SS.WORST ♯2
□スキッピング・アンブレラ
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夜。約束。時計台の下で待ち合わせ。
街ゆく人々が次々と視界を横切っていく。
夜の繁華街は、週末のせいか人が多い。
辺りには、綺麗にディスプレイされたウインドウ。
イルミネーションとマッチしていて、目にとても華やかだ。
時計の針は、約束の時間までまだ遠い。
急ぐ事は全くない、ゆとりある足取りで大丈夫。
…でも、妙に気持ちが急かされているのは何故だろうか。
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…早すぎたかな。
時計を見ると、約束の時刻から20分も前。
なのに、もう既に待ち合わせ場所として指定していた時計台が見えてきていた。
こんなに早く到着するなんて。
俺の足を急がせたのは、きっと待ち合わせている相手のせい。
“将五”
優しくて、穏やかで。
一緒に居て、何よりも心地よい時間をくれる…恋人。
1分でも、1秒でも、長く一緒にいたいから。
遅刻なんて…勿体ないことは俺には出来なかった。
…ん?
歩を進めていくうちに、見えてきたのは見慣れた黒い長身。
拓海…?
俺自身、割と早めに到着したかと思っていたのに。
そこで合流しようと約束した、拓海が。
何故か、もうすでに時計台の下に立っていた。
きっと遅れないようにだろう。
相変わらず、きっちりした奴だ。
拓海が時計を見て、視線を辺りに泳がせる。
拓海も、早く着いてしまったとか思っているのだろうか。
何だかその動作が自分の為だと思うと嬉しくなって自然と頬が緩んだ。
そして、俺の歩く速度も自然と速まっていった。
「…!?」
そんな歩く速度を上げた途端。
俺は思わず、足に急ブレーキをかける羽目となった。
突然、女の子の二人組が現れて、
拓海に何かを話しかけ始めたのだ。
「………。」
知り合い…?
思わず、遠くでこっそり様子を伺う。
はしゃぐ女の子達に、拓海の表情が次第に困った様子になっていった。
…どうやら知り合い、と言うわけじゃなさそうだな。
恐らく、彼女たちはナンパの様なものなのだろう。
拓海は…凄くかっこいいから。
一人で、あんなにかっこいい男がぽつんと何分も立っていたら。
そりゃあ、声のひとつも掛けたくなるっていうのが本音だろう。
さっさと拓海の所に行けば、女の子達は離れるのだろうけれど。
何だかタイミング外してしまった俺は、尻込みしてしまい、
気が付けば、その光景を遠くから見守る羽目になってしまった。
拓海は、何とかその場をやりすごそうとしていた。
女の子相手だからだろう、気を使っているのが分かる。
困った様に笑って、女の子達の言葉に応えている。
拓海に、誘いに乗る気は一切見受けられないのだが。
しかし相手は、なかなか拓海の事を離そうとしない。
そんな中。ふいに、一人の女の子が拓海の腕に腕を絡めた。
………!
その光景を見ていたら、胸の奥がずきんと痛くなった。
どう考えても……嫉妬…だよな。これ…。
俺は、いつからこんなに独占欲が強い人間になったのだろう。
その光景が面白くなくて、頭の中がぐるぐると澱みだす。
そんな事も軽く流せない自分が女々しくて、情けなくなる。
一人ぼっち、街の真ん中。
ふいに夜の気温が、冷たく低いことに気がつく。
情けなさと、寒さと、妙な孤独感。
なんだか寂しくなってきて、鼻の奥が熱くなった。
もう少し…自信が持てればいいのに…。
あと、余裕も…。
結局、拓海にその気が無いのが分かったのか。
女の子達は諦めたのか、そこから居なくなった。
でも、俺の脳裏からは消えてくれなくって。
未だに、俺は立ち往生していた。
何か、今の光景で自分の嫌な部分がどっと見えて気持ちが悪い。
足が地面に張り付いたみたく、重い。
気付けば、約束の時間はとっくに過ぎていた。
ポツン…。
…ん?
ふいに、額に当たった雨らしき水滴。
ふと上を見ると、濁った雲が空一面。
それは、雨をたっぷり含んでそうで重苦しかった。
ポツポツポツポツポツポツ…。
あ、雨…?
