兎虎小説

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オーシャンズ地区・オーシャンズ水族館爆破事件から二週間。
完全に復活した虎徹は、再びワイルドタイガーとして市民を守り、KOHに返り咲いた。
市民の期待はとても大きく、ワイルドタイガーが決めゼリフを吐くと、街中が彼を応援し震え立つ。
スカイハイもワイルドタイガーがいない間は一位を取っていた。
しかしというべきか。ワイルドタイガーはスカイハイのポイントをあっさりと追い抜き、1000以上の差を付けてしまう。
期待以上のことをやってのけているワイルドタイガーに、アニエスは笑いが止まらなかった。

一方、バーナビーも約一週間前に復帰し、斎藤とともにメカニックルームにてヒーロースーツの調整を行なっていた。
プライベートと仕事をきっちりと分け励む彼の姿に、斎藤は「また倒れるなよ」と釘を刺す。バーナビーはそんな斎藤に苦笑を漏らしながらパソコンと向き合った。



バーナビーは、横たわる自身の身を心配してくれた虎徹に「好き」と言えなかった。
ぼろぼろと大粒の涙を零し、バーナビーの身体をきつく抱き締めた虎徹にだ。雰囲気が物語っていたというのに、バーナビーは流れに任せて言えず、虎徹のおせっかいを病室で体験し、ともに退院。
へたれでも奥手でもないが、バーナビーは自分のために泣いてくれて、自分が怪我をさせたように振舞う虎徹に対してたった二文字の言葉を吐き出すことが出来なかった。
今考えるととても後悔する内容だが、バーナビーは自身の問題を解決してからカミングアウトしようと決意している。

それは、復帰する前に斎藤に渡された一枚の紙。
それにはバーナビーが適当に打った文字を組み合わせて出てきた単語を書いたもので、【Ouroboros】【Tomoe Amamiya】の言葉を何回も復唱した。
ウロボロスは現在、バーナビー一人で追っている両親を殺した悪の大型犯罪組織のこと。まだまだ集めなければならない情報はたくさんある。20年間費やしてもまだほんのひと握りしか情報がなかった。
そして女性の名であろう、ともえ あまみや の名前。
日系だと思われるその名はバーナビーにはまったく身に覚えのない名前だ。
日系は、シュテルンビルトには数少ない人種で本来はここから数時間かけて行くとオリエンタルタウンというのどかでいい街に住んでいると聞く。シュテルンビルトは発展した街だが白人が全体の8割5分を占めている。残りは黒人と日系人だ。
バーナビーはそんな数少ない日系を一人だけ知っている。
―――鏑木虎徹だ。
彼はヒーローとしてこの街を守り、KOHとして人気を博している。ヒーローの中身は市民には知られていない。それ故、日系の彼が街を歩いていると物珍しそうに見られるのだ。うんちくを言ってしまえば、白人にとって、日系はとても神秘で、魅惑の存在なんだとか。鏑木虎徹が一般人でふらりと街をさ迷えば、間違いなく食われてしまっていただろう。
それが出来ないのは、彼がヒーローで、ネクストだから。
魅惑の黒髪にとろりと誘う蜂蜜色の瞳。無意識に誘っているように見えてしまうのだから、恐ろしくて怖い人物だ。

そんな虎徹に恋するバーナビー・ブルックスJr.は、表面だけの笑顔を貼り付け、虎徹がいるヒーロー事業部に足を運ぶ。
今はきっと、下唇を突き出しながら不得意のデスクワークでもやっているはずだ。

「すみません。メカニックのバーナビーです。虎徹さんいらっしゃいますか?」
「ミスター鏑木なら、ほらそこ。またぐーたれてるわ」

経理の女史が虎徹の方向を指す。
文字通り、虎徹は紙の書類を横目で見ながら顎をデスクに付けていた。
女史のぎらついた視線をもろともせずつっぷしている状態は、酷く滑稽だった。

バーナビーは虎徹のもとに近づくと、それに気づいたのか彼はぱあっと笑顔に変わる。
それから、嬉しそうにバーナビーの名を呼ぶ。

「バニーちゃん!!こんなとこに来んの珍しいね!」
「はい。ここはメカニックと方向が逆ですから」
「ここ、ここ座れよ」

空いていたデスクの椅子を指差し、座るように虎徹は促す。
もともと虎徹に用があったバーナビーは気兼ねなく座る。
L字型で区切られているデスクにお互いが座ると、自然的に仕切りが出来てしまう。かと云って虎徹のところに座れば近いし彼が仕事出来ない。虎徹はそんなのお構いなしだと思っているがバーナビーの変に紳士的なところが好きだった。
仕切りで向かい合わせになった二人。
バーナビーは持ってきた例の紙を虎徹に見せた。

