兎虎小説

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「バニーちゃん、次は13時からマンスリーヒーローの取材ね」
「はい、虎徹さん」

虎徹が手帳とバーナビーの取材用スーツを持ちながら彼の後ろを付いて歩く。バーナビーはそれに答えるだけだが、その口にはうっすらと笑みを携えていた。


虎徹がバーナビーの専属マネージャーになってはや1週間。彼のおかげでバーナビーは多忙のスケジュールでもしっかり動くことが出来ていた。
バーナビーは最初、こんなおじさんがしっかりマネージャー業をこなせるのか?と疑いの目をかけながら虎徹の行動を見ていた。初日から「貴方なりの話し方でいい」とバーナビーが言った瞬間から「じゃあよろしくバニーちゃん」と仕えるべき相手をちゃん付けで呼んだ虎徹。そんな粗相ありふれた彼のマネージャー業をあざとく見ていると、スケジュール通りの時間に次の仕事へ向かわせてくれたり(だいたい5分前にはその場所に着いてた)、必要な服をすでに持っていたり(結構バーナビーの好みのスーツをだ)、喉がかわいたなとバーナビーが思っているとタイミングよくコーヒーが手渡されたり(バーナビー愛用のコーヒーメーカー)と、バーナビーを驚かせてしまう程の働きっぷりに、彼はとてもありがたいと言葉にしなかったが、感謝していた。
上司のロイズも見事なマネージャーっぷりだったが虎徹の今の行動とロイズの行動、比べると明らかに虎徹の方がいい。ロイズは仕事の話となれば、例えバーナビーのスケジュールがかつかつに押していても笑顔で仕事を入れてしまう。だが虎徹はバーナビーの顔色を見れば仕事を制限し、休息の時間をバーナビーに与える。そのやり方が気に食わなかった先方は一回怒ったことがある。が、虎徹はそれを見据えていたのか「元気になれば世の女性全てを引きつけてしまう程魅力的になりますから、取材は今度お願いしますね!」と上手くまとめて治めたのだ。
人付き合いがよく、何でもまとめてしまう虎徹を、バーナビーは稀に見る有能なマネージャーと褒め称えるとともに、虎徹を個人として慕っていた。

―――バーナビーは虎徹に、今の自分の気持ちを伝えようとは思わなかった。
この慕う気持ちは恋ではないのかもしれない。ただバーナビーの体調に合わせてスケジュール管理をしてくれる虎徹を他の人よりも信頼していると思っていた。たかが1週間で恋に落ちる、なんて、最近流行りの恋愛ドラマのような展開はそうそうないだろう…と勝手に決めつけ、バーナビーは虎徹に渡されたスーツに腕を通した。

「虎徹さん、すみませんがネクタイお願いできませんか?」
「なに、締めれないの?」
「お恥ずかしながら…ネクタイはしないものなので」
「そう?意外と似合ってるのに」

バーナビーからネクタイを受け取った虎徹は、彼の首にしゅるりとかける。器用に結んでいく虎徹の顔を見ながら、バーナビーは緩みきった顔を彼に向けていた。
伏し目がちの瞳は儚さを醸し出しているようで、妙に色気がある。身長はバーナビーの方が上だろう、虎徹のつむじが見えていてバーナビーは思わずそこに鼻を寄せた。

「どうしたバニーちゃん、…疲れた?」
「いえ…。虎徹さんの髪からいい香りがするので」
「そりゃあシャンプー使ってるしなあ」
「…虎徹さん」
「あいよ」
「ちょっとだけ…僕の話、聞いてくれませんか」

バーナビーはぽつりと言葉を漏らす。内容は、ワイルドタイガーのことだった。
ヒーローではない彼は颯爽と現れ、複数の能力を駆使して犯人を捕まえる。ルナティックのようだとバーナビーは最初思っていたが、犯人を殺すことなく生かしたまま捕まえるワイルドタイガーに、バーナビーを含めたヒーロー達は段々と親近感のような感じを向けていった。そしてつい先週、ワイルドタイガーと面を向かって話した時、彼は隠れた瞳をバーナビーに向けて一言こう言ったのだ。

「俺を捕まえられたら、お前の好きにしていい」
と。

「あの言葉はどういう意味で言ったのか、未だに答えは出していません」
「へえ、そうなの?」
「好きにしていい…単純に考えれば、アッチの意味でも捉えてしまう言葉ですが、その時の僕はそこまで考えていなかったんです。複数の能力を、どうして1人の人間であるワイルドタイガーが使えているのか…その疑問が頭の中を駆け巡ってしまっていて」
「そのワイルドタイガーって、結構すごいんだねえ」
「…まあ、」
「俺、ファンになっちゃおっかな〜」

きゅっ。最後の仕上げのネクタイが完璧に締められる。
バーナビーはおちゃらけたように言う虎徹の言葉を脳内で繰り返し、本気と取ってしまったのか、眉をぐぐっと中心に寄せながら虎徹の言葉を否定した。

「は?貴方は僕のファンにでもなった方がいいです」
「え?なんで?」
「…虎徹さん、貴方僕のマネージャーでしょう?どうして他の人のファンにならなければならないんですか」

