SS.PARALLEL ♯2

□ひそやかな俺達のデジャヴ〜Episode 16
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罪にまみれたひと時は、俺の心に重く長くのしかかる。

自分の身体を、あれだけ何度も何度も追い詰めたのに。
スッキリするどころか、自分の浅ましさに吐き気がするだけだった。
あんなモンまで使って、ひと時の安らぎを求めたのに。
結局、自分に残ったのは寂しさと真っ黒い最悪感だけだった。

そして俺は、ひとつの決意を自分に強いる事になった。
ヒロミの交友関係を割り切る事だ。

あのヒロミもとられたくは無かったが、今の俺にはそうするしかないのだ。
俺がどうあがいても、今のヒロミの恋愛感情を男の自分に向けさせるのは到底無理な話だし。
まだ幼いアイツに手を出して道を踏み外させるなんて、どう考えても大人のする事じゃない。

大体、未来からきた俺は、自主的に行動しちゃいけない。とにかく流れに任せないと。
ヒロミの親父が帰ってくるまで。あとほんの数ヶ月じゃないか。
もしかしたら、明日にでも未来に帰れるかも知れない。

ただ。俺が、「今」堪えればいいのだ。そうすれば、俺の知るヒロミとの未来が待っているのだ。

過去も未来もヒロミはヒロミだが、今は耐える。
ヒロミがオンナとどうこうあろうが、俺の知った事ではない。
せいぜい俺の前に場数を踏んで、イイ男になって俺を満足させろってんだ…。


“ヒデトさん…”


……だからっ…割り切るって言ってる…!!

人がようやく決心したのに、要らんビジョンを写す不届きな脳に前髪を掴んで抗議する。
俺には今より、未来が大事なんだ。未来に帰って、これまで通りヒロミと一緒に生きていくんだ。
どこか弱々しい決意に、俺はガチガチに甲冑を被せて強固にしていく。


折れるな、倒れるな。…もう、決めたんだから。


目の腫れをようやく拭い終わったら、いつのまにか空は暮れ始めていた。


**********************


「ただいま〜。」

辺りがすっかり暗くなった頃、ようやくヒロミが帰ってきた。
今日の帰りは、いつも以上に遅かった。付け加えると、今までで一番遅い帰宅だ。
無意識に浮かび上がる憶測を慌てて蹴散らして、また落ち込みそうになっている気持ちを律する。

「ただいま、ヒデトさん。ごめんね、遅くなって。」
「い、いや。…メシも今出来た所だ。」

昼間、散々汚した罪悪感が、俺の視線をヒロミから逸らす。

「あーあ、疲れた。ちょっと友達を家まで送っていったら遅くなっちゃったんだよね。」
「…、……そうか。手、洗って来いよ。」

ほーい、とヒロミが間延びした返事を寄越しながら洗面所へと消える。
一瞬だけ、遅れてしまった言葉に気付かれなかった事に安堵した。
友達を家まで、か。男友達にそんな事をする必要はない。

…つまり相手は…女、なんだろうな。

呼吸が苦しくなるのを感じながら、味噌汁を湯気ごと丸くよそう。
決意の甲冑がカタカタと揺らいで煩い。女を送ってきた位で動揺するな。
平常心、平常心。平常心……。

そう、呼吸を深くして気持ちを落ち着かせていたら。
いつのまにか背後にヒロミが立っていた。
考え事をしていた俺は、当たり前だが悲鳴をあげた。

「うわああっ!!」
「わあああぁっ!!??」

俺の叫びに驚いて、悲鳴が伝導する。
…何か、昨日も同じ事をやったような。

「な、ななななな何だよっっ!!無言で背後に立つなっつったろ!ビックリさせんなっ!!」
「俺は声かけたってば!!ヒデトさんがボーッとしてるんでしょ!??」

そうやって責任を散々擦り合った後、ヒロミがじっと俺の顔を覗き込んできた。
何処か探るような目線に居心地が悪くなる。

「…なん、だよ…。」
「何かあった?」

図星をついた言葉に、俺は慌てて心臓が跳ねる音を殺した。

ヒロミが、こういう事を聞いてくるというのは、理由があるからだろう。
ヒロミの目は俺の音を見透かすように光っている。
俺の調子があまり良くない事を確信している目だ。

