SS.WORST ♯3

□六月のアンブラッセ
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六月。そとは雨ザーザー。だから、今日のデートは輝の部屋。

雨は大嫌いだけど、こんな風に。
二人きりで部屋でダラダラするのは、結構好き。

俺は輝のベッドで寝そべって、だらだらと落書きを描いていた。
輝は、ベッドの脇で何やら雑誌をぺらりぺらりと捲っている。

俺はお絵描き。輝は雑誌。
そんな二人の横を、ゆっくりゆっくり時間が通り過ぎる。

白いスケッチブックに、水性ペンでまぁるくまぁるく円を描く。
大きい丸。何にしよう。アンパンマン…は、さっき描いた。


丸…丸いもの…。


ふと、輝を見る。



あ…。

俺は悪戯を思いついた。






水性ペンを持ったまま。
輝と雑誌の間に、よじよじと身体を滑り込ませた。

「うぬぬぬぬ。」
「…何だ。」

俺の行動に、輝が眉を寄せる。

「手。」
「ん…?」
「手、借りるぞ〜?」

有無を言わさせず、強引に輝の左の方の手を取る。
俺の性格を熟知しているらしい輝は、黙って俺の好きにさせる。


狙うは、薬指の根元。
柔らかいペン先を、輝の皮膚にゆっくりゆっくり這わせた。

くるりと、まぁるく一周する。指に施す、軽い悪戯。


「ほい、指輪!」
「は…?」

輝が溜息をつきながら薬指を眺める。

丸いもの。そう連想したときに、指輪だ!と思った。
しかも、左手の薬指。そこにわざと描いてやった。

「ご結婚オメデトウゴザイマース!」
「またお前はくだらん事を…。」
「ひゃはははは!」

溜息をつく輝の横で足をバタつかせて笑う。

「光政。ペン貸せ。」
「え?」

輝が手をこちらに差し出す。
俺はその手に吸い込まれるようにペンを渡した。

「ほら、手を出せ。」
「え?…何で…。」
「指輪なんだろうが。」

輝が目を細めて、口唇の端をフッと上げる。


「指輪は交換するもんだ。」


うをおお…!?こ、交換って…!??
輝のその言葉に、俺は思わず狼狽えてしまった。

どうしよう、どうしよう。すんげー…ドキドキするってば。


雨音と心臓の音がアンサンブルになって、耳の奥で響く。

雨の音も、心臓の音もこんなに大きかったけ…?


「…良かったな。」
輝がキャップを外しながら口を開く。

「6月の花嫁は幸せになれるらしいぞ。」
「!!???」

輝の付け加えの言葉に、俺は完璧フリーズしてしまった。
そんな俺を見て、輝が笑みを浮かべる。

輝が、ゆっくりゆっくり俺の手に自分の指を絡めた。
俺の左手に、輝の左手がそっと重ねられる。

二人の目の前に重なった互いの手が現れて。
輝の指に、俺が施した歪なリングが目に入ってきた。


…意識してしまう。

交換って…何か…何か凄く恥ずかしいんですが…。


ドギマギしている俺には目もくれず、ペン先がどんどん俺の手に近づいてくる。



わーっ!!わぁーーーっ!!!

俺は思わず下を向いた。



薬指の付け根にインクのヒヤリとした感触が走る。
指の太さに添って、ゆっくりゆっくりなぞられるペン先。

うわ…うわわわ…。

どんどん、どんどんペン先がスタート地点に戻っていく。

くるり、くるりと、付け根に這い、終わった。



インクの感触が離れる。
それは、一つのリングがはめられた証拠。
しかし、その感触は指の付け根にだけにとどまらなかった。

手の甲に、素早く触れた。先ほどのペン先。



…あれ?

訝しげに顔を上げる。




目に入ったもの。



輝の含み笑い。

ペン先。


薬指。








そして…。
手の甲に書かれた『バカ』の文字。






「ちょっ…おい!!!輝テメェー!!」

俺の絶叫に輝が声をあげて笑う。

「何だよ!!ひでぇ!!!マジむかつく!!!」
「悪戯の仕返しだ。」
「だからってこんなにデカデカ書かなくてもいいだろ!!」
「お前のバカっぽさに比べたら、小さいくらいだ。」
「うっ。」

ううう〜〜〜何だよ!!
凄くドキドキした俺がバカみてぇじゃん!!!

輝なんか……輝なんか…。

「光政。」
「…あんだよ。」

頬を膨らませて、不機嫌モードで輝を睨みつけてやる。


すると、輝の顔が近づいてきて。
への字に曲がった俺の口唇に。そっと、触れるだけの口付けを落としていった。


「ぃ……!!??」

驚きのあまり声も出ない俺に、輝はいけしゃあしゃあと、
『誓いのキスを忘れてたからな。』と言って、また雑誌に戻っていった。




て、輝なんか…。




輝なんか…。




す……好き…………!!




サラリと俺の心を盗んでいくオトコマエの横で、俺は心臓を押さえて呻いた。

左手の甲を翳す。薬指には歪なリング。(手の甲のバカは見ないフリ)


輝とおそろい………。

それを見ると、胸の真ん中がぎゅーってなって。
鼻先が少しだけくすぐったくなる。




ああもう、もう…もう好き…っ!!




「輝!」
「ん?」
「俺に構え!」

俺は輝の手から雑誌を奪い、遠くに放り投げた。
そして、輝の膝にドカッと座り、肩に額をぎゅーっと押付けた。
その温かい首筋に甘えると、輝も頬を俺の頭に擦り付けてきた。



雨は嫌いだけど、テメェと一緒なら。

俺は、こんなにこんなに幸せな時間を過ごせちまうんだ。



「…相変わらず、我侭なやつだな。オマエは。」
そんな憎まれ口を叩きながらも、輝は優しく抱きしめてきた。

背中を撫でられ、髪を梳かれて。
輝の指に、俺はとろんとまどろみながら、輝の心地よい重みに潰される。



窓の外の雨音と、時折響く天を割るような雷鳴が、
輝のベッドの軋む音と、俺たちの青く切ない声を隠してくれた。

END
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