兎虎小説

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「――――…」

携帯のアラームがバーナビーの起床を告げる前に、彼はベッドから這い上がる。
ぼさりと髪が無造作に飛び、瞳の下は隈が出来ていた。


昨日、虎徹に淡い恋を抱いてしまったバーナビーは、逃げるように自身のうちへと帰った。自負の念に駆られ、KOHになんて仕打ちをしてしまったのだろうと、バーナビーは落ち込んだ。
バーナビーは裏方で目立たないメカニックだ。
いくらKOHにイケメンだかっこいいだと言われていてもメカニックという仕事は大好きだし、離れたくないとも思っていた。
裏方は大人しく、表の彼を引き立たせる。そんな暗黙の了解が出来ているのにも関わらず、バーナビーはワイルドタイガーの…虎徹の仕事が見たいと言った。
当然、仕事なのだから彼は断るだろうと思っていた。
しかしバーナビーの思いはあっさりと覆される。
もともと気前のいい彼だ、引きこもって機械ばかりいじるバーナビーを見兼ねて外へ連れ出してくれた。
にこにこと人懐っこい笑みでバーナビーを車に押し込め、撮影場所へ向かった。しかしそこで見た彼は、笑みをかいてもそれは大人の色を出した笑みで。

バーナビーはその時に、ああこれは恋なんだと自覚した。
別に隠していたわけじゃない。虎徹に対する気持ちはワイルドタイガーへの憧れの念で見ていたんだと、そう思っていたくらいだ。それなのに虎徹の艶やかしい瞳と今にも折れそうな身体を見たバーナビーは、ことりとなにかの音を自身の胸から聞いた。
これが恋をしたときの音なんだ、と頭のいいバーナビーはあっさりと理解した。
そこから加速をつけたように、バーナビーは虎徹への気持ちがアクセルをめいいっぱい踏んだスポーツカーのような速さで進んでいく。
時間にしてみれば対した時間でもない。一日もなかった。
それを知らない虎徹はさみしくラボに行こうとするバーナビーを止めて、あろうことか「飲みに行こう」と誘った。
恋云々よりその時仕事優先に考えていたバーナビーは虎徹の言葉に止まる。もう遅い、仕事は斉藤さんがやった、だから行こう!……バーナビーは一応斎藤に電話を入れたが、本当にやってしまったと聞き、仕方なく虎徹とともにバーへ向かった。


バーでは焼酎ロックをがばりと飲み、揚々と話す虎徹の相手をしていた。
偉そうに自身の自慢を話すまわりの輩と違って、虎徹の話は心地いい。
バーナビーは嬉しそうに話す虎徹の顔を見ながらロゼを飲んだ。








もともと、バーナビーは年上の人との付き合いは仕事上での付き合いしかなかった。
大学では論文の打ち合わせで教授や講師と言葉を交わし、先輩とは挨拶をするくらい。
サークルなどひとつも入らずに工学と論文を学んできた。
両親はすでに他界している。バーナビーの両親は大型組織に殺されたのだ。組織の名は【ウロボロス】。バーナビーが一生懸命探して掴んだ情報はちっぽけで、いくらでもあるモノだった。それでも掴んだ情報は両親を殺した犯人とその顔、【ウロボロス】の場所くらい。
バーナビーは20歳で【ウロボロス】の情報と記憶を持って警察へ向かった。
しかしそこで言われたのは「現在の警察では無理です」だった。
バーナビーはもちろん何故かと問うた。【ウロボロス】は大型犯罪組織。うかつに手出しは出来ないし調べれば犠牲者が出る、だから警察は動きたくても動けないと若きバーナビーに告げた。
悔しくて仕方がなかった。しかしヒーローでもない自分はなにもすることが出来ない。
ただ【ウロボロス】が捕まるのを待つしかなかった。両親が殺されたこの20年間、バーナビーは両親の敵が捕まるのをひたすら願った。
しかし時は残酷である。
4歳の時から復讐してやろうと願った【ウロボロス】の調査。
それは長い長い年月をかき、バーナビー自身に調べさせることになろうとは。
バーナビー自身、調べるのは苦ではなかった。両親の仇だ。家族のことは血反吐を吐いてもやりたかったことで、彼はなんの苦労も感じなかった。
ただ、生活面では酷い有様だったのは覚えている。
【ウロボロス】調査と大学、そしてバイト。休む暇さえないまま就職しアポロンメディアに入った。







