兎虎小説

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「バーナビーさん、お疲れ様でした!」

バーナビーのメイクを担当した女性と服をチョイスした男性の景気のいい声で撮影が終わる。
バーナビーは借りた服をスタッフに返す。今日は虎徹は着いてきていなかった。

虎徹がバーナビーと一緒にいない理由は、風邪を引いたからだ。
ちょうど1週間前、バーナビーは虎徹に「1週間待てば虎徹さんを欲しがってもいいですか?」と自分と虎徹を戒めるために時間を設けた。
バーナビーにとっては1週間はきついと思っていても仕事が重なれば禁欲だってしていける。
だが24年間童貞だった彼に舞ってきた虎徹という存在は、バーナビーを奮い立たせ、禁欲のレッテルを覆すかのような人物だった。性として見ているし、もちろん仕事の仲間、それ以上とも見ている。バーナビーはそんな自身の葛藤と闘っていた。

しかし虎徹は、バーナビーへの想いが強すぎたのか、普段あまり使わない知恵を絞りすぎて風邪をひいてしまったらしい。いわゆる知恵熱というものだった。
約束したあの昼下がりから2日後に虎徹からメールで、「ごめんばにちゃんかぜひいたやすむ」という変換もなければ句読点もない文章がバーナビーに送られてきた。その情けないメールをみたバーナビーは、ハンドレットパワーで虎徹のうちへ行こうとしたが運悪くPDAが鳴り響き、救助が終わり虎徹のところへ薬やりんごといったお決まりのアイテムをひっつかみさあいざ虎徹さんのうちへ!とトランスポーターのドアに近寄ればロイズに呼ばれてスケジュールが押してると叱られ、結局バーナビー自身がうちへ帰れたのは夜中の1時だった。
撮影と、人命救助でくたくたになりながらもゴールドステージの我が家へ転がり込むように入ったバーナビーは、自身の携帯を開き、メールを読みながらため息をついた。

「虎徹さん…大丈夫かな」

知恵熱とは知らないバーナビーは、虎徹の安否を確認したかったようだ。恐ろしく健康体だと思った虎徹の体は安全なのだろうか、苦しそうにしていないのだろうか、うちは、誰か看病する人はいるのか、など不安要素がバーナビーを駆り立てる。
今は深夜1時。メールをしても電話をしても虎徹が出ることはない。虎徹と撮った写真を待ち受けにした携帯をぼやっとバーナビーが見ていると、つんざくように着信が鳴った。油断していたバーナビーは盛大に肩を揺らすと、慌てて通話ボタンをおして応対する。誰からなんて確認する暇もなかったが、バーナビーはそんなの気にすることなどなかった。

「も、もしもし!」
『…』
「…もしもし?えっと、」
『…ばにちゃ、』




「――――虎徹、さん?」

しぼりとったかのように紡がれたか細い声。普段のあどけない声ではない虎徹の苦しそうな声がバーナビーを起こした。

『ごめ、ばにちゃん、こんなじかんに、でんわ、して』
「ちょ…あなた苦しそうじゃないですか!薬は、熱は、食事はしたんですか?」
『はは…、ばにちゃん、ねつは、したんですか?…って』
「僕は真面目に聞いてるんです!」
『ごはん、たべたくなくて、そんで、さみしくな、…』
「…、虎徹さん?ちょっと、やっぱり寝たほうがいいんじゃ」
『…ょ』
「はい?」
『あいたいよぉ…、んん、んぅ、おれ、いまひとり、で、さみしくて、ふ、…なんもできなくて、ごほ、』

がらりと潰れた声が響く。か細かった声はなくなって、虎徹は風邪を凌駕するほどひしゃげた声でさみしい、と呟いた。所々咳き込む部分まで聞こえている。
バーナビーは携帯の通話ボタンをそのままに、買ってさみしそうに置かれていた薬とりんごを掴んでうちを出た。

夜中など気にするものか。大切で、なくしたくない人が1人で、泣いている。バーナビーは1人のつらさを人一倍知っている。暗くてさみしく、温かみもないあの1人の時間が。
虎徹も1人身の自分が辛くなりバーナビーに電話をかけた。ハァハァと息を切らし、確実に自分のところへ来るんだろうな、とわずかながらの希望に嬉しさをかんじた。