…だが、ここはとぼけるしかない。

だって、何かあった?と聞かれても。色々ありすぎて俺自身、答えようが…ない。

「な、何もねぇし。何だよ突然…。」
「いや……何でもないならいいんだけど。」
「あ…そういや、今朝は悪かったな…寝坊して。」

ヒロミの言及が、探られたくない所に行く前に、話題を変える。
不自然だったかもしれないが、これ以上この話をしたら墓穴を掘りそうで怖かった。
ヒロミは訝しげな表情は変えず「気にしないで。」とだけ言って、その場を離れていった。

…ったく、いちいち敏い奴だ。いや、隠せていない俺も俺だが。
俺はヒロミに見えないように、小さな溜め息をひとつついた。


**********************


ピンと張った湯船に、疲れた身を沈めていく。
桐島家の風呂は流石一軒屋と言った所か。湯船は割と大きい造りだ。
足を伸ばし、濡れた天井を見上げながら、俺は息を長く長く吐く。
ようやく訪れた一人の空間に、絡まった息をゆっくりと解した。

いつもはヒロミを先に入れて、俺が後からというのが日常なのだが。
あいつは何かやる事があるとか何かで、珍しく俺が先にこうして風呂に入ることになっていた。

相変わらず、気持ちは沈んだままだったが、それでも風呂のおかげで幾分かマシになった気がした。

…だが、俺は気がつけば脳内にこびりつく黒いモヤを悪戯に突付いてしまっていた。
そんな事をしたら…酷く落ち込む癖に。

さっきの、ヒロミの帰宅時間の理由のせいで胸がまた窮屈になっている。
割り切るって決めた矢先に…あんなに必死になって決めた事なのに、どうしてこんなに脆いのだろうか。

つーか、あんなガキまでも…とか。何処のロリコンだ、俺は。

決意しておきながら、この散々な結果はさておき。
ガキのヒロミに惹かれてしまった事は俺だけのせいじゃないと反論したい所だ。
過去の存在とはいえ、元々は恋人にしている男なのだ。…仕方ないじゃないか。
好きな男と同じ顔をして、同じ性格をして…ちょっとだけ可愛さが増していて。

そんなのに…あんな風に、犬っころの様に懐かれてみろってんだ…。


「……!!」

思考の内容の女々しさに恥ずかしくなって、俺は膝を抱える。

あぁ、もう。独占欲なんて。そんなモノをどうして神様はヒトに植え付けたのだろうか。
悩ませて、苦しませて、葛藤させて。とんだサディストだ、アンタは…。

割り切る、と決めておきながら。まだフラフラしている自分を何度も何度も殺していく。
まだガキのヒロミに関しての嫉妬や動揺はNGだ。そんな事、分かりきっているのに俺は…。


ガラッ。

「?」

溜め息で充満した浴室の扉が、突然開いた。
当たり前だが、桐島家の風呂は自動開閉なんてしない。
と、いう事は…誰かに開けられたというわけだ。

「お邪魔〜。」
「な、何だよテメェ!!」

呑気な声と共に、浴室に入ってきたのは当たり前だがヒロミだった。
一糸纏わぬ姿で風呂場に入って来られて、俺はつい目線を逸らす。

己のこの行動が不自然なのは重々承知だ。だが、俺はいちいち気なんか回せなかった。
思いもよらない客に、一度大きく跳ねた心臓はなかなかその揺れを治める事が出来ない。

…うん?ちょっと待て。この状況で、裸で入ってくるって事は…。

「お、前…まさか。俺と…」
「うん。用事終わったから。風呂、一緒入ろ?」

やっぱり、そういう事かよ…!!俺はがくりと肩を落とす。
只でさえ、只でさえ。俺はお前に対する接し方で悩んでいるのに。
お前はズケズケとお構いなしで、俺の領域に入り込んできて…。

