パラレル

□君が為に
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僕も生まれて来て良かったのだと思わせてくれるのは、いつだって君でした
それは今も変わらなくて


以前は僕が君に冷たくしたけれど
本当は嬉しくて嬉しくて仕方なかったんですよ?


素直になれない自分がもどかしかったのを昨日のように思い出せます


傷付ける気はなかったのに僕が暴れたから
君は傷だらけになった


それでも優しく微笑んでくれた

掛替えのない贈り物をくれた




僕が生まれて来たのは、苦しかったのは 君に巡り会う為だったんですね



































【 君が為に 】








































「安いよー!さあ、冬には欠かせない薪だ!
今から取りに行ってたんじゃ遅すぎるよ!
買った買った」
「ちょっと其処の旦那、宿は決まってるのかい?
ウチなら一等良い部屋を直ぐに用意できるよ!」
「温かい毛皮のコートは如何かね、聖祭の余所行きにも使える上物さ」
「ハイ毎度あり、オマケにジャガイモを付けてあげようね」

(いつ来ても騒がしいですね、此処は)

週末の大通りを歩く。
生誕祭も近い所為か、人の数がいつもの倍のようだった。

人混みは好かない。
そもそも人という存在自体が煩わしい。

楽しげな声も、活気ある市場も嫌いだ。


鼻に皴を寄せるが、何時までも人の波の中にいる訳にもいかないので少し避けていた壁際から歩き出す。







肩と肩がぶつかりあっている人混みをするりするりと通り抜ける。

細身の彼には造作もないことだった。
気配を消すことも得意なので誰も自分になど気を止めない。




颯爽と歩く姿は、いつも仲間から賞賛の眼差しで見られていた。
見目麗しい姿も感嘆の溜息を誘うのは十分の代物。





しかしそれは同種という仲間内の話だけであって。





数えるのも面倒な程の人の間を縫って歩いていた彼は、一人のでっぷりと太った男にぶつかった。
余りに違う対格差の為体がよろめく。
舌打ちする間もなく彼を見下ろした男は顔を引き攣らせ、小さく悲鳴をあげた。
「何だ、どうした」
「く、くろね」
「あ?下が縺れて何言ってっかわかんねーよ。
たっく、聖祭にはまだ早いってのに飲みすぎなんだよ」


横にいた細身の男に引き摺られていく肥満の男を冷めた黒曜石の瞳で見送る。




再び歩き始めた彼の鼻先に、今年初めての冷たい結晶の花が一つ落ちた。
自分と間逆の色を持つそれに曇天の空を見上げる。
音もなく舞い落ちてくるものが、彼は嫌いだった。
自分の存在をクッキリと浮き上がらせ、己の体温を奪うだけの冷たいもの。


(・・・少し急いだ方がいいようですね)


一人決め先を急ぐ。








ご自慢の鍵尻尾を水平に威風堂々と疾走する。

その身を包むのは漆黒の艶やかな毛並み。




その姿から、彼は忌み嫌われていた。







「お母さん見て!ねこー」
「どれどれ・・・。っ!
まあ、見るんじゃないよ!黒じゃないか。
ったく演技が悪いったらないッ、
さっさとあっちへ行っとくれよこの悪魔の化身が!」








闇に溶けるその身体目掛けて投げられた石を少し横に避けて避けた。

砂利が跳ねて目元に跳ね返る。
咥内で毒吐く。







(低俗な人間風情が)


















その小さな黒い影に気付いた男がいた。



小さく呟く。

「黒猫・・・」




家に入りかけていた体を翻し、戸締りもせずに男は歩き出した。




































彼は孤独には慣れていた。
寧ろ望んでいたと言ってもいいだろう。

誰かを思いやることなんて煩わしくて、邪魔な余分なものでしかないのだから。









現在住みかとしている空き家の路地に入ろうとしたところで、彼の体は宙に浮いた。

(!?)







慌てて自分をそっと包んでいるものを見れば人間と思わしき白い腕だった。
「今晩は〜、素敵なおチビさんッ
ねね、僕らよく似てると思わない?」






柔らかなその声音にカッとなった。

(気安く僕に触れるんじゃないですよ・・・ッ!)






腕の中もがいた。

必死で引っ掻いた。


男が痛みで声を上げるのにも構わずに暴れた。














彼は今までひたすらに。

孤独という名の逃げ道を

走って 走って

走り続けて来た。







初めからその道しか用意されていなかったから。






それが一番自分に相応しいものだし、別のものなど欲しくなどなかった。

今更知りたくなかった。






失ってしまうような脆いものなど、いらない。

















・・・・・生まれて初めての優しさなど、

温もりなど、

彼には信じられなかった。








































「な〜、そんな邪険にしなくてもいいだろ〜?」



情けない声が数歩離れた後ろから追いかけてきて、うんざりした。

(・・・・まだ付いて来る気ですか)








半眼で振り返れば童顔の男が寒さの為に体を震わせて立っていた。
目的の彼が自分を胡乱気に見上げているのに気が付きぱっと顔を輝かせる。
(・・・・・・・ッ)

その表情に彼は直ぐ男から視線を外した。
いつだって人間は自分を見れば罵ったり、顔を顰めるのが常なのに。
この男は宝ものを見つけたような顔をする。
(・・・・変な人間もいたものですね)




「なー寒いから帰ろうよー」
(さっさと何処にでも帰ればいいでしょうに)

悴んで赤くなった手を擦り合わせ、子供のようなことを言う男に呆れる。






どれだけ逃げたって、変わり者は付いて来た。






その理由は男が絵描きで自分をモデルにしたいかららしい。
随分と酔狂な人間もいたものだ。

相手は自分一匹だというのに絵のモデルを真面目に頼み込むものなど初めて見た。
他の人間からすれば、一匹の黒猫に嬉々として話しかけている可笑しな男と映っただろう。

しかし男はそんな周りの機微などきにする様子もない。
ただ彼だけを見つめている。


「上等なミルクもあるんだよ〜?」
お隣さんに夕刻分けて貰ったばっかりだから新鮮なんだよ?と男は自分に話しかけてくる。



男の所為で、住みかに行くこともできなかったので体も冷たく湿り、冷えている。
腹立たしいことだったが、それはこの若い絵描きも同じことで。

彼は雪が舞っている現在の気候にしては薄着で震えている男を改めて見上げ、
苦笑した。

鼻から垂れた鼻水が小さな氷柱になっている。
なんて馬鹿な男なんだろうか。

自分のようなものを絵に描こうとするなんて、どういうことになるかわかっているだろうに。




呆れて嘆息しながらも彼は向かう方向を替え、男の足元へ向かい歩き始めた。




(・・・・・ま、上等なミルクを出すなら仕方ないですね)




其れの為なら男が大はしゃぎをして濡れて冷たくなった自分を優しく抱きしめたのも、
我慢してやってもいいでしょう。









































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