
ふくれる俺の頭をゆっくり撫でるその指はとても優しくて。



さっきの手を繋いできてくれた事にしろ、今の言葉にしろ。
こういう、さりげない所で輝は優しい。



男と女じゃなく、男同士で。
手すら、堂々とつなげない。
そんな世間一般的には許されないものだけど。




…俺、やっぱり輝と付き合って良かったよ。そう思うよ。





「メシでも食っていくか?」
「おっ!いいねぇー!マック行こうぜマック!」
「却下だ。」
「なんでだよっっ!!!」

そんな言い合いを交わしながら。
俺達は水族館を後にする。

また来よう。また来よう。

次はみんなで。
その次は…また2人でだったよな?

END
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