兎虎小説

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「タイガーさん、次は流し目でお願いします!」
「はいよ、」

パシャ、パシャ、とカメラのシャッター音が辺りを響かす。
バーナビーの目の前で、ワイルドタイガーこと鏑木・T・虎徹の撮影が行われていた。
彼はKOHで人気者。故に撮影や取材などたくさんの仕事があり、ほかの俳優に引けを取らないほど超多忙だ。


バーナビーはヒーローとしての彼しか知らなく、つい冗談半分で「仕事を見たい」と本人に申し出た。
その時はKOHなんだから忙しいのは当たり前。だから自分の話など叶えてはくれまいと酒がはいった思考と脳に自嘲めいた笑みを浮かべた。そして、虎徹と飲み自分が言ったことを忘れようと一生懸命仕事に取り組んでいたら、メカニックルームに現れた虎徹に「行くぞ」と言われ、バーナビーはあっけに取られた。
まるで嵐のように現れ撮影同行の許可を得た虎徹にさっさと用意しろと言わんばかりに責め立てられ、着替えたら着替えたで車に乗せられ今の状態。

バーナビーは虎徹に勧められた椅子に腰掛けて、虎徹の姿をじっと見る。
カメラマンに促され、流し目に視線をよこす虎徹は魅力的で艷やかで、美しい。
褐色の肌でさえ誘惑しているように見えて、バーナビーは自身の頬が熱くなるのを感じた。

「はーい、じゃあ一回休憩しまーす」
「タイガーさん、これどうぞ」
「ん、ありがと」

スタイリストの女性が虎徹にタオルを渡す。
アイパッチ姿でも、髪をなでつけた虎徹は大人の色気があたりに漂い、スタイリストはそれに当てられたのか真っ赤に頬を染める。
「キャア、!」とスタッフの黄色い声が上がった。

「お疲れ様です」
「お、バニーちゃん!座ってばっかで辛かったろー?一緒に食べない?」

虎徹は座ってばかりいたバーナビーに気を使ってか、用意されていたドーナツやクッキーを彼に差し出す。
バーナビーは虎徹にだけと思い手を出さなかったが、虎徹の優しさを無下にできずその整った指をクッキーに付け、口に運ぶ。
咀嚼するバーナビーを見て、虎徹は琥珀色の瞳を細めた。

「どうだ?おいしいか?」
「…はい、とても」
「じゃあ俺も食べよっと」

にこりと笑みを浮かべて食べる虎徹を、バーナビーは見る。
ぱんぱんに詰め込んだその頬にくすりとひとつ、バーナビーは笑い、また口にクッキーを運ぶ。会話がなくとも虎徹とバーナビーの空気は柔らかくて心地よい。
不意に、バーナビーは虎徹の口元を見た。彼の口端にクッキーのかすがついている。
バーナビーはハンカチで取ろうと自身のポケットに手を突っ込むが、そこには何もない。
「しまった。白衣の中だ」と今になって気づいた。
彼はまだ気づかない。試しに「クッキーのかすついてますよ」と言ってみたが、彼は的外れなところばかり拭ってしまう。
しびれを切らしたバーナビーは自身の指ですくい取り、ぺろりと舐めた。

「は、」
「?―――…あ、いや…」
「バニーちゃん…、は、はれんちだね」

はれんち?
バーナビーは首を傾げる。
照れながらそう言う虎徹の視線はあっちこっち行ってて不審だ。バーナビーは聞いたことがない単語を彼に聞くと、虎徹はぽかんとした顔で「知らないの?」と聞いてきた。

「言わない?」
「全然。…あ、もしかして流行語でした?僕世間に疎くて機械ばかりいじっていたものですから…」
「いや流行語じゃないから。…はれんちってーのはえっちとか、そういう言葉で…」
「…」
「…」
「…あっ、すみません!!聞き違いかなって思っていました!こ、虎徹さんからそんな言葉が出るから…」
「いいいいやいいのいいの!!お、俺だって言っててばかだろって思ってたし…。おじさんのジョークだから、なっ?」
「あ、そ、そうですよね!」

乾いた笑いを二人は浮かべる。
いたたまれない空気になってしまい、どうしようかと詰まる。
その時、スタッフが虎徹を呼んだ。どうやら、いつの間にか休憩時間が終わっていたようだった。

