兎虎小説

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カーテンの隙間から朝日が差し込む。
それを手で遮り、バーナビーはベッドでカーテンをすべて開けた。
鳥の巣のようなごわついた髪をなでつけ、もう片方の手は隣りに。

バーナビーは虎徹の唇をそっとなでた。


昨夜、すがりつくように虎徹はバーナビーを抱き締めた。いとおしむように、なくさないように、自分自身のような思いをしないように。
話を聞いたバーナビーは虎徹の表情を見た。最愛の人をなくした気持ちはわからなくもない。バーナビーだって両親をなくし、20年間ずっと一人で生き抜いてきた。
彼は僕と同じ…いや、彼はウロボロスを誰よりも知っていて、その中の人と生涯を共にしようと歩んでいた。
―――バーナビーの顔はくしゃくしゃに歪められ、「助けて…」とか細く囁く虎徹を痛く締めた。それは虎徹にとって嬉しいことであり、同時にバーナビーの心を鋭く抉る。

自分は開発者だ。キング・オブ・ヒーローのワイルドタイガーに恋慕を抱いた時点で、バーナビーは叶わない恋だと自覚した。しかしそれでもバーナビーの心は虎徹に傾いていき、スピードがかかったその想いは止まらなかった。
キング・オブ・ヒーローと一般人で目立たない開発者なんて、天と地。金持ちと貧乏人。何度バーナビーの想いが折れそうになったか、わからない。


正直、バーナビーはこのままこの流れで虎徹を抱いてしまいたかった。ぐちゃぐちゃにして、バーナビーの心に縋るように囁いて、自分のものにして。
だけどぱきりと折れていた虎徹のことを考えると、どうしても出来なかった。肝心なところで言えないバーナビーはとことん人生を損しているのは、彼自身わかっている。自分を理解できるのは自分なのだから。
優しく抱き寄せ、細くて弱い今のうちに虎徹を落ち着かせ、ベッドへ。そしてもう一度キスを送り、お互い寂しくならないように寄り添って意識を飛ばしたのだ。




「(僕は一体なにをしたんだ…!虎徹さんに、僕の思いが、バレてしまった!!)」

ひとつのベッドよろしく、バーナビーと虎徹は見事に裸だった。バーナビーは脱いだ記憶がないが、虎徹の口にくわえられているくしゃくしゃになったバーナビー自身のインナーが物語っていた。
バーナビーは服をそのままに、ロフトから降りてリビングのソファに腰掛ける。顔を洗いたいが、虎徹の家をしっかり把握してない状態で探すのは気が引ける。他人の家を物色してしまえば自身の心が「ダメだ」と警告音を鳴らしてしまう。そもそも物色するのが、バーナビー的にはアウトなのだから。

「(シャワーも浴びたいけど、ここじゃ無理だな…。虎徹さんいるし、KOHの家でシャワーを借りること自体烏滸がましい。虎徹さんが起きる前に…帰ろう)」

どこまでもへたれで勇気がないのか…。バーナビーはインナーをそのままに、裸の上半身にライダースジャケットを羽織る。本革で作られたそのジャケットは、意外と中が痛くならないように作られているものだからそのままでもいけてしまう。
鳥の巣と化した髪は手ぐしで整えて、サイドテーブルに置かれていた眼鏡をかけて虎徹を見やる。
すうすうと寝息を立ててる虎徹の顔は、昨日と違って穏やかだ。バーナビーの視線は虎徹から写真立てに移る。そこにいる友恵は、酷く優しい顔を虎徹と、その娘に投げかけられている。普通の風景なのに、あの話を聞いたあとは何故か後味が悪い。友恵に嫉妬しているのか、友恵が虎徹を裏切ったことに腹を立てているのか。それはわからない。
バーナビーはそっと、その写真立てを取る。このまま割ってしまえばどれだけ自分が楽になれるのだろうか?虎徹は怒ってしまうのがわかるが、バーナビーの指は確実に力が入っていて、いつ割れてもおかしくはない。
しかしその指を自分で制して、さっきまで割ろうとしていたものに口づけを送った。一回、二回…、



そして三回目は虎徹に奪われる。

「!?こっ、!」
「おはよ、バニーちゃん…」
「ぅ…はよう、ございます、」

とろりとした笑みを向けられたバーナビー。それに騒げる余裕もなく、しっかりと返す言葉は情けなかった。寝ぼけ目で起きた虎徹は、バーナビーが持っていた写真立てをそっと引き抜き、友恵が写っているそれに口づけを交わした。

「おはよう、友恵」
「…」
「へへ、いっつも一人でやってんのにバニーちゃんがいると恥ずかしいな、コレ。…友恵ちゃん、今日も俺、生きてるよ」
「……虎徹さ、」
「バニーちゃん。俺さあ結局友恵のこと大好きなんだよね。でもバニーちゃんもそれとおんなじくらい大好きで愛してる。おじさん、欲張りだよねー」
「…そんなことありません。人は欲張ってこそ人でいられるんです。あなたは元から欲がないおちゃらけたおじさんでしたよね」
「寝起きのおじさんにそれ言っちゃう…?」
「おじさんはおじさんらしくおじさんなりの人助けをして下さい。僕のヒーロー・ワイルドタイガーはあなただけです。人助けも欲のうちのひとつですよ」
「…ん」

