兎虎小説

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「では、虎徹さんの人気に博して、」
「かんぱーい!!」
「ちょ、早いですってば!」

バーナビーの持っていたグラスに自分のを打ち付け、豪快に飲み干した虎徹。
中にはアルコール度数が高いウイスキーをサイダーで割ったハイボールだったはずなのに、虎徹はバーナビーが口を付ける前に中身を空にした。
バーナビーは呆れながらも、自身のカクテルを味わいながらごくりと嚥下する。

今日のワイルドタイガーはやっぱり、といっていいほどの働きをした。
【壊し屋】なんて嬉しくもないあだ名を付けられていても、虎徹は犯人を怪我させないようにのして、割れていたガラス窓からほうり投げた。
しかも、ただほうり投げたわけではない。斎藤とバーナビーがあらかじめ用意していた手製のマットレスを警察に渡し、ワイルドタイガーが投げたのを見計らって犯人をキャッチした。
見事な連携プレイと犯人逮捕。
ワイルドタイガーはますます輝きを取っていた。

「んでよォ、捕まえたら捕まえたでブルーローズに蹴り入れられちまったんだぜ?『この泥棒猫!!』…ってな。だからタイガーだっつーの」
「なんですかそのドラマみたいなセリフ…」
「でもバニーちゃんと斎藤さんがいなかったら俺また壊し屋の異名をなしちまってた。サンキュな、バニーちゃん」
「いいえ。虎徹さんはよくやりました。僕たちはワイルドタイガーをサポートしただけですよ」

ふわりと柔らかい笑みを虎徹に見せながら、バーナビーはカクテルを飲み込む。
酒の肴にヒーロー語録。
とても心地がよく、気持ちが高らかになった二人は代わりの酒を頼み、再びグラス同士を合わせた。

「そういえば、今日は仕事ないんですか?」
「ん?ああ。ロイズさんに言われた。今日は休んでいいって。ま、明日には取材とかわんさか入ってっけどな…」
「…虎徹さん」
「ん?」


「―――僕、虎徹さんの撮影がみたいです」

カラン、と虎徹のグラスに入った氷が音を鳴らす。
バーナビーは自身の碧に染まった瞳を虎徹に向ける。虎徹は驚いた。










――バーナビーは、結構名の通ったメカニックだと、虎徹は風の噂で聞いていた。
容姿端麗、金髪碧眼。フランスドールのように整った天才美青年がアポロンメディアに、しかもヒーロー・メカニックに就職した…と虎徹はもてはやされたその紙を見て「とんだ期待の新人が現れた」と感じたそうだ。
しかし紙切れではその天才美青年の腕前とか把握しきれない。
バーナビーが入る前から、虎徹はKOHをし続けている。俺に見合った開発をしてくれるのか、と不安と期待が同時に押し寄せてきた。
仕事が終わっていた、このタイミングで虎徹はロイズにメカニックルームに行くと伝え、単身そこへ向かった。


やはり。バーナビーは美しかった。
無造作にゴムでくくられたその髪はきらりと光り、メガネの奥の瞳は綺麗な碧だった。
ただしかし、眉間に寄ったしわがあるのにびっくりした。

『どなたですか?ここはメカニックルームです。ヒーロー事業部はあっち。一般の方はすみやかにここから立ち去ってください』

虎徹はその綺麗な顔と口から発せられる言葉に驚いた。
魅惑の王子様が、汗水たらしてヒーロースーツを開発するこのメカニックに似つかわしくない存在だというのに、それをひっくり返すかのように拒絶の言葉が虎徹に浴びせられる。
ぽかりと口を開けたままの虎徹にさらにイラついたのか、彼は汗を拭きながら虎徹の身体を入口に押しやった。軍手についていたオイルが頬に付いたのもおかまいなしに。

『いつまでいるんですか?僕は忙しいんだ。就職してすぐ触れられたワイルドタイガースーツの余韻に浸っていたのに…』
『君、君!!ちょ、俺だって。俺がワイルドタイガー!!』
『…はぁ?冗談はよしてください。今時いるんですよね、ヒーローを名乗りたがる人が』
『ほんとだってばー!!』
『…何をしている?』
『斎藤さん!』

まさに天の助け。メカニック責任者の斎藤が中に入ってきた。二人の奇怪な姿を見て首をかしげる。
虎徹はバーナビーに向かってヒーローだと伝えたのにも関わらず違うと罵られたと斎藤に泣きつく。

『バーナビー、彼は本当のワイルドタイガーだよ』
『…えっ!?』

あれだけ眉間にしわを寄せ、虎徹を追い出さんばかりに押していたバーナビーの腕が虎徹の背から離れる。
斎藤の一言でうろたえたバーナビーは、虎徹にいろんな質問を投げかける。
ワイルドタイガーに関しての質問ばかりだったし虎徹は本人だから、迷いなく答えると、バーナビーはまるで人が変わったように虎徹に謝り倒した。