「虎徹さん。この方をご存知ですか」
「ん〜?どれどれ……。



 ――――…え…?」
「知っていますか?」

嬉しそうに紙を見た虎徹の表情が一変する。
驚き、青ざめ、口に手を当てる。
彼のこの行動で、バーナビーは知っていると判断した。

「知っているんですね」
「な…なんで、バニーちゃんが、」
「…ここでは話しにくい。喫煙所があるのでそこでもいいですか」

バーナビーは震える虎徹の手を取り、女史に一言入れる。
頷いたのを確認して、バーナビーは自販機の横にある簡易椅子を机、そして喫煙所がある一角に身を寄せた。
幸い、勤務時間なのか人はいない。
ともえ あまみや の文字を瞳に写している虎徹を座らせ、バーナビーはぽつりと自分の話をしていく。

「僕は、大型犯罪組織・ウロボロスを探しています。ウロボロスは僕の両親を殺した犯罪者。父さんと母さんの敵を打ちたくて必死なんです」
「それと、この人の、関係は…」
「わかりません。あの爆破事件の日、僕は適当に文字を打ってからあなたのもとに行きました。そして、能力を発動。僕、なにかを考えないと動けない性分でしてね?その時適当に打った文字を、斎藤さんが組み合わせたんです。
 それが、ウロボロスとともえ あまみやの二文字」

バーナビーはポケットに入れておいた財布を取り出し、自販機に硬貨を入れる。
気味のいい音を鳴らして出てきた日本の缶コーヒーを手に取り虎徹の前に置く。
彼はそれに手を伸ばさなかったが、バーナビーはプルタブを引っ掛けて中身を開いた。
ふわりとコーヒーの香りが漂う。

「適当に打った文字が組み合わさって、出来た…。僕は関係性は、あると思います。ウロボロスの情報を、このともえさんという方が握っている……もしくは、この方が、僕の両親を殺した犯人の中の一人か―――」


「ッ…!違う!!ともえは犯人じゃない!!!」

ガタンッ!!と椅子が倒れる。
バーナビーは焦りを帯びた虎徹の顔をそっと見て、それから瞳を合わせる。
なにかを語ろうと口を開く虎徹を、バーナビーは待った。

「ウロボロスがなんなのか俺にはわからない!!お前の両親を殺した犯人が、こんなか弱い女性なわけないだろ!?」
「ウロボロスは女性でも精鋭のスナイパーや囮、果てにはセックスの玩具として堕落させ情報を聞き出す強者がごろごろといるそうです」
「だからともえは違うってんだろ!?」
「そのともえさんと、なにかあったのでは?」
「…ッ!」

バーナビーの食いつく瞳に、虎徹は息を飲む。
バーナビーはただ単に「ともえという人を知っているか」と聞いただけだ。それだけなのに虎徹は「ともえ」を守るかのような仕草を見せる。
虎徹との間になにかあったのか、それとも、―――?

バーナビーは困った笑みを虎徹に向けて、くしゃくしゃの紙を引き抜く。
虎徹を困らせたいわけじゃない。責めたいわけじゃない。
ただ、両親を殺したウロボロスの情報が欲しかっただけだ。
――泣きそうな虎徹の頬を抑え、バーナビーは言葉を紡いだ。

「ごめんなさい。僕は、ともえさんとあなたの関係を聞きたいわけじゃないんです。ともえ あまみや。この人のことが聞きたかった。でも、もういいです」
「え…」
「僕は、僕なりにこのともえさんを調べてみます。無理言って、すみませんでした」

本当は虎徹の口から聞きたかった。それが一番の近道であり、有力な情報だから。
だけど意中の相手に過去をえぐるような話をしたくない。彼には奥さんがいて娘がいる。
バーナビーの問題に彼を巻き込ませないようにしたかったから。
だけどそれはバーナビーの杞憂に終わる。

