SS.WORST ♯1

□ロンリー・ハーツ・キラー
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あんな啖呵を切ったとはいえ、行く所が有るわけもなく。
俺の足がようやく止まった場所は公園のベンチだった。

自分でもビックリするような言動をしてしまって、俺は自己嫌悪に陥っていた。

冷静になってみると、どう考えても勝手にイラついて秀吉に当たってしまった結果だ。
自分が秀吉の側にいることが当たり前になってしまっているコトに、
なんとなく突発的に反発したくなったのだろう。


秀吉…絶対怒ったよな…どうしよう…。


ぐるぐると、先ほどから俺は爪先の一点を睨んでいた。


『俺のこと…全部手に入れたって安心してんだろ!!?』
さっき秀吉に投げつけた言葉をふと思い出す。

…きっと俺は、秀吉との間に距離ができるのが恐いんだ。
だから俺が側にいるのに、他の…。
例えばさっきの女の子に意識が向いた秀吉を見ていたら、
妙に不安になって…寂しくなって…そのうちイライラしてきて…。


いつも秀吉の渇望の対象であり続けたい。秀吉に身も心も独占されたい。

そう願っている自分に気がついて、俺は苦笑した。


とにかく…明日になったら、ちゃんと謝ろう。
目の前で『いません』って言われたのは寂しかったけれど。
こんなケンカで秀吉と嫌われたくないし、別れたくないし…。


俺も……結局、側に秀吉が居ないと駄目だもんな…。



「マサ!!」
「………え?」

帰ろう、と立ち上がって。5分とたたぬうちに、名前を呼ばれた。


………う…そ。

耳を震わせた、あの聞き慣れ、親しんだ声。



秀吉…!?



振り向くと、そこには息を弾ませた秀吉が立っていた。
何だかそれだけで、俺のイライラが解消され始める。


「……なん…でここに?」
「いきなり絡まれて逃げられた挙句に、探してここまで走ってきた俺に、それはないだろう。」

息を弾ませながら、前髪を乱した秀吉がきつい眼差しを向ける。
秀吉…俺を追いかけてきてくれたんだ。

「携帯も出やしないし…。」
「………あ…。」

そういえば、色々あったせいで携帯に気をかけていなかった。

「…あれは一体何だったんだ?」

秀吉は単刀直入にあのとき俺がぶつけた言葉の真意を聞いてきた。
冷静になっている今、あの時ほどの勢いがないぶん非常に気まずい。
でも、誤魔化す気の利いた言葉も出てこなくって…。

「だ…って…。」
「だって?」

言おうとしても、先ほどの光景が頭にチラついて。
嫉妬や、寂しさや、悲しさがぐるぐるしてくる。
だいぶ落ち着いてきたはずの俺の涙腺は、簡単に緩み出した。

俺は慌てて俯き、溢れ始めた涙を隠したけれど。
今度は肩が震えてきて、息をしたらぐすっと鼻が鳴った。


あー…もう…怒ったり、泣いたり最悪だ。俺…。


そうしていたら、ふわりと頭を撫でられる。
2、3度優しく撫でられた後、秀吉は俺の頭を自分の肩口に押付けた。
何度も絡められた、逞しい腕が俺の背中にまわる。
あやすように頭を撫でられながら、俺は秀吉に力強く抱き締められた。



なんだよー…。

そんなんされたら、涙止まらなくなるじゃん…。



そんな事くらいで絆されている事がちょっと悔しくて。
俺は離れようと秀吉の胸を押した。

でも、秀吉は俺を離そうとはしなかった。


「……はなせよ…。」
「嫌だ。」
「んだよぉ…。」


どんなに憎まれ口を叩いても、秀吉の腕は緩むことは無かった。
たぶん、俺も離して欲しくない顔をしているのだろう。


「どうして、あんなに機嫌が悪かったんだ?」


秀吉が一際優しい声で、囁いてきた。
そのトーンがとても心地よくて、俺も口をつい滑らせる。


「ひで…よし…が…。」
「…俺が?」
「女の子と…いんのが………やだった…。」


俺の言葉を聞いた秀吉が、息を飲んだのがわかった。
咽喉につかえたモノが外れたと同時に、俺の頬には再び涙が零れ始めた。









「他の子が…秀吉を触ってるの見るの…つらくて…」






「俺のこと…ちっとも見てくんなくて……」






「俺は秀吉だけ…っ…だけど……秀吉は…ひでよしは…わかんなくってっ…。」






「いません、って…言うし……だから俺…っ…」








そこまで言ったら、言葉が出てこなくなってしまった。
俺は子供のように、しゃくりあげて泣いた。
次から次へと溢れ出す涙を吸って、服の袖がぐしょぐしょに濡れていく。

「…まったく…お前は…。」

秀吉の声につられて緩く目を開くと、秀吉の頬は少しだけ朱く染まっていた。

「言っておくがな…俺だって…むかついていたんだぞ。」
「え…?」

突然の秀吉の告白に、俺は驚きを隠せなかった。

「お前の隣に居た女だが…」


俺の隣?

