兎虎小説

□5
1ページ/1ページ

爆発した瞬間は、テレビカメラも抑えていた。
駆けつけたヒーローの目にも、スイッチングルームにいるアニエスも、テレビ越しの市民にも、そして。

連絡を取り合っていた斎藤とバーナビーの目にも―――。



そこに、誰もが愛してやまない、KOH・ワイルドタイガーがいるのも知っていた。
誰よりも早く駆けつけ、爆弾を処理班とともに解除したことを。
それが、失敗したのか、水族館の一部―――南側が爆発した。
幸い、爆弾処理班は命からがら逃げ切れた。

しかし、ワイルドタイガーの姿はなくて。

トランスポーター内ではバーナビーの叫びが辺りを響かせる。

「虎徹さんッ!!応答してください!!!…虎徹さんッッ!!」
「バーナビー!少し落ち着け!!」
「これが落ち着いていられますか!!?ワイルドタイガーは、虎徹さんは!
 爆風を自身の能力で押さえつけた!!これがなんの意味を表しているか斎藤さんならわかるでしょう!?」
「まだ生体反応がある!!私も落ち着いてなんかない!!」
「…っ」

珍しく苦虫を潰したような斎藤の顔がバーナビーを見る。
彼も、虎徹のことが心配なのだろう。
しかしバーナビーは、斎藤の言葉を聞くと、その美しいグリーンアイズからぼろぼろとビー玉ほどの涙を流す。整えられた唇は、嗚咽を吐こうとするのを必死で抑えている。

彼は―――バーナビーは、虎徹が好きだ。
同性で、10も年上。KOHでありながら生活感が恐ろしく汚い。そんな家族を愛し、娘を宝のように扱う虎徹を愛してしまったバーナビー。
両親のようにいきなり死んでしまうという行為は、バーナビーにとって恐ろしくて恐怖以外の何物でもないのだ。

自分があんなことをしたから。
そっと想うだけでよかったのに。
彼には家族がいて。
僕は会社の同僚で。
それでも、好きになった。
笑顔で接し、市民を守るヒーロー。鏑木虎徹に。

ぐしゃぐしゃの顔で、バーナビーはパソコンと向き合う。そして、何かを打ち込んだあと、トランスポーターを出て行った。

「バーナビー!!」

斎藤の声は届くことなく。
バーナビーは水族館へ走った。



もくもくと煙を立てる水族館。
そこに着いたバーナビーは、がれきを素手で持ち、付近に投げる。
それを何回も繰り返し、繰り返し、繰り返し。
それを見たブルーローズがバーナビーを止める。

「やだ…あなたタイガーのとこの!!やめて!素手じゃ怪我するわ!!」
「邪魔しないでください!!ここには…ここには虎徹さんがいるんですッ!!」
「私達が助ける!そんなんじゃ見つけるにも限度が…!!」


「――――ッ、僕は!!ただのメカニックで!裏に徹する人物だ!!それなのに…僕は……、虎徹さんになんてことしてしまったんだ…」

血まみれの手で、バーナビーは髪をかきむしる。涙腺が崩壊してしまった今のバーナビーは酷くて見ていられない。ブルーローズはPDAで仲間を呼ぶ。そして彼女はバーナビーの手を止血し、己の手で包んだ。

「私だって辛いの…!!タイガーが、生きてないかもって考えちゃって。でも彼はヒーローだから。ヒーローであるが故に、こんなのは当たり前!!いちいち涙を流してたらキリがないわ!!
 あなたはメカニック。スーツを作ってんなら大丈夫だって信じなさいよ!!」
「…ッ!それでも僕のせいだ!!」

勝手に悩み、勝手に泣いて、勝手に落ち込んで。
それでも虎徹がいたからここまでやってこれた。

バーナビーは涙を拭き、がれきをよける。
ブルーローズの声はもう届かない。
そんなとき、一人分が入れるほどのスペースができた。そこにバーナビーは身体をすべり込ませる。

「ちょ、ちょっと!!やめてよ!能力ナシだと怪我どころか死ぬわ!?」
「虎徹さんを助けるためならこれくらい!!」
「私が行くわよ!!」
「――――何も出来ない市民だと思ったら大間違いなんですよ、ヒーロー!!!」