ヒロミの無邪気さに、抗えない自分をこれ以上見ていたくなくて。俺は慌てて膝を立てた。

「おっ…俺はもう上がる…!!」
「頭も洗わずに?」

うっ。言葉に詰まった俺に、ヒロミがニンマリと笑う。
確かに、さっきから考え事に夢中で…風呂ですべき事は全く終わっていない。

しまった…。要らん事をグダグダ考えすぎた。

「いーじゃん、裸の付き合いしよーよ?」
「はっ…裸…、おっ、お前!気色悪い言い方をするな!!」
「え?何、ヒデトさん、誰かとお風呂入るの苦手な人?」
「そ、んな事は…ねぇけど…。」

ハッキリ言って、俺にはそんな苦手意識は無い。それに、同姓と風呂に入る行為は別におかしな事ではない。
こんなに意識してしまうのは、このヒロミに対してだけだ。

…ったく、何だってこんな時に、風呂を一緒する羽目になってるんだ。
さっきまで自分の頭をいっぱいにしていた奴が、近くに居るってだけで居心地が悪い。

だが、そんな事をコイツに言うわけにもいかない俺は、上がりかけた身体をまた湯船に沈めるしか無かった。



ヒロミが湯船からお湯をひとつ掬って、頭からザバリと被る。
たかが風呂なのに。どんな顔をして入ればいいのか、分からない。
俺の頭の中には「後悔先に立たず」の文字が、ぐるぐると渦を巻いていた。

ヒロミの裸なんて、何度も見ているモンなのだが、それはもう少し先の話だ。
湯船から目線を1ミリも逸らせない。照れや羞恥が、俺の顔を自然と下に向かせていた。

只でさえ、気持ちの整理がまだついていないのに。こんな狭い所で二人っきりなんて最悪じゃないか。

「あ。ねぇねぇ、ヒデトさん。頭洗って?」

身体を固くしている所に、横からいきなりシャンプーボトルを突きつけられて、動けずにいた視線が湯船から外れる。
ヒロミの無邪気な笑顔に、また視線が泳ぎかけたがぐっと堪えた。

つーか、頭洗えとか…。お前、昔からそういう事言っていたんだな…成長が無い奴だ。


我が家には、狭い風呂に仲良く一緒に♪という習慣は無い。
理由はひとつ。風呂が狭いから。ワンルームの安いアパートだ、察してくれ。

だが、元々甘えたがりのヒロミは、俺の隙をついては浴室に乱入し、こうやって何処何処洗えと強請ってくる。
それに、あのクソ狭い湯船に野郎二人で入る時なんざ、最悪だ。
対面で入れる余裕は微塵も無いので、身長の計算で俺の膝の間にヒロミが座る形が主なのだが…そうしたらヒロミの手が…。
…いや、あいつのセクハラの話なんか今はどうでもいい!!!!

脳内でヒロミとの風呂エピソードを再生している間に、いつのまにか俺の手にはシャンプーボトルが握らされていた。

「はい。よろしく。」
「なっ…!?ざっけんな!!…そ、それ位テメェでやれっっ!!」
「えー。人に頭洗ってもらうの気持ちよくない?俺、美容室とかメッチャ好き。」
「人から洗ってもらう事も美容室も認めるが、俺がお前の頭を洗う理由にはならん!!」

こっちの気も知らないで、茶化した笑顔を寄越すガキの眉間を俺は小突く。
ケチ〜と、ヒロミは口を尖らせたが。こっちはこっちでそんなのに構ってる暇はねぇんだよ!
悪いが、こういう時間はとっとと終わらせたい。ただでさえ、俺はお前の事で…。

「うりゃ。」
「あっ、おい!!」

手を引かれたと思ったら、次の瞬間には掌に冷たい感触。
洗髪を諦めたと思っていたのに、ヒロミが俺の掌にシャンプーを勝手に垂らしたのだった。

「コラ、てめっ…!!」
「それじゃ、お願いしまーす。」

俺の反論を聞こうともせず、ヒロミはくるりと背中を向けてしまった。
一瞬、掌のシャンプーを排水溝に叩きつけてやろうかと思ったが、それはそれで勿体無い。

「……ったく。」

俺は目の前のバカに聞こえるように溜め息をついて、ヒロミの頭を泡立て始めた。
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