SS.WORST ♯3

□どくだの甘噛み
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『蛇の様だ。』
こんな事を言ったら、怒るかな。そう思ったのは、その言葉がとっくに出てしまった後だった。

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話の発端は、本間さんが俺を虎と表した事からだった。
「虎」と言われて嫌な気分になる男はいないだろうが。虎は虎でも、俺の表現は「子虎」だった。

『やんちゃで、誰彼かまわず飛び掛って、傷だらけで…ちょっと甘えん坊な所とかな。』
そう、虎の猛々しい印象とはかけ離れている形容詞を連ねられて。
その仕返しに、俺も本間さんに似ている動物を連想して…そして出た答えが「蛇」だった。

だが、いくら仕返しとはいえ、自分のチームの…ましてや副ヘッドを蛇呼ばわりするとか。
世の中には言っていい事と悪い事があると、この前晴本さんにゲンコツ喰らったばかりだと言うのに。
言う前に、一度考えて言葉を紡いでいれば良かったケースは、今までの人生でごまんとあったはずなのに。
思ったことをそのまま口に出して、その後に後悔する。俺はいつもそうだ。

でも、その言葉は乱暴に投げ返されることもなく、本間さんの耳に難なく仕舞われていた。
しかも。本間さんは怒るどころか、愉快そうに肩を揺らしていて。

「蛇、か。まぁ、似ているかもな。」
「あっ!い、いや、その…!」
「そうだ。藤は蛇はどういう生き物か知っているか?」

そんな事を言われ、頭の中に蛇をにょろりと思い浮かべる。
長くて、体温が低くて…舌ペロペローって…。

「藤。」

思考を頭の上に浮かべていると、本間さんからチョイチョイと手招きされた。
呼ばれるままに近づくと、本間さんが座っているソファを叩かれた。
この合図は、自分の隣に座れという意味だ。

大抵、ソファや椅子の類は上の人間が使い、俺らの様な下っ端は起立のままだ。
副ヘッドと、チームの一員が同じ場所に座る事はタブーというのが暗黙の了解。
だけど。本間さんは、こうやってよく俺を自分の隣に座らせる。…二人きりの時に限ってだけど。

でも、俺は知っている。本間さんの隣に座る事が、どんなにハイリスクな事か。
このソファは、とにかく危険がいっぱいなのだ。

「どうした?座れよ。立ちっぱなしだと辛いだろ?」
「…ふ、副ヘッドと同じ椅子使うわけにはいきません。」

自分の誘いを断った俺に、本間さんが少しだけ目を開く。俺の反応が意外、という顔だ。
迂闊に近づいてたまるか。あれだけ色々…その、…さ、されたら…!!

『藤…可愛い。』

と、とにかく!!流石の俺だって学習するってんだっっっ!!!
フッと浮かんだ、桃色の恥ずかしい思い出を頭の奥に押しやって、本間さんへの威嚇を継続する。

「…やれやれ。すっかり警戒されてしまっているみたいだな。」
「べ、別に警戒なんかしてません…。」
「嘘つけ。そんなに尻尾逆立たせておいて…。」
「し、尻尾って何スか!尻尾って!…、…うっ!?」

突然、本間さんから腕を掴まれて、足首から脳天まで電流の様なものが走る。
全身を使って驚いてしまった俺を、本間さんはくすりと笑った。

「座れよ。何もしない。だから……な?」

囁くような本間さんの声が、自分のテリトリーに柔らかく俺を導く。
その、「な?」の言い方は卑怯だ。不本意にもドキドキしてしまうじゃないか。
意地悪な本間さんは嫌いだけど、優しい本間さんは嫌いじゃないんだ。俺は。

「……え…エッチな事せんで下さいよ。」
「何だ、それでそんなに警戒していたのか?子虎の藤は。」
「こっ、子虎って!!…つ、つつつーかどうなんスか!!」

何だか自分ばかり意識していた様な展開に恥ずかしくなって、その照れを吹き飛ばす様にまくしたてる。
あたふたと喚く俺とは逆に、本間さんは落ち着いたものだ。くそ、何か俺ばっかりガキみたいでムカつく。

「しないよ。」
「ほ、本当ッスか?命かけますか?」
「はは、随分な保険のかけ様だな?」
「ど、どうなんスか!!」
「分かったよ。しない。」

そこまで誓わせて、俺はようやく本間さんの隣にちょこんと座った。
命までかけさせたんだ。流石の本間さんも手は出せないだろう。きっと大丈夫。うん。

「ところで、さっきの話の続きだが…。」
「へ?続き?」

そこまで聴いて、蛇の事だと気がつく。あぁ、そういえば話が途中だったな。

だが、蛇の話を紡ぐはずの口唇は、全く違う行動に移っていた。

「えっ…!?っ…ちょ、ほ、ほほほほほ本間さ…っ、…!!!」

物凄い力で肩を引かれたと思ったら、そのままキスをされた。
何だよ、何だよ!これじゃ、いつものパターンじゃないか!!
まさかの不意打ちに驚いて、一瞬固まった隙をついた細長い腕に抱きすくめられる。
獲物にグルグルと巻きついた蛇を連想して、頭の奥がヒヤリと冷たくなった。

「ちょっ、ちょっとちょっと!!命かけるって言ったのに何やってるんスかっ!!!」
「お前に触れるなら死んでもいい。」
「へっ!?」

今、この人…。すげぇ事、言わなかったか?

その途端。胸の奥から、熱いものが噴出してくる。熱い。この熱のせいで俺の全身はきっと真っ赤だ。
血の流れる音がこめかみに響く。どうしよう。何か、身体動かないんだけど…。

背中をソファに押し付けられて、視界が天井と本間さんだけになっていく。
額に、頬に。口付けを受けながら、俺はもうひとつ、蛇の話を思い出していた。

あぁ、そうだ。蛇は…毒を持っているんだった。

咬まれたら、その毒は全身に回っていって。身体の自由は奪われて。
動けないまま、蛇の腹の中に飲み込まれていくんだっけ…。

もしかしたら、本間さんは。さっき、この事を言おうとしていたのかな…。
そうだとしたら、どっちにしろ。近づいたら、タダじゃすまないんじゃないか。

「ずるいッスよ。アンタ…。」
「…あぁ、よく言われる。」
「ちょっとは反省して下さい。」
「そのうちな。」


意地悪な本間さんは嫌いだ。これは、意地悪な本間さんのはずなのに。
どうして、俺はこんな気持ちになっているんだろう。

もしかして、この本間さんは意地悪な方じゃないのかな…?


「藤…。」


本間さんが俺の名前を呼ぶ度に、俺の耳朶の奥に毒が染み込んでいく。
さっきから何度も思考を紡ごうとしているのに、紡いだ端から解かれてしまう。


あぁ、もう…頭の中がグチャグチャだ。





本間さんの腕の中。甘い悲鳴を上げながら、空腹の、腹の中に収められていく感触に縋りつく。
抵抗していたはずのその手は、自分でも驚くほど弱々しくなっていた。


突き立てられる熱に、頭の奥を真っ白に塗りつぶされながら思った。



…やっぱり、アンタは蛇だ。


END
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