バーナビーは虎徹の涙袋を擦り、瞼にキス。それに対して、虎徹はバーナビーの頬にキスを返す。
おじさんと好青年、開発者とKOH、男と男、37歳と24歳。いくつもの越えられない壁が二人を立ちはだからせる。しかし、それを二人は素手でぶち破り、怪我をすれば片方がいとおしむように守り、またひとつ壊していく。まだ周りの壁が高みを増して行く手を阻むが、バーナビーと虎徹は苦と感じてはいない。自覚がないのか、タカをくくっているのか。それは二人しか知らない。

「そういえば、なんで裸?」
「それは僕が聞きたいですよ…。あなた起きないし、僕のインナー食べてるし、早く着替えて帰らないと仕事の用意が…」
「…ごめん」
「…いえ…」
「…ご飯、食べてく?」
「いえ、僕は朝は食べないんで」
「だっ!ダメだろ!朝は元気の源。しっかり摂らないと仕事に支障出るぜ?」
「…はあ、」
「なんだよその「そんなくだりはいりません」みたいな顔は…。とにかく、メシは食っていけよ。その…質素だけどさ、」
「虎徹さんが作ってくれるなら、僕は喜んで食べますよ。あなた、どっか買って食べてるのかと思っていましたし」

朝は食べない主義はずっと貫いていましたし。ああ、でもあなたの手作りだったら食べたいな。
―――バーナビーは簡単に言ったつもりだった。しかし、虎徹がらしくもない表情で顔を赤く染めるのを見てしまい、バーナビーはつられて自身も染めてしまった。
それを隠そうとしてか、虎徹は真っ先にベッドから這い出し、逃げるように洗面所へ駆け込む。数秒遅れて、バーナビーも虎徹を追いかけるように洗面所に向かった。

「虎徹さん!好きです、愛してます!ずっと言えなくてごめんなさい!!」
「う、うううるさい!!」
「ずっと、いつまでも朝ごはん作ってくれますか!?」
「〜〜っ!!それっ、プロ…」
「愛していますっ」

わかっていた。越えられない愛はいくつもあるって。それは僕らのように愛したくてもそれを許してくれる人がいないことを。男と女のように清く正しい恋じゃないことを。

「…俺も、覚悟してんだぜ?子持ちやもめ、おまけに市民を守るヒーローだって」
「僕だってそれを支えるいち開発者です。給料はあなたの半分にも満たしませんが、釣り合う男になってみせます、絶対」
「ばか、給料の話は関係ないだろ?」
「やだな、給料が少ないとコンドームだってローションだって買えない」
「ぶっ!!おま!なんつーこと…!!」

目覚めの一言には似つかわしくない言葉が、バーナビーの口からさらりとこぼれる。虎徹はそんなバーナビーの言葉を、繰り返し繰り返し呟き、それからバーナビーの胸に頭を置いた。

「ハンサムはなにを言ってもハンサムすぎておじさん恥ずかしくて死ねる…」
「死なれては困りますね」
「前まではへたれだったくせに…」
「…無理でしょう?KOHに恋なんて言わなくてもかなわないのは知っていました。言ったら虎徹さん、きっと困ってしまうから」
「今は違うのかよ」
「今は…言っても平気です。あなたと友恵さんがいるからかな?なんかすっきりしてるんです」

あ、そうなの…。虎徹は微笑むバーナビーになにも言えなくなった。募った想いはいつだか爆発すると、以前取材で聞いたことがあった虎徹は、大人しくバーナビーのハグを受け取った。



好きだと言われても、最初は断ろうと、虎徹は思っていた。そもそも次元が違っていたのにどうやって近づけというのだ、と。バーナビーは優秀な、将来性のある青年。きっと虎徹から離れて輝く未来へと足を進めていくのだろうと考えていた。
それが今はどうだ?バーナビーが身を挺して助けてくれたとき、虎徹はなにかが壊れた。また大事な人をなくしてしまったという思いが頭の中を駆け巡り、思考をぐちゃぐちゃに引っ掻き回されそうな錯覚に陥った。その時点で虎徹は自覚し、悔やんだ。
バーナビーは友恵と同じくらい大事だってことを。
男とか女とか、関係なかった。自分はそれを無理に守ろうと、くだらないプライドを出していたのだ。だからウロボロスのことを聞かれたときは、ああもう終わりだ…と感じた虎徹は、砕けるのを承知で、バーナビーに縋った。








スクランブルエッグにお手製のドレッシングがかかったサラダ、厚く切ったトーストにコーヒーはブラックで。
お決まりの朝ごはんを食べるバーナビーを見て、虎徹はぼうっとそんなことを考えていた。目覚ましのイケメン青年からの優しいキス。女性のような柔らかさはなかったけど、マシュマロみたいな弾力は若さの証。新婚時代を思い出して、虎徹は笑った。

「なにかついてますか?」
「ん?いいや。新婚時代の記憶が、な」
「…あなたはその時代を悔やみますか?」
「悔やまないね。むしろ楽しかったよ」

ふうふうとコーヒーの湯気を吹き、虎徹はそれをすすりながら答える。懺悔をする気もないし後悔する気もない。堂々と楽しかったと答えられる。サラダのトマトをつつきながら、虎徹はバーナビーの話を受け答えていく。

「じゃあ、僕はその友恵さんの思い出とともに、あなたをいつまでも幸せにします」
「よく言うな、バニーちゃん?」
「バーナビーです」




こんなにきらきらとした朝を迎えたのは、久しぶりだった。


続く


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