SS.WORST ♯3
□空華〜くうげ〜
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人ごみは嫌いだ。
太鼓のお囃子に、ちょうちんの灯火。
所狭しと並ぶ夜店屋台。
…そして、この人ごみの山。
「ほら!輝!今度あっち行こうぜ!!」
げんなりと肩を落とす俺とは対照的に、
光政はさっきからはしゃぎっぱなしだ。
俺の腕をとり、あちこちへと引きずり回す。
うんざりだ…。
俺は何度目かわからない溜め息をついた。
どうしてこういう事になったのか。
それは昨日にさかのぼる。
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「じゃーん!!」
光政の自宅に呼ばれ、部屋に入った開口一番、
俺の鼻先に突きつけられたのは、花火大会の告知だった。
どこから持ってきたのだろう。
光政は、その手書きの安っぽいちらしを握り締めて、
定位置であるベッドに腰掛けた俺に詰め寄ってきた。
「秋の花火大会〜!!」
「…そうか。」
「そうか…って!!!それだけかよ!??」
「他にどうしろって言うんだ。」
そんな俺に、光政は待ってましたとばかりにベッドによじ登り、
足をまたいで、座っている俺と向かい合うように、膝の上に腰を落ち着かせた。
そして、えへへーとアホっぽく目尻を下げる。
こういう顔をするとき。何を言うのかは大抵決まってる。
「一緒に行こ?」
「断る。」
いつもの如く、冷たくあしらってやると光政はぷうっと頬を膨らませた。
お前…いったいいくつだ??
子供じみた拗ね方に頭が痛くなる。
「なんでだよ〜…。」
「俺が人ごみ嫌いだって知っているだろ?」
「えぇ〜でもさぁ〜。」
「どうして、わざわざ疲れる場所に自ら行くんだよ。それに秋に花火だなんて邪道だ。」
光政を膝に乗せたまま、枕もとの雑誌に手を伸ばす。
だが、光政はその雑誌を俺の手から取り上げると、
後ろへポイーッと投げやってしまった。
「おい、光政…。」
「…にだって……」
「ん?」
「俺にだって考えがあるぞ…。」
そう、呟いたと思ったら。
光政は突然、着ていたTシャツをガバッと脱ぎだした。
「なっ…!?」
突然始まったストリップに目を白黒させる。
上半身裸になった光政は、尚且つ俺のシャツのボタンを外し始めた。
「……???」
ボタンを全て外し終わると、俺の身体にきつく抱きついてきた。
これは…その明らかにそういうコト…だよな??
こいつがこんな積極的なんて珍しいな。
…なんて、そんな他人事みたいに思っていたら、
こいつはとんでもない事を考えていたのだった。
「信兄いいいいィーーーー!!!!」
!!!!!!!!!!?
光政の第一声に身体中の血の気が引いた。
何を思ったのか、こいつは半裸で、俺の身体に密着した状態で、
光信さんの名前を呼んだのだった。
「義兄いいいィっ!!!!ノリーーー!!」
「こ、こらっ!!一体何して…!!」
「光穂おおおおーー光希いいいいーー!!!」
「お、おいっ!!光政っ!光穂ちゃんまでっ…どういうつもりだ!!」
「一緒に行ってくれるならどく。」
「はああああ!???」
光政のその思惑に、俺は目玉が飛び出るかと思った。
「なっ…!??きょ、脅迫するのか!?」
「ノリーーー!!ノリーーーーー!!」
「ちょっ…何でピンポイントに光法…!それだけはやめてくれ!!」
ただでさえ、光法は光政の事が大好きなのだ。
そんな慕う兄に俺が手を出している事がバレたら…!!!
「光政!!離れろっ!!」
「いーーやーーだ!!俺はお前と花火行きたいの!!!」
膝の上から叩き落そうともがくが、ビクともしない。
抵抗すれば抵抗するほど、光政はより一層しがみついてきた。
光法はともかく、こんな状況を先輩兄弟に見られたら…。
そう考えるだけで、眩暈がする。
俺が首を縦に振らないことを見越しての、光政の捨て身の行動。
こんな馬鹿げた行為にいっぱいくわされるとは…!!!