走って撮影を再開する中で、バーナビーは息を吐いた。
どきどきする心臓がはちきれそうで痛い。
虎徹はどう見ても男でおじさんだ。それでもさきほどの行動はバーナビーの心をかき乱すものばかりだった。
撮影は色気を醸し出す男なのに休憩となると子供のようにクッキーを頬張りかすをつける。それでいて自然に煽る単語を言う。おまけに自分が言った言葉を恥ずかしそうに言う。
バーナビーは少しでもかわいいと思ってしまったこの思考を捨ててしまいたかった。
おじさんで同性の彼になんてことを思ってしまったのだろう。KOHは常にヒーローでかっこいい、という思いがなくなってしまう。
虎徹を少しでも情景の瞳で見てしまえば、彼との関係が一気に崩れ落ち、元には戻れなくなる。

再びカメラのシャッター音が響く中、バーナビーは食べかけのドーナツを口に押し込めた。











それから虎徹に付いてたバーナビーは精一杯だった。
取材は遠くから見つめ学び、CMは音を立てないように息を殺し、車に乗った時は憔悴しきっていた。
ただ見て携帯食を食べていたバーナビーの横では虎徹がにこにことバーナビーの頬をつっつく。
「ほらほら、アポロンメディアに帰るまでが仕事ですよ〜?」なんて子どもに語りかけるような声色で。

「…疲れないんですか、虎徹さん」
「伊達に10年KOHやってないからな。こんなの当たり前さ」
「…僕は疲れました」
「これだからインドアは。もっと外でろ青年!!アッハッハ!!」

おじさん臭い笑いで、虎徹はアポロンメディアへ車を走らせる。
ぐったりとした顔で虎徹を見たバーナビーは、うるさい、と思いつつ虎徹の話を聞いているうちに意識がぷつりと消えた。




バーナビーが意識を取り戻したのは、虎徹が車を駐車場に止めた反動だった。
とろりとしたなか、虎徹の低くて柔らかい声が彼を揺り起こす。
つんざくような声で起こしてくるかと思いきや、虎徹はゆっくりとバーナビーを揺さぶる。

「着いたぞ、起きろー」
「…いま、何時ですか」
「えーと…、22時だな」
「22……。っ、え!?日付が変わる二時間前じゃないですか!!」

バーナビーは慌てて車から出る。
虎徹は急に忙しく動くバーナビーを見ながら「なんかあんの?」と聞いてみた。

「今日までにしあげようと思っていた機能が残っていたんです!あと二時間…いけなくもない…。虎徹さん、では僕は急いで戻ります!今日はありがとう、」
「待てよバニーちゃん」

がしっと、虎徹は行こうとするバーナビーの手を取る。
バーナビーは焦りからか、虎徹の手を振りほどこうともがくがなかなか取れない。
ワイルドタイガーのためにと頑張っているのに、と思いながら何か発しそうな虎徹の顔を見た。

「バニーちゃん、今日はこのまま帰っていいんだ、俺」
「だからなんですか?」
「飲みに行かない?」
「は?」

不意に誘われたバーナビー。にこりと笑う虎徹にバーナビーは一瞬止まるが、彼の絡みついた腕をそっと払い、ずれてもいない眼鏡のブリッジを押し上げる。

「僕さっきいいましたよね?仕事があるって…」
「だからだよ。幸せそうに寝てたバニーちゃんを、おじさんがこのまま仕事に向かわせる?せっかく着いてきてくれたんだ、おごるぜ?」
「…」
「な?」
「…KOHは忙しいのでは?虎徹さん」
「ん?忙しいよ。でも今日はおしまい。おじさんと付き合ってよ」

あいかわらずの笑顔でバーナビーを言いくるめる虎徹に、バーナビー自身はぱらぱらと糸がほつれていく感覚に陥る。目の前にいる虎徹がバーナビーが見惚れていたあの虎徹だと思うと、ため息を吐くしかない。
バーナビーは自分の携帯を取り出し、まだラボにいるであろう斎藤のところにコールを繋いだ。

「―――斉藤さん。はい、はい。僕です。もう定時ですよね?…ええ、虎徹さんに誘われて……は、?ちょ、それ僕がやる予定だったのに!…あなたも仕事はほどほどにしてくださいよ?――…わかりました。明日僕がやります。では」
「斉藤さんなんだって?」
「僕の仕事やってしまったようです。…本当彼は何者なんですか」
「斉藤さんは斉藤さんだろ?
 とにかく、バニーちゃんもお仕事終わりってことで!行こうぜ!!」
「わ、引っ張らないでください!」

