SS.WORST ♯2

□サンタクロースを捕まえろ
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この世には、不法侵入っちゅー言葉がある。

映画のタイトルにもなった、ポピュラーな犯罪の一つ。
家主に断りもなく、勝手に家に入ってしまう事。

だが、そういう問題でもない様な気がしてきた。
今更かもしれないが。この光景は、そういう問題じゃあない。

ここまで堂々と来られてしまうと、そんな小さな問題は気にならなくなる。

とりあえず、コイツをどうやって追い出そうか、とか。
そんな感じになってくるのだが。


**********************


「…起きんかい。」
「……ん…まだ寝る…」
「寝るじゃなかろうが。ホレ、たーけーだ!!」
「…も〜…分かったよ…起きる…って…」


本日。クリスマス。
世界中、楽しい一日の始まりに、とりあえずワシの心臓は一度止まりかけた。


しばらくして落ち着いて。状況を確認した後、なんとも言えない虚脱感。

朝起きたら。腕の中で、どえらいべっぴんなサンタが寝てました。


昨夜は確か、とりあえずクリスマスイブだと言う事で、
寂しく一人身の、学校の連中とむさ苦しく朝方まで飲みまくって。
布団に入ったのはもう明け方だった。
その時は確かにこの部屋におったのはワシだけだったのだ。


ところがどっこい。
一通り寝て起きてみれば、狭いベッドにもう一人。


非常識なサンタクロース…人呼んで、武田好誠。


武田は、ずれたサンタの帽子をかぶり直し、
眠気の残る眼を子どもの様に袖で擦った。

「…メリークリスマス。」

寝起き特有の気怠さのまま、武田がふにゃんと微笑む。

「…どういう事じゃい。説明せぇ。」
「あぁ、悪いな。サンタの衣装、ミニスカの奴は売り切れていてよ。」
「問題はそこじゃなかろうが。」

何で此処におるんじゃ?そして、鍵はどうやって開けたんじゃ?
そう問いながら、サンタ姿の武田に詰め寄る。

しかしその問いへの返答にならぬ返答として、武田は爽やかに微笑み返すと、
「忘れないうちに」と、何やらベッドの下の荷物を漁りだした。

そして、目の前に出てきたのは…シャンパンだった。


…何じゃコレは?

そう呆気に取られていると、『プレゼント』と笑顔で手渡された。


「あ…わ、悪いのう。」
「どういたしまして。」

そう言ってヘラッと笑う武田サンタ。

その笑顔を見たら、色んなものがどうでもよくなってきた。
なんじゃ、最後の最後まで今年はコイツに振り回された気がするわい。

「じゃあ、俺帰るな。大事に呑めよ?」
「…は?」

突然現れて、突然消えると言う武田に、ワシは思わず間抜けな声を出した。

「な、なんじゃい。これだけの為にワシの家に忍び込んだんか?」
「うん。」
「そんな格好までして、か?」
「そうだけど?」

たったそれだけの為に。こんな日に。
武田はワシの元にやってきたと言う。


ワシにプレゼントを渡す為だけ、に…?

その思考に当たると当時に、柄にもなく胸がキュウと苦しくなった。


「あー…折角じゃ、もうちょっと此処におれば…」

ワシのその言葉に、武田の笑顔がほんの少しだけ曇る。
咄嗟にマズイと思ったワシは、その言葉を慌てて呑み込んだ。

武田はどうやら此処を早く出なければいけないらしい。
この無意識に刷り込まれている、武田を気遣う自分が恨めしい。

「…じゃあな。」

微笑を浮かべた武田は、突然口を噤んだワシに一歩近寄って、
頬に触れるようなキスをしてきた。

そのキスが、ワシの心を冷静に戻していく。



…あぁ…なるほど。


コイツは、これから彼氏の所なんじゃな…。



「来年は一緒にパーティーしような?」
「…お断りじゃ。」
「あはは。相変わらず、つれない奴。」

…つれないのはどっちじゃい。
そんな恨み言も、武田に聞かせる訳にはいかない。


武田が迷いもなく歩き出す。

目的地がしっかりしている人間の歩み。




相変わらず眩しくて、相変わらずべっぴんな武田。

それに対して、ほんの少しの苛立ちと、愛しさと…訳の分からない悔しさ。



「…待てい。」
「ん?」

ワシは武田から貰ったシャンパンの封をその場でピッと切った。
そして、現れたプラスチック製のコルクをキコキコと回し始める。

「うわっ!今開けるのかよ!!」

大きな開栓の音に備えて、武田が慌てて耳を塞いだ。
パンッと言う特有の音を立てて、芳醇な白葡萄の香りがふわりと舞う。

「ったく、今開けてどーするんだよ。今から一本開ける気か?」
「ワシからもクリスマスプレゼントじゃ。」

ワシはその黄金色の液体を一口含むと、目を丸める武田の口唇に噛み付いた。


「ん、んっ…!??」


武田の目が、大きく開いた。

その大切な一張羅を汚さない様に、
ワシはゆっくりと武田の舌先に手を伸ばしていった。


「んっ、む…。」


武田が、苦しそうに腕にしがみついてくる。

あの日から、二度と交わす事は無いと思っていた濃厚なキス。


武田の口唇は相変わらずとてもとても甘くて、
脳味噌から一気に溶けてしまいそうだった。


「ちょっ、あ…っ、何で…」
「…………。」
「あ、ジョ、…んっ…。」

口唇を離す度に漏れる武田の声が耳を犯す。
ワシはただひたすら、夢中でその赤い口唇を吸い続けた。



武田…。



息継ぎの余裕も与えずに武田を求めていたら、
かくんと武田の身体から力が抜けた。

ハッと我に返り、慌てて口唇を離すと、
互いの舌先が銀糸が繋がり、ふつりと切れた。

腰が抜けた武田を支えたまま、どう言い訳しようかと考えあぐねていたら、
腕の中の武田がクスクスと笑みで肩を震わせた。

「…ったく…何だよ急に…。」
「………。」
「あー…窒息死するかと思った。」

物騒な言葉ながらも、何処か嬉しそうな声の響き。
それに反して、ワシの頭はどんどん冷えていった。


浅はかだった。

…でも、どうしても武田をあのまま行かせたくはなかった。


「やっぱもうちょっと居ようかな…居てもいいか?」
「…駄目じゃ。」
「ふふ、何で?」
「駄目と言ったら駄目じゃ。」
「俺、バイクで来たから飲酒になっちまうんだけど。」


それでも駄目?と、惚れた相手に小首を傾げられて、
断れる男が居たらお目に掛かりたい。


あぁ、くそ。


とんでも無いサンタを捕まえてしもうたもんじゃ…。




グラスを取りに行くフリをして、ワシは武田に時間を与えた。

“遅れる”の一言を、知らぬ誰かに伝える時間を。



…クリスマスくらい、馬鹿やりたくなったんじゃ。



口唇をなぞり、武田の感触を思い出す。

誰にも渡したくない、という感情が沸々と胸を焦がしていくのを、
ワシは嫌でも実感させられていた。


END
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