先輩兄弟達にだけは、俺たちの関係を知られるわけにはいかない。
「わかったからどけーーーー!!!!」
静かな住宅街にふさわしくない俺の絶叫が、
光政の部屋に木霊したのだった。
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そして、今に至る。
まったく…わざわざ秋に花火なんてやらなくていいだろうに。
しかもきっちり浴衣を着こんで、祭りに来てる男二人組なんて、
側から見ればどう映るのか。
ただ一緒に行ってやればいいと思っていたが。
光政はそういうつもりでは無かったらしい。
俺が承諾したのをいいことに、こいつは浴衣を俺のぶんまで用意してきたのだった。
そこまでするか!?と一瞬呆れたが。
俺に似合う色を選んできたとニコニコ笑いかけられて。
ちょっとだけだが………そんな光政を可愛いと思ってしまった俺は。
黙ってその浴衣に袖を通し、こうやって歩いていた。
賑やかな雰囲気に、少し懐かしささえも覚える。
ここ最近では、あまりこういう雰囲気とは疎遠になっていた。
疲れはするが、たまにはこういう空気も悪くないかもしれない。
思考をそこまで変化させる事が出来たのは。
おそらく、一緒に歩いているこの男のおかげだろう。
そう思いながら、何気に光政の方へと目線を向けた。
すると、光政も視線をこちらに向けていて…。
「……なんだ?」
「えっ…?」
「人の顔をジッと見て。」
「や、輝…浴衣似合うなって…。」
「…お前が俺に似合うものとやらを選んできたんだろうが。」
「うん、そうなんだけどさ…まさかこんなにって思ってさ…。」
そう言った光政は少し気落ちしている。
???
何を落ち込んでいるんだ?こいつは。
一瞬、その理由に理解できなかったが。
光政がチラチラ辺りを気にしてることからようやく謎が解けた。
遠巻く、女の好奇の目線。
……なるほど。
間違いなく、光政にも注がれているのだが。
そういう事に些か鈍い所がある光政は、
その目線が俺のみに注がれていると判断してしまっているようだ。
これに嫉妬していたのか…相変わらず気苦労が多い奴だ。
女の群れを一望していたら、くん、と袖をひっぱられた。
「光政…?」
「………。」
何事かと顔を覗き込めば、口唇をきゅっと噛んで目線を逸らされた。
あぁ…。
“そっちばっか見るな”…か。
………可愛い奴…。
光政の、その可愛い嫉妬に俺は胸をしめつけられる。
別に、宥める必要などないのだがな…。
俺は光政の頭をよしよしと撫でていた。
「てる…?」
「変な事考えるな。」
「えっ…!?」
「一応、言っておくが俺はお前にしか興味ないからな。」
「!!!?」
「ほら、行くぞ。もう花火が上がる。」
人ごみではぐれないように、と。光政の手を握ってやった。
驚きつつ、照れて俯く光政の頬は、露店に並ぶりんご飴を連想させた。
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「こっち。」
寂しい夜道の奥を目指す。
俺は機嫌が直った光政に手を引かれるまま、歩を進めていた。
光政曰く。何やら、穴場があるらしい。
そこなら花火もよく見えて、人もいないからと。
先ほど夜店で、光政に強請られ買わされたラムネを、尚かつ持たされて。
人気のない道を、ただただ歩いていた。
「ほら、ここ!」
光政の案内で、到着した場所は小高い丘の上だった。
都会にも、こんな場所が残っていたのかと思うほど。
そこは過去にタイムスリップしたかのように、ひっそりと静まり返っていた。
遠くに遊具が見える。公園として活用されている場所らしい。
「ここだったら絶対綺麗に見えると思ったんだ〜!」
ほら、こっちこっち。と丘の一番高いところに急かされる。
いい具合の場所を定めて、何気に二人同時に腰を下ろした。
ドォーーーーン………。
「なんだよー!俺たちがメッチャ重いみたいじゃん!!」
「すごい偶然だな。」
地面に腰を下ろしたタイミングと、花火の音がうまく噛み合って。
いかにも俺と光政が大地を地響かせたような演出となった。
「ホント。すっげぇタイミングだったよな〜!俺たち。」
光政がゲラゲラと腹をかかえて笑う。
それにつられて、俺も思わず頬を緩めた。
次々と。
空に、大輪の華が咲き乱れる。
「わぁー!!すげぇすげぇ!!!綺麗だよなぁ〜!!!」
光政がラムネ片手に、子供の様に足をばたばたとはしゃぐ。
こいつ…本当に花火が観に来たかったんだな。
ここまで喜ばれると、連れてきた甲斐もあるというものだが。
まだ高校生とはいえ、お前もいい年齢だろうが。
時が経ち、気が付けば。
俺の目線は空ではなく、いつのまにか隣の楽しそうな横顔に向けられていた。
くるくると変わる、その表情。
遠い空に咲き乱れる、百花繚乱を連想させる。
「ん?」
ラムネの瓶をちゅぽっと外しながら、光政が俺の視線に気付いた。
「…何?」
「いや。」
「な、何だよ、変な奴だな〜。」
俺の横で照れ臭そうに、ひゃひゃひゃと笑う光政。
暗い闇が、豪快な音とともに照らされていく。
俺はその度に赤や緑に照らされる、
光政の横顔をそのまま見つめ続けた。
「…輝。」
「ん?」
「は…花火見ろよ。」
その赤い頬は、花火の灯りのせいなのか。
俺は、そんな光政の袖を引っ張った。
「な、何だよ?」
「ん?お前の真似。」
“そっちばっかり、見ないでくれよ?”
END