SS.WORST ♯3

□Petal Embracer
1ページ/2ページ

どうしても触ってみたかった。
そして、俺の事をもっともっと考えればいいと思った。

そう。貴方の事ばかりを考えてしまっている、今の俺の様に。


『桜を見に行きませんか?』
そう言って、本間さんを誘ったのは俺だった。

空気さえも我が色に染めてしまいそうな程の桜吹雪。
そして、その景色の中に佇む本間さん。
少し伏目がちに俯く、その姿はとても…。

見つめれば見つめるほど。
彼は、絶対に手の届かない存在に思えた。

だから俺は、少しだけ背伸びをして。
本間さんの顔を、引き寄せて。
俺が、言葉より先に。本間さんに触れさせたのは口唇だった。


初めて触れる本間さんは凄く凄く柔らかくて。

そして、これでもかと言わんばかりに胸を苦しくさせた。


「藤…?」

一瞬で離れた口唇に戸惑った本間さんが俺の名前を呟いた。
こんな風に狼狽える本間さんを見たのは初めてだった。

どくん、どくん。どくん、どくん。
今まで聞いた事の無い程。心臓が大きな音を立てて脈打っていた。

沈黙のまま、時が過ぎる。

透明なガラスレンズ。
その奥の、本間さんの見開かれた瞳に捉えられて。
俺は動けずに、立ち尽くす。

本間さんは、何も言わない。俺は…何も言えない。

その間を慌しく渡った風に、桜の花弁が煽られて散っていく。
それがまるで、俺とこの人の今後の関係の様に見えて。
自分で蒔いた種だというのに。突如襲ってきた寂しさに俺は咽喉を詰まらせた。


殴られるかもしれない。でも、それでもいいと思った。
だって。本間さんに触れられたのだから。

ずっとずっと。頭にヘドロの様に張り付いていた存在。
俺の脳を、気が付けば常に侵していた。


どれくらいの時が経ったんだろう。
拳より、優しい何かが俺の俯いた頬に触れてきた。

俺たちの関係は、単なる先輩後輩で。
彼は副ヘッドで、俺はまだまだペーペーのルーキーで。
それなのに、求めずにはいられない。


少しずつ近付いてくる本間さんの顔に、俺は黙って目を閉じる。


口唇に触れる柔らかさは、先程のものと全く同じだった。


「本間、さ…。」

その名前を、呟かせる為だけに開放された口唇。
深く深く重なり合って、どちらからともなく互いの舌を求め合って。
淡いキスは、深い口付けへと成熟していった。


胸が煩い。

きっと俺の心の中に潜んでいた何かに、本間さんが触れたのだろう。


その感情が、頭への侵略が。
恋だと気付いたのは、随分と長い口付けから開放されてからだった。




あの時の事を思い出す度に、俺の心臓は痛くなる。
締め付けられるように切なくて、その青さに堪らない気持ちになった。



**********************



「あぁ…そんな事もあったな。」
「懐かしいッスよね?」

先程まで、散々愛し合ったベッドの中で二人。
ポツポツと言葉を交わしていたら。
その言葉の種は、あの桜の咲いていた俺たちの始まりの日の話になっていた。

「本間さん、いきなりディープキスだったもんなぁ〜ビックリでしたよ。」
「…いきなりキスしてきたお前に言われたくないな。」

確かに、それもそうだな。

ただ触れたいというだけで、俺ばっかり本間さんの事を考えている事が癪で。
俺は本間さんにキスをして。本間さんは、そんな俺を受け入れた。
今思えば、素っ頓狂な行為をかましたもんだ。

元々言葉少なな本間さんが、更に無口になる。

情事後の本間さんは、少しだけ眠そうだったが。
暫くして、口を開いた俺にそのまま付き合って起きていてくれていた。

「あ、すんません。本間さん、眠いんでしょう?」
「…そんなの…別に気にしなくていい。」
「そんな強がり言わなくていいですよ。いつもヤッた後眠そうにしてるじゃないですか。」
「………。」

図星を疲れた本間さんは居心地悪そうにもぞもぞと布団を手繰り寄せると、
俺の胸に抱きついてきて、その鼻を押付けてきた。
疲労感に負けて、切れ長の目をとろんと柔らかくしながら、
俺の胸で睡眠を貪ろうとする本間さんは無邪気なものだ。

こう言っては何だが。こう見えて、本間さんの寝顔は可愛い。

いつもは見下ろされる側なのに、今は俺が見下ろしている。
沈着冷静なこの人が、俺にだけ見せているという、子供のような仕草に表情。
俺に与えられる、本間さんの特等席だ。


その特等席が、俺をどれだけ参らせるのか。この人はきっと知らない。

あぁ、でも頭のいい本間さんの事だから、
気付かない振りをしているだけかもしれないけれど。


「………。」

ふと、気が付けば。俺はいつのまにか本間さんの口唇を見つめてた。
先程まで身体のあちこちに散々与えられた、弾力のあるそれに。
俺は、触れたくて触れたくて仕方ない衝動に駆られる。



そして。そんな時に限って、閉じられていたはずの本間さんの目が、勘良く開いてしまう。

その視線が、いつも俺を捕まえるから。
もてあます想いを悟られたくなくて。俺は慌てて目を逸らす。

横で、本間さんの小さな笑い声が聞こえた。



「藤。」

今までに聞いた事がないほど、柔らかくて優しい本間さんの声。
そして。その手が、撫でる様に頬に触れてきた。

「そういえば。あの時も、そんな顔をしていたな。」
「か、顔って…どんな顔だったって言うんスか。」
「ん…?俺にこうして欲しそうな顔…。」

長い指先が耳元に掛かる俺の髪を掬い上げながら、ゆっくりと後ろに回される。
そして、そのまま引き寄せられて。本間さんの優しい笑みが間近に迫った。

その突然の出来事に、俺はついつい目を閉じる事を忘れて、
本間さんの顔を凝視してしまった。

「目くらい閉じろ…ムードのない奴だな。」
「あっ…!す、すんません!!」

ぎゅむっと目を瞑った俺に、本間さんがまた笑う気配。


「…本当に可愛いよ、お前は。」


そんな言葉を吐息ごと吹き込まれて、息が止まりそうになる。

絡められた長い指先に力が入って、俺は閉じたその目に花弁を観た。


END
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