バーナビーの必死な形相に、ブルーローズは伸ばした手を止める。
彼のグリーンアイズは、言ってもとまらないと言うほどギラつき、睨む。それはまさに獰猛のような瞳だ。
バーナビーは止まったブルーローズの姿を尻目に、奥へと入っていく。

先ほど言ったブルーローズの言葉はバーナビーの心を突き刺した。
辛辣な言葉をかけられたわけじゃない。ヒーロースーツを作っているバーナビーと斎藤にかけられた言葉で、「信じろ」と彼女に言われた。
信じていないわけじゃない。例えヒーロースーツをまとっても、彼は人間。能力だって無限にあるわけじゃないファイブミニッツ・ハンドレットパワーなのだから。


爆発した振動で、電気ケーブルが故障。真っ暗闇のなか、バーナビーは虎徹の名前を呼び続ける。
生身のバーナビーは、がれきのなかを交わしながらひたすら、声が枯れるまで呼ぶ。返事もないことに、だんだんとバーナビーに焦りが出てくる。
それでも生きていると信じて前に進んでいくと、ライムグリーンのパーツが見えてきた。

「虎徹さんッ!!」

彼に乗っかかっているがれきをよけ、虎徹を揺する。
バーナビーは勇気を振り絞り、虎徹を引っ張り出すと彼の顔の部分――フルフェイスマスクを上げる。
アイパッチで隠れている瞳は完全に閉じられていた。

「虎徹さん…起きてください!目を覚まして!!」

その蜂蜜色の瞳で僕を映して。そして、その声で僕の心配をしてください…。
バーナビーは悲願した。しかし、願いはなかなか叶わない。
ヒーロースーツの一部が欠けている。そこは、ちょうど胸から腹にかかっての部分。
多分だが、バーナビーがトランスポーターから出た瞬間に生体反応が消えたはず。それでも斎藤から連絡が来ないということはバーナビーを信じているということ。
バーナビーは揺するのをやめ、虎徹のマスクを完全に外した。

「虎徹さん…ごめんなさい、――――僕は、あなたを無くしたくないんです…。言ったでしょう?ヒーロースーツを作り、あなたを助ける、それが僕たちメカニックの役目だって。
 それは、僕の両親の願いでもあったんです。【ウロボロス】に殺されてしまったけど、メカニックにはとことん強いんですから」

ペリ…と虎徹の瞳を覆っていたアイパッチを外す。
愛おしそうにそこを撫で、汗ばんだ額にキスを贈る。
その瞬間に、バーナビーの体が光り始めた。

「僕、ネクストなんです。でも使う予定なかったんですよ?でもこの力は…きっとあなたのためにある。僕は、今からあなたを助けます。虎徹さん―――」

完全に光ったバーナビーの身体は、そのまま虎徹に覆いかぶさり、唇同士を合わせる。
ゆっくりと、何かを送るように。
啄むキスを送ったバーナビーは、その身体を横たえる。力が抜けていくようで、そのまま目を閉じる。



「―――バニーちゃん…?」

虎徹が目を開く。
がれきで暗くなった視界に、淡く光るバーナビーの身体はまるで死んでいるようだった。








***









バーナビー。
愛しい我が息子、かわいいジュニア。

両親の優しい声が聴こえる。
バーナビーは固く閉じられた瞳を開きその声を聴く。
しかし実体はなく、白く霞んだ世界でバーナビーは両親の名を呼ぶ。

「母さん、父さん―――」

伸ばしたそのうでは宙を掠め。
バーナビーは自分が何故ここにいるのか記憶を探った。

「僕は確か…能力を使ったんだ」

そう、バーナビーは自身に眠らせていた能力を虎徹に使ったのだ。
バーナビーの能力は【再生を分け与える力】。
自分の命を相手に分けるというやっかいなネクストだった。
能力を使えば使うほど、バーナビーの命は削られていく。
今まで使う余裕もないし使う機会がなかったバーナビーは、虎徹に生まれて初めて能力を使った。外傷がなかった虎徹でも爆風を受けた衝撃は計り知れない。内傷だった虎徹の身体を、バーナビーが治す。
それはバーナビーにとってはとても苦しいことだった。
再生といっても、相手が受けた傷はバーナビーにそのまま移る。