『ぼ、僕はKOHになんてことをしたんだ…!ほんとに、すみません…っ!!』
『いいっていいって。こんなおじさんがKOHって方が信じらんねえんだからさ。まあ、中身をちゃんと見せなかった俺が悪かったってことで』
『あ…』
『そうそう、俺君の名前が聞きたくてさ。俺はワイルドタイガー、鏑木虎徹ってんだ』
『ば…バーナビー・ブルックスJr.です!ワイルドタイガーのファンで、その…大学でて初めての就職がここなので、よろしくお願いします……』
『よろしくな。えーと…バーニャ、ばーないび……バニーちゃんね!』
『は、』
『ごめん、俺長い名前と発音得意じゃねんだ。バニーちゃんじゃだめか?』
『い、いいえ!!ワイルドタイガーさんに呼んでもらえるだけで嬉しいです!…あ、か、カヴラギさん』
『はは、お前も呼べてねえな!虎徹って呼べ』
『コテツ…』
『うんうん、カタコトだけどいいや。んじゃあ改めてよろしくな』

お互い発音が厳しい状態だったが、握手をかわし、バーナビーは陽気な気持ちで仕事に取り掛かり始めた。

それからのヒーロー活動、少しのプライベートではバディになりつつあった。
仕事ではデスクワークとトレーニング以外のサポートをバーナビーはこなし、ワイルドタイガーを文字通り支えていき、また虎徹も開発と改良を重ねてろくに食事も取らないバーナビーに手製の料理を持ってきたりと充実した毎日を送っていた。
しかし、二人は仕事終わりの付き合いをしていなかった。
虎徹は取材や撮影という多忙な毎日を送りながら同僚のロックバイソンやファイヤーエンブレムとヒーローズバーへ飲みに行く。
対してバーナビーは寝る間も惜しんで斎藤と、ワイルドタイガーのヒーロースーツを使いやすく、そして素早く動けるように微調整を何度も繰り返し行なっていった。
バディと云えど、奥まったところまでいっていない二人はまさに【仕事仲間】という名のもとで付き合いを重ねていた。



それが今はどうだ?
虎徹はバーナビーを誘い、酒を飲み言葉を交わす。
そして、バーナビーからのお願い。彼は虎徹の取材・撮影を見たいと申し出たのだ。
いつもは「仕事で」とか「満足するまでヒーロースーツから離れられません!!」とか言って泣く泣く虎徹のお誘いを断っていたのに。
虎徹は彼からの願いにとても嬉しくなった。

「そうかそうか!!バニーちゃんもそういうの気になるか!そうだよな、こおんなかっこいいバニーちゃんがずっとメカニックに籠ってちゃあいけないな!ん、明日ロイズさんに聞いてみる」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと〜。じゃ、バニーちゃんのお願いが聞けた記念に、かんぱーーいっ!」
「悪酔いはしないでくださいよ!?」

すでに三杯目のハイボールを飲み干した虎徹は饒舌になる。ソーダ割りは普通、原液とソーダ3:7の割合で作るのが一般的だが、虎徹は自身が考えたハイボールを飲んでいた。
原液とソーダ8:2の割合ライム付き。割ってるようで割ってない感じのハイボールは虎徹をいい感じに酔わせる。それでも記憶は飛んでいないようで、バーナビーに絡みつきながらも自身が活躍した場面と娘の反応を彼に話した。
バーナビーは娘の存在が気になったが、泣きながら話す虎徹にそんな質問は投げかけられなかった。
それもそのはず。

「ほんっと楓はママにそっくりで俺に容赦なくてなあああ〜??この間なんて「お父さんはいっつも約束破ってるから嫌い」…なんて言うんだぜ!?かわいいかわいい楓〜〜!!パパそんなに嫌いかあ…っ!?」
「…絡み上戸はよしてくださいよ…」

鼻を啜りながらしきりに嫌いになるなと、いもしない娘の姿を探している虎徹は、とても滑稽に見えた。
バーナビーはこれ以上ここにいてもしょうがないと判断し、水を虎徹にぶっかけて勘定を出した。










***










次の日、いつの通りに出勤した虎徹は、ロイズに呼ばれて仕事の確認をする。
今日はマンスリーヒーローの取材、CM四本、男性向け雑誌の表紙&特集の計六つ。虎徹は慣れたのか、YESの一言をロイズに伝えた。
そのまま部屋を後にしようと踵を返したが、昨日バーナビーに同行をともにしたいという話を思い出して、再びロイズに身体を向けた。

「バーナビー?…ああ、メカニックの彼ね」
「俺んとこについていかせちゃだめっすかね?ほら、斎藤さん一人なら大丈夫そうだし!」
「…まあ君が言うならいいでしょう。粗相のないように見てくれればいい」
「ありがとーございまっすロイズさん!」