記憶を辿り、俺の横で甲斐甲斐しくお酌をしてくれていた子を思い出す。


「あれはお前狙いだ。」
「…えっ…!??」
「やはりな。お前は気付いていないだろうと思っていた。」

うそ…俺、あの子も秀吉狙いだと思ってた…。

「事あるごとに、お前にベタベタして。でもお前は鈍いから気付かない。それが無性に腹立たしかった。」

そこまで言って、秀吉はちょっとだけ顔をしかめた。
それから先の言葉が、ちょっと言いづらそうだった。


「…だから…当て付けだ。あんな事を言ったのは。」

秀吉がばつが悪そうに視線をそらした。


「………悪かった。」

いつにもなく弱々しい声。

「お前がそこまで傷ついていたとはな…。我ながら大人気なかった。」
「秀吉…。」
「…つまらない嫉妬をした。」

そう…だったんだ…。

秀吉も、俺と同じ気持ちだったんだ。
俺が他の子と居るの、秀吉も嫌がってくれたんだ。


俺はとても、嬉しくて。
何だかメチャメチャ感動しちゃって。

あーもう…マジで涙止まんねー…よ…。


「泣くなよ。」
「…って…っ…だってよ…っ…!」
「………俺は…お前が一番好きなんだよ…ガキの頃からな。」

そう言って、涙の跡を秀吉は指先で撫でてくれた。
秀吉の言葉が、俺の心に優しく緩やかな波紋を描く。


普段、あまり好きとか言わないけれど。
秀吉は、俺が一番欲しいときにその言葉をくれる。
好きと言われるだけで、こんなに嬉しくなるなんて。

慈しむ様な愛撫にまどろんでいるうちに、いつのまにか秀吉の顔が近づいてくる。
そして、俺の口唇を愛しげに自分のそれで塞いだ。


「…ん………っ…。」

あんなに酔っていたのに、今度は秀吉の熱に酔わされていく。

いつにも増して執拗なキスだった。
触れては離れ、また触れて。俺は、すぐに酸欠状態になる。
酒と、キスとで、頭の奥がぼんやりと霞んでいく。

口の中をやんわりと撫でられると、
身体からどんどん力が抜けて何も考えられなくなってきた。

最後に、酒辛い匂いが残る息を長く吹き込まれる。


あ…秀吉のキスって、やっぱやばー…。


「…っふ…」

かくん、と膝が折れた俺の身体を、秀吉が抱きとめてくれた。
そして力の抜けた俺を、公園の茂みの奥へと引きずり込む。

そして、木の陰に俺を座らせ、そのまま圧し掛かってきた。


「……すんの?」
「する。」

思いのほか真面目な声での返答に俺は小さく笑った。
余裕が無い時の、秀吉の声だったからだ。

「誰かに見られるかも…。」
「煽ったお前が悪い。」
「何だよそれ…。」

相変わらず強気な態度が、今はちょっと可愛く思えて。
くくっと小さく笑うと、拗ねた秀吉から鼻をかまれた。

「はは、痛ぇよ。」
「…………。」

しかし、秀吉は黙ったままで。俺の首筋に顔を埋めてきた。

「ったく……だっせぇな…。」
「秀吉…?」

秀吉の大きな手が、俺の頭をかき抱く。
言葉の真意を理解しかねていると、秀吉がポツリと声を漏らした。

「つまらない嫉妬を……俺はお前が好きなんだ…。」

先ほどの俺と女の子との事で、何か思い出したのだろう。
秀吉が自分の中で暴れ狂うものを懸命に抑えているのがわかった。

『愛されている』という実感が、さざ波のように俺に寄せてくる。

「秀吉…。」
「………。」
「ひーでーよーし…。」

二度の呼びかけで、ようやく秀吉が顔を上げる。
その表情は、いつものクールな秀吉じゃなくて…。
その何処か切羽詰った表情が、彼の本心を映し出していた。

「秀吉、ヘンな顔だ…。」
「…煩い。」
「あはは、でも余裕なくしてる顔も格好いいぜ?」
「ふざけるな…こっちは必死なんだ。」
「うん…。」
「もう、黙れ……。」

再度、口唇が塞がれる。
口唇から頬。そして、耳朶に舌を這わせられる。
ゾクゾクとした、くすぐったさが背中を走る。
余裕の無い表情を隠すように、秀吉は愛撫を開始した。

口付けの狭間で、愛撫の中で、優しく促されて。
心の内の小さな嫉妬を晒け出した俺を、秀吉は一際優しく抱いたのだった。
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