SS.WORST ♯2
□サンタクロースを捕まえろ
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この世には、不法侵入っちゅー言葉がある。
映画のタイトルにもなった、ポピュラーな犯罪の一つ。
家主に断りもなく、勝手に家に入ってしまう事。
だが、そういう問題でもない様な気がしてきた。
今更かもしれないが。この光景は、そういう問題じゃあない。
ここまで堂々と来られてしまうと、そんな小さな問題は気にならなくなる。
とりあえず、コイツをどうやって追い出そうか、とか。
そんな感じになってくるのだが。
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「…起きんかい。」
「……ん…まだ寝る…」
「寝るじゃなかろうが。ホレ、たーけーだ!!」
「…も〜…分かったよ…起きる…って…」
本日。クリスマス。
世界中、楽しい一日の始まりに、とりあえずワシの心臓は一度止まりかけた。
しばらくして落ち着いて。状況を確認した後、なんとも言えない虚脱感。
朝起きたら。腕の中で、どえらいべっぴんなサンタが寝てました。
昨夜は確か、とりあえずクリスマスイブだと言う事で、
寂しく一人身の、学校の連中とむさ苦しく朝方まで飲みまくって。
布団に入ったのはもう明け方だった。
その時は確かにこの部屋におったのはワシだけだったのだ。
ところがどっこい。
一通り寝て起きてみれば、狭いベッドにもう一人。
非常識なサンタクロース…人呼んで、武田好誠。
武田は、ずれたサンタの帽子をかぶり直し、
眠気の残る眼を子どもの様に袖で擦った。
「…メリークリスマス。」
寝起き特有の気怠さのまま、武田がふにゃんと微笑む。
「…どういう事じゃい。説明せぇ。」
「あぁ、悪いな。サンタの衣装、ミニスカの奴は売り切れていてよ。」
「問題はそこじゃなかろうが。」
何で此処におるんじゃ?そして、鍵はどうやって開けたんじゃ?
そう問いながら、サンタ姿の武田に詰め寄る。
しかしその問いへの返答にならぬ返答として、武田は爽やかに微笑み返すと、
「忘れないうちに」と、何やらベッドの下の荷物を漁りだした。
そして、目の前に出てきたのは…シャンパンだった。
…何じゃコレは?
そう呆気に取られていると、『プレゼント』と笑顔で手渡された。
「あ…わ、悪いのう。」
「どういたしまして。」
そう言ってヘラッと笑う武田サンタ。
その笑顔を見たら、色んなものがどうでもよくなってきた。
なんじゃ、最後の最後まで今年はコイツに振り回された気がするわい。
「じゃあ、俺帰るな。大事に呑めよ?」
「…は?」
突然現れて、突然消えると言う武田に、ワシは思わず間抜けな声を出した。
「な、なんじゃい。これだけの為にワシの家に忍び込んだんか?」
「うん。」
「そんな格好までして、か?」
「そうだけど?」
たったそれだけの為に。こんな日に。
武田はワシの元にやってきたと言う。
ワシにプレゼントを渡す為だけ、に…?
その思考に当たると当時に、柄にもなく胸がキュウと苦しくなった。
「あー…折角じゃ、もうちょっと此処におれば…」
ワシのその言葉に、武田の笑顔がほんの少しだけ曇る。
咄嗟にマズイと思ったワシは、その言葉を慌てて呑み込んだ。
武田はどうやら此処を早く出なければいけないらしい。
この無意識に刷り込まれている、武田を気遣う自分が恨めしい。
「…じゃあな。」
微笑を浮かべた武田は、突然口を噤んだワシに一歩近寄って、
頬に触れるようなキスをしてきた。
そのキスが、ワシの心を冷静に戻していく。
…あぁ…なるほど。
コイツは、これから彼氏の所なんじゃな…。
「来年は一緒にパーティーしような?」
「…お断りじゃ。」
「あはは。相変わらず、つれない奴。」
…つれないのはどっちじゃい。
そんな恨み言も、武田に聞かせる訳にはいかない。
武田が迷いもなく歩き出す。
目的地がしっかりしている人間の歩み。
相変わらず眩しくて、相変わらずべっぴんな武田。
それに対して、ほんの少しの苛立ちと、愛しさと…訳の分からない悔しさ。
「…待てい。」
「ん?」
ワシは武田から貰ったシャンパンの封をその場でピッと切った。
そして、現れたプラスチック製のコルクをキコキコと回し始める。
「うわっ!今開けるのかよ!!」
大きな開栓の音に備えて、武田が慌てて耳を塞いだ。
パンッと言う特有の音を立てて、芳醇な白葡萄の香りがふわりと舞う。
「ったく、今開けてどーするんだよ。今から一本開ける気か?」
「ワシからもクリスマスプレゼントじゃ。」
ワシはその黄金色の液体を一口含むと、目を丸める武田の口唇に噛み付いた。
「ん、んっ…!??」
武田の目が、大きく開いた。
その大切な一張羅を汚さない様に、
ワシはゆっくりと武田の舌先に手を伸ばしていった。
「んっ、む…。」
武田が、苦しそうに腕にしがみついてくる。
あの日から、二度と交わす事は無いと思っていた濃厚なキス。
武田の口唇は相変わらずとてもとても甘くて、
脳味噌から一気に溶けてしまいそうだった。
「ちょっ、あ…っ、何で…」
「…………。」
「あ、ジョ、…んっ…。」
口唇を離す度に漏れる武田の声が耳を犯す。
ワシはただひたすら、夢中でその赤い口唇を吸い続けた。
武田…。
息継ぎの余裕も与えずに武田を求めていたら、
かくんと武田の身体から力が抜けた。
ハッと我に返り、慌てて口唇を離すと、
互いの舌先が銀糸が繋がり、ふつりと切れた。
腰が抜けた武田を支えたまま、どう言い訳しようかと考えあぐねていたら、
腕の中の武田がクスクスと笑みで肩を震わせた。
「…ったく…何だよ急に…。」
「………。」
「あー…窒息死するかと思った。」
物騒な言葉ながらも、何処か嬉しそうな声の響き。
それに反して、ワシの頭はどんどん冷えていった。
浅はかだった。
…でも、どうしても武田をあのまま行かせたくはなかった。
「やっぱもうちょっと居ようかな…居てもいいか?」
「…駄目じゃ。」
「ふふ、何で?」
「駄目と言ったら駄目じゃ。」
「俺、バイクで来たから飲酒になっちまうんだけど。」
それでも駄目?と、惚れた相手に小首を傾げられて、
断れる男が居たらお目に掛かりたい。
あぁ、くそ。
とんでも無いサンタを捕まえてしもうたもんじゃ…。
グラスを取りに行くフリをして、ワシは武田に時間を与えた。
“遅れる”の一言を、知らぬ誰かに伝える時間を。
…クリスマスくらい、馬鹿やりたくなったんじゃ。
口唇をなぞり、武田の感触を思い出す。
誰にも渡したくない、という感情が沸々と胸を焦がしていくのを、
ワシは嫌でも実感させられていた。
END