KOHだから聞くんだからね!!というロイズの言葉は虎徹の耳に届くことなく、彼は走ってメカニックルームに向かった。

そこに着くと、アイスを口に運びながらモニターとにらめっこしている斎藤とバーナビーがいた。
虎徹はまっすぐバーナビーのもとに寄ると、隈だらけのところを指で軽くなぞった。

「、っわ!!」
「よっ、バニーちゃん、斉藤さん。元気してる??」
「タイガーか。脅かすな。今計算の最中だったんだぞ」
「そうですよ…ああどこまでやったか」
「んなことより、さっさと支度しろバニー」
「はい?」

「仕事、付き合ってくれんだろ?」

バーナビーは驚いた。
無理もない。彼は冗談半分でワイルドタイガーの仕事に付き合いたいと申し出たのだから。それを虎徹が叶えたことに驚き、そして喜んだ。
バーナビーはワイルドタイガーを何よりも愛し、一ファンとしてここに就職しても彼を支え続けた。最初はなんであれ、バーナビーの顔に高揚がさしたのを確認した虎徹はその汚れたバーナビーの顔をゴシゴシと自身の甲で拭う。

「ま、待っててください!今したくしてきますっ」

バーナビーは白衣をいそいそと脱ぎ、別の部屋に引っ込む。子どもを待つかのように虎徹は今まで座っていたバーナビーの場所に座ると、斎藤さんと談笑し始めた。
ああだのこうだのとおじさんよろしくくっちゃべっていると、バーナビーがラフな格好で現れた。
赤の革ジャンにカーキ色のパンツ、そして赤のシューレースブーツ。髪はやはり無造作にくくられていた。

「お、やっぱりバニーちゃんはイケメンだな!そのままテレビに出てみない?」
「お断りします。だってそんなことしたらここにいられないでしょう?ワイルドタイガースーツにだって触れられない。苦痛です」
「あ、そう?」
「はい。だから髪はこのままで。めんどくさいし」
「じゃあ行こうか?」

虎徹は先にメカニックルームから出て、バーナビーは斎藤に戻る時間を伝え、虎徹のあとを追う。
バーナビーは彼の横に付きながらきょろきょろと辺りや彼を見る。マネージャーはつけないのかと虎徹に問うた。
そしたら、意外と虎徹は一人で仕事をこなしてきたという。

「遅刻がイメージのおじさんがね…」
「なにそのイメージ。やめてくんない?ワイルドタイガーの名に傷がついちゃう」
「あ、すみません!!」
「俺だって仕事とヒーローとプライベートをしっかり分別してるよお。おじさん舐めんなよバニーちゃん?」

バーナビーの鼻に虎徹の指がかかる。形のいい彼の鼻は少し歪みを増した。

それから二人はロイズの用意した車に乗り、最初の一本目である男性向けの雑誌の取材の場所へ走らせた。
その雑誌は、男性向けと表示されているが、実際は女性も購入している。理由はモデルのファンだったりそのファッションを買ったりと購入率は高い。が、実のところ、ワイルドタイガー特集が多いため買うという人が多いのだ。
ワイルドタイガーは主に年齢層が高めで男性ファンが多い。しかし年を重ねるにつれ、ヒーロースーツも変わっていったワイルドタイガーに女性ファンもついてきた。
スカイハイ同様、子どもにも人気になって欲しいと日々ロイズが彼に申し出ているがスカイハイにまで人気が及ばず、ワイルドタイガーの上司は困っていた。


バーナビーとともに指定された場所に着くと、スタッフが虎徹のところまで来て挨拶を交わす。虎徹はバーナビーのことを紹介して、彼を椅子に座らせた。

「いいかバニーちゃん、ここで見ててろよ?」
「はい。あ、写真もいいですか?アニエスさんから頼まれてしまって…」
「はぁ?アニエスのやついつの間に頼みやがって…!」
「まあまあ。KOHだからいいところ撮って欲しいんでしょう?協力しましょうよ」
「…わあったよー」

虎徹はバーナビーから離れ、着替えに走る。
その間にバーナビーはアニエスから授かったカメラをONにして虎徹を待つ。
どきどきとした緊張と不安が彼を襲う。

だがそれは一瞬で終わる。
カーテンで遮られていた場所から虎徹が現れる。
その姿はさっきと違い、シャツとベスト姿ではなかった。
カジュアルに着こなされたその上着は彼なりに着崩され、開いたシャツの間から鎖骨が見え隠れしている。パンツは虎徹の細くて長い脚をさらに強調していた。
撫で付けられた髪は彼のシャープな顔にとてもよく似合っていてバーナビーは瞳を逸らすことが出来なかった。

「――――…きれい」

無意識に出された言葉がよく似合う虎徹は、ぽかりと口を開いたままのバーナビーを見て緩く微笑む。
男らしくてどきりとした。

「タイガーさん、行きますよー」

カメラマンの声に虎徹はバーナビーから視線を外す。

撮影が本格的にスタートした。




続く!


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