虎徹は本革だからあまり引っ張るなとぎゃんぎゃん言うバーナビーの腕を取る。
二人の影は街中へと消えていった。











***










「たっだいま〜!!」
「…なんで僕が、こんなことを、!」

やっぱりと言うべきか。
虎徹はべろべろに酔っ払い、バーナビーに引きずられていた。
ブロンズステージにある虎徹のうちに、バーナビーは一生懸命連れて行く。


虎徹の車でゴールドステージのおしゃれなバーで二人は飲んでいた。
最初は軽めに飲み談笑していたが、時間が経つにつれ、頼むお酒も量も増えていった。

もともとバーナビーは悪酔いするまで飲まない主義であるため、自分でセーブをする。
しかし虎徹は飲みたいときに飲む、セーブなしの悪酔いする派だ。
それがあだとなってか、立つことすら危うい虎徹を自身が運転し虎徹の自宅まで送ることになってしまった。

鍵のありかを虎徹に聞く。にやにやしながら「ココ〜!」なんて自身の股間を指す。
バーナビーはまさにおじさん発言をして虎徹に少しイラっときたが、なんとか耐えて虎徹のポケットをまさぐると、虎のキーホルダーが付いた鍵が姿を現した。

「虎徹さん、ベッドはどこですか?」
「ベッドぉ〜?うにゃ〜……上!!うーえー」
「はいはい」

千鳥足の虎徹をしかと支え、階段をのぼる。
ロフトになっていたそこは、ベッドとクローゼットのみの簡易な場所だった。
虎徹を仰向けに寝っ転がし、ネクタイと靴を解かす。

「ばにちゃんのえっち〜」
「はいはい」
「このまま俺をどーすんだー?」
「はいはい寝かせます」
「寝る?寝るぅ〜。寝るってえっち?」
「はいはいどうでもいいですから。おやすみなさい虎徹さん」
「おやすみ〜」

まくらを抱きしめながら、虎徹は沈んだように眠る。
バーナビーはどうでもいい、早く寝ろと言ってしまったが本当はどうでもよくなんてなかった。
赤くとろりとした瞳を彼が自分に向ける。なんでもないことのようで実はその艷めいた虎徹の眼はバーナビーを無意識に煽っていた。
薄く色づいた頬も、KOHとは思えないその仕草も、すべて色気を醸し出していて、バーナビーは必死に目覚めないように保ち続けた。

おじさんだから。KOHの彼をそんな瞳で見つめてはいけない。
バーナビーはロフトの窓から輝く街の灯りを見つめる。
しかし、不意に並べられた写真に目をやる。

「これは…」

自分の知らない女性と虎徹の写真。
ほかにも子供と写っている写真も視界にはいる。
どうやらこの二人は奥さんと娘さんのようだ。

「結婚、してたんだ…」

バーナビーは今まで知らなかった、虎徹に嵌められている銀色のリングの意味を知る。
あれは結婚指輪。自分の両親が肌身離さずつけていたソレとまったく同じ。

バーナビーは自分の口から乾いた笑いを出す。
情景にまで想っていた虎徹は、KOHで奥さんと娘がすでにいる。

そうだ、僕はおかしかったんだ。
ワイルドタイガーとしての彼が大好きで、中身の彼はしっかり愛する家族がいる。彼はおかしくない。僕がおかしいんだ。


彼に会ってすでに半年が経とうとしている。
それは自分がアポロンメディアに就職して半年。メカニックばかりいじっていて虎徹と会おうとはしなかった自分が懐かしい、とバーナビーは感じる。
でもその間に彼への周りとは違う意識を高めてきた。それは友だちでもなく、家族でもない。

もっと深い、親愛よりも濃いもの。

写真立ての奥さんに指を乗せる。
バーナビーは亡くなった自身の母親を思い出して切なくなった。

「虎徹さん…」






「おやすみなさい…」

止められない。
バーナビーの形のいい唇が、虎徹の口の端をかすめる。
写真にうつった虎徹の奥さんに見えないよう、バーナビー自身の腕に抱えて。

自嘲めいた笑みを浮かべ、写真立てを元の場所へ置いたバーナビーは、逃げるように虎徹のうちから立ち去っていった。




続く


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