治した瞬間、激痛が身体中を走り、虎徹の目覚めを見ることなくバーナビーは意識を飛ばした。

「虎徹さん…」

今はどうしているのだろうか。
早く目覚めて、虎徹の安否を知りたかった。

《ジュニア》
「!!え…」

急に耳元で聞こえる母の声。
振り向くと、昔の格好の母が佇んでいた。
そしてまた後ろから今度は父の声が聞こえた。

《ジュニア、ここにいてはいけない》
《お前はまだ若い。さあ早く》
《おいきなさい》
「ちょ…ちょっと待って…なんで、」

両親にはさまれた状態で、バーナビーは混乱した頭を抑えた。
ぐるぐると駆け巡る思考に混じる両親の声。バーナビー自身の頭の中に直接流れ込んでくる感じで話しかけられている。
しきりに帰れ、帰れと言われ。バーナビーは両親に言葉を投げかけた。

「ここはどこなんだ!!答えてくれ、母さん父さん!」
《まだここにきてはいけない》
《まだ…ジュニアには早いもの》
「父さん!母さん!」

だんだんと虚ろになっていく両親の顔。それから、歩いてもいないのにバーナビーとの距離が遠くなっていった。

「待って…!僕を一人にしないで!!」


「バニーちゃん」

不意に、聞こえた彼の声。
小さくてか細かったが紛れもなく虎徹の声だった。
それはバーナビーの頭上で聞こえる。
いなくなった両親が、虎徹の声と重なる。

バーナビーは咄嗟に、頭上の方に手を伸ばした。











「バニーちゃん!!」
「――――…こてつ、さん…?」

真っ白い天井。真っ白いベッド。
バーナビーは涙でぐしゃぐしゃの虎徹を見た。

「バニーぢゃん…っ」
「…虎徹さん。…ここは…」

ぼやけた視界で虎徹を見てから、バーナビーは辺りを見渡す。
ここは病院の個人部屋だと、虎徹自身から聞くバーナビー。
数秒、彼を見たバーナビーは飛び跳ねるように起き、虎徹の身体をまさぐった。

「虎徹さん怪我は!?頭は大丈夫ですか!?」
「んっ、平気だって!バニーちゃんこそ倒れてるから、俺びっくりして。お前こそ平気…って言っても、さっきまでベッドで寝てたから平気なわけないか」
「…生きてる」
「―――ばに、」


「生きてて…よかったです、虎徹さん…」

バーナビーは涙を流しながら、虎徹の身体を抱きしめる。
虎徹は震えながらもしっかりと抱きついてくるバーナビーに呆気を取られていたが、肩が濡れる感触に自身の涙腺も緩んでしまい、バーナビーの身体を抱きしめ返した。

「おかえり、バニーちゃん」
「…おかえりなさい、虎徹さん」
「――ははっ」
「――…ふふっ」

お互いの顔を見て、笑い、そして拭く。


バーナビーは内傷が激しく入院を余儀なくされたが虎徹も同じだった。一週間ほど病院で過ごし、二人そろってアポロンメディアに帰ってきたときは虎徹はロイズに、バーナビーは斎藤に怒られた。もちろんヒーロー達にも。
能力について、虎徹に知られてしまい今後一切使うなと言われたバーナビーだが、虎徹が危険にさらされればまた使ってしまうだろう。

「そうだバーナビー」
「はい」
「トランスポーターから出る直後に打ったあの言葉はなんだ?」
「ああ…あれ、なにか打っていかないと僕、おかしくなってしまいそうだったんです。適当に打ったんで意味わからないと思うんですが…」
「いや、意味があったんだよ」
「はい?」

斎藤は、最初意味はわからなかったらしいが、バーナビーが飛び出して行った数分あとになにかに気づいた。
文字と文字をぐちゃぐちゃにし、また繋げる。その繰り返しを何回かしていくと二つの言葉が出てきたらしいのだ。

「紙に写したんだ。見るかい?」
「ええ」

ぺらりと見せられた一枚の紙。バーナビーは適当に打った文字が言葉になるなんて思ってもいなかった。本当にメカニックであり頭のいい人だと感心しながら、それに目を通す。

「え…」

紙にはたった二つの言葉。
【Ouroboros】と【Tomoe Amamiya】だった。

続く


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