だから人付き合いが著しく欠いていたバーナビーは、虎徹という10以上も年の離れた友人ができたと、写真に写る愛しい両親に伝えた。
だが今ではどうだろう?
虎徹に対する気持ちが、だんだん違うものに変化していった。
最初はKOHとして敬うべき存在。
次に同じ職場の人間として挨拶を交わし。
そして中のワイルドタイガーと飲み。
最終的に恋に落ちる。
馬鹿馬鹿しいとも思った。明らかに地位も年も離れている。自分は24で、向こうは37(と虎徹は言った)。一回りちょいも違うバーナビーと虎徹。
最初は嘘だろうと思った。しかし、時間が経つにつれ、虎徹のことが目から離せなくなってしまい、近づきたいと願うようになった。あわよくば、それ以上の関係にと。
きらりと光る甘い蜂蜜色の瞳はすべてを包み込み、離さない。小麦色の健康的な肌は虎徹をさらに美味しくさせる。
同性と恋に落ちたことは、バーナビーにはない。自分が攻めるなら排泄しか機能しないところを使ったセックスしかなく、かといって受け入れる側だってその逆だ。
試しにネットで調べたら気持ちが悪くて仕方がなかった。
それでも、バーナビーは虎徹を想うと気持ち悪いどころか、むしろやってみたいという好奇心が勝っていた。


昨日のキスは端っこでも、気持ちが熱くなった。
虎徹は酒のせいで忘れているだろう。しかし、バーナビーはかすめた虎徹のぽってりとした唇に興味を示した。
薄いだろうと勝手に思っていた自分を殴りたい。そうバーナビーは思う。
だが実際にやってしまい、バーナビーは悲しくなった。
気持ちが伝わっていないキスは例え彼女いない歴=歳の数のバーナビーでさえも不満で、しっくりこなかった。
気持ちがじん、と熱くなってもしょせんそれはドキドキ感が酷くなっただけ。


朝焼けを体に浴びせ、バーナビーは昨日のことは忘れようと頭を振る。

虎徹は覚えていない。
だから自分も話題に入れない、悟らせない。
そう、勝手に決めて。
―――バーナビーはベッドルームから出て行った。










***









『ボンジュール、ヒーロー。犯人はまっすぐオーシャンズ地区に逃走中よ。狙いはおそらくそこの目玉―――水族館の破壊。警備にも連絡してあるわ。破壊される前に犯人を捕まえるのよ』
「了解!」

ワイルドタイガーは自身のロンリーチェイサーをオーシャンズ地区までぶっ飛ばしていた。
メカニックの二人はトランスポーターに乗り、斎藤は運転、バーナビーは水族館の地図とそのまわりの確認に急いでいる。

憂鬱な気分でアポロンメディアへ出勤したバーナビーは、斎藤の呼び出しでラボへと急いだ。
犯罪者は時間と場所を選ばない。―――そう誰かが論付けていたようだが本当だった。



朝から事件だとアニエスから連絡が入り出社してその格好で白衣を羽織り、トランスポーターに乗った。
おかげで憂鬱さはどっかに吹き飛んでしまった。ありがたいと感じながら、バーナビーはこれから起こるであろう予想を自身の脳内で計算し、ワイルドタイガーに伝えた。