突然の雨に周りが慌しくなる。
屋根のある場所へ移動する者。傘を開く者。
俺は、傘なんて代物は持ってきていない。
…ツイてない。
「濡れちゃうよ?」
俺の所だけ雨が止んだ…と思ったら。
隣には拓海が優しく微笑んでいた。
いつのまにか、俺の上には紺色の傘が蔽っていた。
「あ…さんきゅ…。」
「傘、持ってきて良かった。…将五を濡らさずに済んだから。」
「っ…///」
優しい言葉。優しい笑顔。
女の子に…モテる拓海。
男の俺ですら拓海と二人、同じ傘に入っているってだけで、
心臓がこんなに急に、ドクドクと忙しなくなる。
「…お、遅れて悪かった。」
遅れていたわけじゃないんだけど。
さっきまでのこと言うのも何だか気恥ずかしく思えた俺は、
拓海に、まるで今来たかの様に振舞った。
拓海の顔を改めて見上げると、
拓海は既にこちらを凝視していた。
口元には穏やかな笑みが浮かんでいたが、
瞳は、何処か憂いを帯びて揺れていた。
俺は何も言えなくなってしまって、俯いてしまった。
そんな俺の頬に、ふと拓海の指が滑らされた。
「拓海…?」
「冷たくなってる。」
「え…?…」
「今、来たのに…どうしてこんなに頬が冷えてるの?」
…!???
突然ズバリ指摘されて、俺はパニックに陥った。
「あっ…いや、その…。」
肯定ともとれる、自分の動揺っぷりが情けない。
一人慌てて。何やってんだろう、俺。
情けなくなって、再び気持ちが落ち込んでくる。
俺の反応を受けて、拓海の顔がふっとほころんだ。
「本当に今来たの?」
拓海の笑顔に、冷たくなっていたはずの頬が熱を帯びていく。
拓海が優しく笑うから。柔らかく頬をなでるから。
白状してもいいかなって思ってしまった。
「嫌…だったんだ…。」
「嫌?」
「拓海と…女の子が…その…喋っているの…」
「女の子…?………まさか、さっきの…」
「…声…かけれなくて…。」
震える口唇から零れた声は、雨音にかき消されそうな小ささだった。
自分と拓海のつま先を視界に入れたまま、そう言葉を紡いだ。
女々しい言葉に、恥ずかしくて顔が上げられない。
俺はだんまりになってしまった。
「そっか。それで、か。」
「悪い…。」
「何で将五が謝るんだ?悪いのは俺だよ。将五にこんな顔をさせてしまったからね。」
「っ…!!」
拓海と話しているうちに何だか妙にこそばゆくなって。
俺は恥ずかしさで、更に小さくなってしまった。
こんな女が放っておかない、完璧な男が、
自分の恋人だなんて、未だに信じられなくなる。
俯いていたら、拓海からそのまま腕を掴まれた。
「え…?」
突然の出来事に呆けていると、
そのまま抱き寄せられて身体を密着させられる。
「たっ…拓海…!!???」
こ、ここには人がたくさん居て…!!
慌てて、抵抗しようとしたけれど。
静かに、と拓海が小さく囁く。
拓海が持っていた傘を深く傾けると、
すっぽりと互いの顔を周りから覆った。
周りが見えなくなって、視界は拓海に占領されてしまった。
小さい小さい傘の中では、俺と拓海だけ。
「お前には、本当…敵わないよ…。」
…敵わない?俺に?…どうして?
そんな疑問が頭を掠めたけど、拓海の体温が心地よくて。
そんなことはどうでもよくなってしまった。
拓海が目を伏せながら、素早く顔を近付けてくる。
あ、キスされる…。
そう感じたと同時に、降ってきた柔らかい感触。
そのキスがあまりにも優しくて、胸の左っ側がぎゅっと痛くなった。
麻痺してしまったかの様に、身体が動かない。
俺の中のもやもやは、こっぱ微塵に消し飛んでしまった。
「ふふ…こういうのもスリルがあって悪くないな。」
「ばっ…!み、見られたらどうすんだよ…!!」
恥ずかしさを紛らわせる為、拓海を睨んだけれど。
俺の沈んでいた気分は、すっかり浮上していた。
「じゃ、気を取り直して。デートしよっか?」
「で、デートって…」
「デートだろ?」
そんな拓海の何処かおどけた言葉に促されて、
俺は歩を進めながら、傘の中で小さな笑顔を取り戻していったのだった。
END