「ばっ、…バニーちゃん!!」
「はい?」
「おれ…話すよ、お前に。ともえ…友恵のことを」

友恵、とはっきり言った虎徹。バーナビーは揺れる蜂蜜を凝視してしまった。
彼は今なんと言った?
エコーがかかったようにバーナビーの脳裏で虎徹の言葉が繰り返され、はくはくと息が漏れる。

「お前の両親は…残念だと思う。俺はなんもしてやれないけど、友恵のことなら…お前に話しても、いいと、思う。バニーちゃんに、もっと、俺のプライベートとか、聞いて欲しいし、きょ、きょう…」
「共有、?」
「それ!共有したいし!!…さっきは怒鳴ってごめん」

節目がちに視線をそらす虎徹。
バーナビーは嬉しい、と心から感じた。
20年間、誰にも知られず救われないまま一人で闘ってきた問題に虎徹が協力を申し入れてきた。それはとてもちっぽけで、なんでもないことのように思えるが、バーナビーにとって嬉しい以外の何者でもない。
一人の辛さは誰よりも知っている。悲しくて苦しい。まるで極寒の海に投げ込まれたような、そんな気持ちなのだ。

バーナビーは虎徹の手を取り、それを自身の額にくっつけて頭を垂れる。

「ありがとう、ございます…」









***









PM5:30。
残業もなく、二人は定時を終えた瞬間にアポロンメディアを出た。
行く先は虎徹の家。彼がそこだと話しやすいし安心するのだという。バーナビーにとってはあまりよくない…というか奥さんを見ていると嫉妬心が芽生えてしまうからというのと、虎徹にキスをしてしまったのがイヤ…らしいのだが、話してくれるのなら仕方がない。
このままPDAが鳴らなければいいのだが、そこはまだわからない。
虎のキーホルダーが付いた鍵を差し込んでドアノブを回す。
「そこに座っていろ」と言われ、ソファに身体を沈めると、虎徹はそのままロフトに上がっていった。

数秒もしないうちに彼が戻ってくる。その腕には大切そうに写真立てが握られていた。

「あ…」
「これ、俺の奥さん。もういないけどな」
「いない…というと、」
「…殺されたんだ」

犯罪者に、な。
ぽつりと虎徹が漏らす。
写真の中の女性は、きらきらとした笑みを浮かべている。こんなにいい人が何故殺されたのか。バーナビーは生きていると思っていた心中を隠して聞いた。

「事故じゃないんだ。奥さんは言ったよ。『虎徹くん、ごめんね。約束、守れなくて』ってさ…。俺、てっきり人生の最後まで一緒にいれなくてごめんって言ったのかと思ったんだ。
 でも、違った。奥さんは、俺の約束を守れないって言ったんじゃなかった。
 多分、この話はバニー、お前にも関わっているはずだ」
「僕が…?」
「ああ。今日、お前が聞いてくるまで知らんぷりしていたことさ。奥さんは、鏑木友恵。旧姓は、雨宮友恵」
「――――…な、」
「友恵の約束は、多分…――」







「大型犯罪組織に介入しちまった、ってことだ」
「…つまり、友恵さんは、なにかのきっかけで、ウロボロスと関わって、しまった…?」
「…約束は、俺と娘を傷つけない約束だったのか、違うのか、わからない」

ぎゅうっと、写真立てを抱きしめる虎徹の顔は伺えない。しかしバーナビーは手だけだった震えが全身にまで纏っているとこに気づく。
彼は人生の伴侶を、ウロボロスに奪われてしまった。バーナビーが気づかないうちに、この雨宮友恵を蝕み、喰らい尽くした。幸せだった鏑木家に起こった事件は新聞にさえ載らず、虎徹は夜な夜な娘に隠して泣き続けたのだ。
無理をして話したその身体は細く、頼りない。
今にも崩れ落ち、叫ばんと嗚咽を漏らす虎徹の身体をかき抱く。

「すみません!すみません…。あなたを泣かせてまで話させるつもりはなかったんです…」
「俺は…なんにも出来なかった…!!笑顔で手を振る、あいつの手を取れなかった…っ」
「もういいです。もう、わかりました…」

バーナビーは虎徹の言葉を遮る。
ただ抱きしめることしか出来ないバーナビーは歯を軋ませる。
僕はこんなにも無力なのか!愛する人さえ安心させることが出来ないのか!!

バーナビーは、虎徹の香りに纏われながら、自分の愚かさを悔やんだ。



続く


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