SS.WORST ♯3

□曖昧ビスケット
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「あっ!頭、チィーッス!」
「おぉ、藤。」

頭と二人。駐輪場というのは名ばかりの荒れた広場から会合場所に向かう。
そこで、何気なく。ふっと建物の屋根を見上げたら見えた。

「あ、伝書鳩だ。」
「デンショバト?」

つい出た俺の呟きを聞き逃さなかったらしく、頭が俺の目線の先に目を凝らした。
俺は「ほら」と、笑って。屋根に留まっていた鳩を指さした。

「あれッス。」
「ん?ただの鳩じゃないのか?」
「実は違うんスよ。ほら、あの首の模様が独特でしょ?」

灰色の羽根に、首筋には緑や紫などの細い線模様が入っている。
頭はまじまじとその鳩たちを見つめ、感嘆の声を上げた。

「ふ〜ん。変な所で物知りだな、藤は。」
「変な所は余計ッスよ。」


あ、そうだ。イイ事、思いついた。

頭に『ちょっと待ってて下さい』と言って、目の前の会合場所に入る。
そして、ストックしておいたビスケットを取り出して、外に再び出ていった。


「これ砕いて、餌あげましょう。」

持ってきたビスケットを頭に見せると、頭は俺とビスケットを見比べた。
そして、しょうがねぇなぁと笑った。

小さく砕いて、道にパラパラと撒く。

すると一羽の鳩が屋根から下りて来て、ビスケットをつついた。
そうすると、他の鳩たちも次々と降りてきて、食べ始める。

警戒心を解いた所で、今度は手に乗せて鳩たちに見せると、
今度は腕に乗ってビスケットを突き始めた。

「痛てっ…!あはは!くすぐってぇよ!!」
「うははは!藤、オマエ鳩まみれじゃないか。」

ゲラゲラと、楽しそうに頭も笑う。

他人事だと思って!と、拗ねたふりをしたけど。
俺もつられて笑ってしまった。



**********************



10分も経たない内に、ビスケットは食べ尽くされた。
もう手の中にもビスケットは欠片くらいしかないのに。
鳩はまだ腕に乗ったまま離れない。

「頭ぁ〜〜コレどうしましょ〜〜。」
「うははははは!藤、もう鳩と結婚しちまえ!……お?」


困って身動きが取れないで居ると、近づいて来たバイクの音。

その音で、鳩たちが一斉にバサバサバサーッと飛び立った。


「あっ…、チ、チィーッス!!」
「おぉ、本間。」
「ッス…。…?…藤、オマエ何してるんだ?」

呆れたような、本間さんの声。
すると、頭が苦笑しながら俺の代わりにそれに答えてくれた。

「鳩に餌やってたんだよ。藤の奴、えらくモテモテでな。隅に置けねぇわ。」
「ちょ、か…頭っ!」
「ビスケットと落ちてる羽根、ちゃーんと掃除しとけよ〜?」

笑って、それだけ言うと頭は、建物に入っていってしまった。



「………。」

本間さんが、近づいてくる。

どんどんアップになっていく黒い服にドキドキして。
俺は思わず、うわっと目をつぶった。



「…まったく。」

そんな溜め息と共に、ふわ、と髪に優しい感触。
目を開けると、本間さんが俺の髪に触れていた。

「ほ、本間さん!?」

驚きで、声が無駄に大きくなる。
そうしたら本間さんは眉間に皺を寄せて「うるさい」と俺の頭を小突いてきた。


すると、ふわりと一枚の羽根が上から降ってきた。


「頭、羽根だらけだぞ。」
「えっ!?マジッスか!??」

うわ、恥ずかしい!!
確認する為に伸ばした手を、本間さんがやんわり掴んで静止してきた。

「ほ、本間さん…?」
「取ってやるから、動くな。」
「は、はい……。」


…変な感じだ。 思いっきりバカにされると思ったのに。
相変わらず、その表情からは何を考えているのかとか全く読めないけれども。

でも、触れてくる手は、いつもいつも優しくて…。


俺は妙に照れ臭くなって、思わず目線を本間さんから逸らした。


「…手品でもやってたのか?」

本間さんが羽根を摘みながら口を開いてきた。


「あ…伝書鳩が…。」
「ん…?」
「伝書鳩が、居たんです。そいつに餌やってて…。」
「ふん…お前らしいな。」


本間さんが小さく笑う。


いつからだろう。この笑顔に胸が苦しくなる様になったのは。


「あ、あの…。」
「ん?」
「知ってますか?伝書鳩って思いを伝えてくれるらしいんです。」
「そうか…。」


さら、と髪を撫でられる。
恋人さながらのその仕草に、思わず心臓が縦に揺れた。

しかし、それはただ『終わったぞ』と言う意味だったらしく。
本間さんの掌は、すっと簡単に離れてしまった。


あ……。

無意識に、本間さんの温もりを追いかけてしまう。
その流れで見上げると、そこにある表情は柔らかいもので。

頬が熱くなっていくのを感じて、また俺は視線を下げてしまった。


「あ…有難うございます…。」
「それで?」
「えっ…?」
「伝書鳩に、伝えてほしい言葉でもあるのか?」
「…ッ!な、なななな何も無いッス!!」

ぷいっと背を向けて、掃除をする為のホウキを取りに行こうとする。
しかし、それを引き止める様に。本間さんに腕を掴まれて振り返させらた。


「あっ…!えっ…!?」


そして、あっという間に腕の中に抱き込まれて、頭上でくすくす笑われた。

追いかけたはずの温もりを突然惜しげもなく与えられて、
俺は頭の中がパニックになってしまった。


「なっ…なななな…っ…!!」
「伝書鳩なんかに頼らず、直接自分で言うんだな?こんな風に…。」
「えっ…?」

「俺以外の前で羽根なんかつけるな…可愛いから。」


耳朶に低く囁かれた、その言葉の意味を理解する前に腕が解かれた。


「……え?…えぇ…??」
「じゃ、掃除頑張れよ。」


そう言って、本間さんは俺の頭をポムポムと撫でると、
建物の中に入って行ってしまった。




残された俺は、自分でも想像がつく。…きっと耳まで真っ赤だ。

本間さんの囁いた言葉を思い出しては動けず。呆然と立ちすくむままだった。




「ずるいッスよ本間さん…。」




そんな状態で、勿論掃除なんかマトモに出来るはずもなく。

俺は頭から盛大に怒られた。


END
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