バーナビーがうちから出て10分。虎徹のうちへたどり着いたのはよかったが、肝心の鍵を持っていないことに気づく。バーナビーは虎徹に開けるよう言えば、虎徹は力を振り絞って鍵を開けた。
熱くてだるいとくずおれた虎徹の体を支え、バーナビーは自身の両腕に虎徹の体を抱えてベッドに運んだ。

「無理をさせてすみません」
「いいの、おれ、かぎわたして、なかったから…っげほ、げほ!」
「大丈夫ですか?薬、買ってきました。飲んでください…」
「たま…?」
「いえ、カプセルですが」
「のど、とおるかな」
「…」

虎徹に渡したカプセル錠の薬。小さなその薬はかろうじて虎徹の指にはさまれている。ふるふると指は震え、おぼつかない手を、バーナビーはそっと握った。
そしてそのままバーナビーは自身の口の中へと放り込む。

「えっ」
「しかたないな、虎徹さんは」
「んんぅっ」

溶かさないように注意を払い、水も含むとバーナビーは虎徹と唇を合わせた。簡単に割り開かれた虎徹の腔内をバーナビーの舌がうねる。それを活かして、バーナビーは含んでいた薬と水を虎徹の喉奥に追いやった。
口移しだと気づいた虎徹は、喉に引っかかる薬をなんとか飲み込み、嚥下を繰り返す。そして味わうかのようにバーナビーの厚い舌と自身のを絡めた。ぴちゃ、ぴちゃりと水音が虎徹の耳を支配する。

「んんっ、ふぅぅん…っ、ばにひゃ、!あむ、」
「は…、虎徹、さん、んっ」

2人は夢中でお互いの唇を貪り合う。
バーナビーは執拗に虎徹の腔内にある舌をからませ、裏や上、奥まった部分まで下を這わす。ビクビクとバーナビーにいいようにされている虎徹は体を震わせ、弱くバーナビーの胸を叩いた。
病人になんてことを…、と思っていたバーナビー。2人の舌から伝う糸を見て「滑稽だ」と笑った。

「大丈夫ですか、虎徹さん」
「ん、へいき。……、ねえ、ばにちゃん…」
「はい。あ、りんご、剥きましょうか?」
「んん、ちがう…。―――…その、えっち、したいな、って」
「―――――」

バーナビーがりんごを剥く手を止める。そして、寝ている虎徹の方を向くと、彼はバーナビーの赤いライダースジャケットの裾を頼りなく引っ張っていた。
赤く火照った虎徹の顔は、自分の言ったせりふでさらに赤くなり、伏し目がちにぽつりと呟いた。バーナビーはかろうじて聞こえたその単語に耳を疑った。

「えっち」とは、簡単に直せば「セックス」だ。虎徹にとっては気持ちよくなれるし快楽だってすぐに得られるだろう。だがしかし、バーナビーから言わせれば病人を自分が盛ったからって抱いていいわけがない。苦しそうに悲願した虎徹の今の状態を考えればなおさら。
バーナビーは果物ナイフをそっとサイドテーブルに置き、虎徹を見る。
そして、悲しそうに首を横に振ったのだ。

「出来ません。病人のあなたを、苦しめたくありません」
「…っ、やだ」
「は?」
「やだ!やだぁっ!ばにちゃ、と、えっち、した、!げほっげほ!」
「、虎徹さん!大人しくして!」

まるで駄々っ子のようにバーナビーにすがりついた虎徹は、勢い良く咳を出す。バーナビーは焦り、虎徹をベッドに引き戻す。虎徹は、あふれる涙を止めず、バーナビーに自身の想いをがむしゃらにぶつけた。

「おれ、っおれ、ばにちゃんが、だいすきで、ひとりにしたくないし、…そえで、なんと、か…おれのそば…おきたく、。ふ、うぅぅ〜…っ、うう、うんん、んっ」
「…泣かないで、虎徹さん」
「ひとりは、やだよぅ…」
「セックスだけが、つなぎとめる方法じゃないでしょう?…ね?」

バーナビーはあやすように虎徹の目尻にたまった涙を拭き取る。
年上で、人生の先輩である虎徹は風邪により弱くなった部分をバーナビーに押し付けている。
しかし、それはほんの数分で終わる。
虎徹の瞳が激しく揺れ、かくん、と瞼を閉じた。薬の副作用による、極度の睡眠作用だった。

「…おやすみなさい、いい夢を」

バーナビーは涙が干からびないよう、虎徹の目尻を丁寧に拭き、その瞼にやさしくキスをする。それから、いつ虎徹が起きても自分がいるように、リビングにあるソファへ自身の体を横たえた。

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