「水族館に、おそらく前々から仕掛けた爆弾があると思われます!!オーシャンズブリッジにいる警備員の中に、犯人の仲間がいて合図と同時に…」
『ドカンッ!――ってヤツか!ったく、きったねえことしやがる!!』
「オーシャンズ水族館は大規模なところですので絶対に爆破させてはいけません!あそこには貴重な魚がいると聞いたことがあります」
『了解!めんどくせーことになる前にちょっくら片してくっかー』

また連絡します、と回線を切ったバーナビーはさらにパソコンで調べていく。
ハッキングなど日常茶飯事だ。
水族館の館内のデータを引き抜いたバーナビーは、ワイルドタイガーから流れる映像をしかと見届けた。


一方、ワイルドタイガーとして人命救助に向かう虎徹は回線を切り、改めて地図に乗った爆弾の場所を確認していた。
大規模、と言われた時虎徹の頭の中では10個では済まないと予想していた。見積もって15…完璧に爆破したければ30はくだらない。
爆弾処理班には前もってアニエスが連絡を入れている。爆破する前に到着し、解除せねば水族館共々飲み込まれて。

死 が待つ。

虎徹はロンリーチェイサーのアクセルをぐっと握り、オーシャンズブリッジを滑走していく。
そして着いた頃には人が逃げたあとで。
バーナビーが言っていた警備員と思われる犯人はじきに捕まるだろう。
虎徹は、ほかのヒーローが到着する前に、単身で乗り込んだ。









どれくらいの時間がたっただろうか。
虎徹から連絡が一向に入らない。バーナビーは自身から連絡を繋げる。

「タイガーさん、聞こえますか?」
『――――…』
「タイガーさん…?」

回線は繋がっている。しかし、虎徹から反応が見えない。
水族館は以前爆発しないまま保っている。
バーナビーは犯人に捕まったのか、と、急いで調べた。

「どうしたバーナビー!」
「ワイルドタイガーからの声が聞こえません!犯人に捕まったか、あるいは…。っ!」

最悪の予想だ。
普通なら、『大丈夫だよ、バニーちゃん』とすぐに声がかかるのに、それが来ない。
ジジ…ジ、…と回線がノイズを出し続けている。
斎藤特製のヒーロースーツは、すべてがハイテクでノイズなど出したことがない。
それが今にも焼き切れそうな音を出している。

「彼なら大丈夫だ。今までこんなことたくさんあったろう?」
「…ですが、」
「それに、ほら見てみなよ。ワイルドタイガーの生存確認は出来てる。まだ奴は死んじゃいない」

斎藤が虎徹の生存信号を指で叩く。
緑に点滅していることは、まだ生きている証拠。
ほ、と息を吐くバーナビーだったが、まだ不安は拭い取れないでいた。

自分の予想はよく当たる。それも素晴らしいほどに、ばっちりと。
頭がいい故に、最悪の予想まで立ててしまう。斎藤は違った意味でバーナビーより頭がいい。
それが今回も当ててしまうとは誰も予想出来なかった。

もし虎徹は爆破に巻き込まれてしまったら―――。
もし虎徹が犯人に見つかってしまい、回線が取れない状況に陥っていたら―――。

朝からネガティブなことばかり考えてしまう。
だめだ、だめだと思っていてもそれがバーナビーの奥底の感情なのか、やめられない。

『―――バニーちゃん、』
「、タイガーさん!!ああよかっ、、」



『悪い…、1個だけ、解除間に合わなかった―――』
「、、え、?」

バーナビーの思考が止まる。
おかしい。爆破時間までまだ猶予はあるはずなのに。
もしかして、虎徹はなにかの線を切ってしまったという失態を犯してしまったのか!
そこまで考えるのに1秒もなかった。

「―――虎徹さん!逃げて!!!」
『あはは、ちょっと無理かな?ほら爆風抑えなきゃならないし、』
「そんなのはいいんです!!あなたの命の方が大事だ!!」
『…じゃ、行ってきます』



「――ッ…虎徹さんッ!!」

スローモーションのように、回線が切られ。

繋げる間もなく、水族館の一部が爆破した。



続く


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