むっすりとバーナビーは不機嫌な顔を虎徹に向ける。それを面白おかしくバーナビーの頬をつついた虎徹。
その瞳は優しさを含んでいた。

「嘘だよ、嘘。バニーちゃんの他に好きな奴がいるわけないだろ?だから機嫌直せよ、な?」
「その言葉に二言は、」
「ない」
「…嬉しいです」

さっきの不機嫌はどこいったのか。バーナビーはエメラルドグリーンの瞳を細め、口角を緩やかに上げる。嬉しい、その表現が身体全体から出されているみたいで虎徹は優しげに微笑むバーナビーの髪を梳くように撫でた。

「おっと、もう時間だぜ?バニーちゃん」
「はい、虎徹さん」

トレードマークの眼鏡をバーナビーは掛け、虎徹が開いた控え室のドアから出て行く。虎徹はいつものように後ろを着いていく感じにバーナビーとの距離を付かず離れず歩こうとしたが、バーナビーはいつまで経っても歩かない。
何故かを虎徹は問うた。

「隣同士の方が何かとやりやすいと思って」
「いいの?俺ただのマネージャーだぞ?」
「ええ。いいんです。貴方だと何だか落ち着く」
「そ、そう?」
「はい」

完璧に整えられたバーナビーの口から紡がれた「落ち着く」の言葉。虎徹はむず痒い気持ちを抑えて、「ありがとうな」とはにかんだ笑みをバーナビーに向けた。










***










「ではバーナビーさんにいくつか質問をします。質問した内容は全部マンスリーヒーローに載りますので、カットして欲しい所とかあったら申請してくださいね」
「わかりました」

バーナビーは数人が入れる程度の、こじんまりとした部屋で取材を受けていた。
普通ならお洒落なカフェテラスや夜景の見えるレストランの個人室なのだが、最近人気の出てきたバーナビーが素顔で取材をしている、とどこから嗅ぎ付けたのか知らないがファンがそこにいつの間にか待機していたことがあったのだ。バーナビーが街をちょっと歩けばファンにサインをねだられ、カフェでくつろごうならば握手を求められる。
そんな事態を予測したのか、マンスリーヒーローの取材陣はバーナビーをあえて外に出さず、司法局から許可を得たジャスティスタワービル2階個人室を指定したのだった。
周りから見ればバーナビーのことを守ってくれたと思うだろう。だがバーナビー本人だけは別の意味で捉えていた。

「カットして欲しい所があったら申請しろ」と言ったマンスリーヒーローの編集長。彼は申請したにも関わらずカットをしない男なのだ。以前スカイハイと特集を組む為にバーナビーは彼と取材を受けたことがある。その時はスカイハイが自分の愛犬の話やヒーロー達のプライベートをギリギリカミングアウトしてしまい、バーナビーがここはカットしてくれと言ったはずなのに発売されたマンスリーヒーローにでかでかと載ってしまって散々ロイズやヒーロー達からお叱りを受けてしまった経験があった。
あんな苦しくて惨めな経験を二度とするものか、とバーナビーは貼り付けた笑顔の裏で毒を吐く。

「バーナビーさん、最近ワイルドタイガーがヒーローとともに行動しているのが見受けられますが、バーナビーさん自身、ワイルドタイガーをどう思いますか?」

最初からワイルドタイガーの質問と来たか。
バーナビーは考える仕草を見せ、質問の問いに答えていく。

「彼はとても正義感の強い方だと思います。だって、ヒーローに混じって人命救助とか、普通の人だったら出来ません。まだネクスト差別が色濃い中での人助け…彼の行動でその差別がなくなり、手と手を取り合える。そんな関係になれたらなと思います」
「バーナビーさんらしい答えですね。では、ワイルドタイガーがヒーローになったら嬉しいですか?」
「それはもちろん。HERO TVのプロデューサーが特にそうなんです。ワイルドタイガーが現れたらなんとか接触しろとか言ってきますし。先ほど言ったように、彼は人命救助してくれるいい方なので、ヒーローになってもらえると本当に助かります」
「わかりました。ありがとう。ではちょっとプライベートとかの質問いきますね」

ワイルドタイガーの質問はたった2つ。それに答えたバーナビーは、その潔さに若干だがイラッとする。自分のことではないのに不愉快に感じたバーナビーは、質問の途中だというのに虎徹を呼び、スケジュールの確認をさせた。

「13時30分からはトレーニングです」
「わかりました。すみませんが、重要な質問のみしてくださいませんか」
「え?プライベートだってマンスリーヒーローは重要ですけど…」
「プライベートについてはいいんです。マンスリーヒーローは本来、ヒーローの行動やヒーロー同士の意見、感想、具体的な救助の仕方、未来のヒーローになる子ども達に向けた写真やコメントを載せる神聖なヒーロー雑誌です。それを僕達の関係のないプライベートを載せて残念がらせる訳にはいかないんです。僕のプライベートが知りたいのなら女性向けのティーン雑誌とかファッション誌の方に聞くといいですよ。
…ああすみません。もう時間だ。虎徹さん、行きましょう」
「はい」
「え?ちょ、ちょっと…!」
「ワイルドタイガーの質問だけ、載せてください。小さくても構いませんので」

バーナビーは虎徹の裾を指で摘み、部屋をあとにする。
虎徹は少しずれたハンチング帽をかぶり直して、バーナビーに視線を向けた。
バーナビーの顔はいたたまれない、と云ったような顔つきで廊下を歩いている。だがよく見ると少し悲しい顔でもあった。多分あとでロイズに取材放棄のことをねちねち言われるな、と思いながらも虎徹はそんなバーナビーの腕を緩く掴み、歩みを停止させる。

「どうしたの、バニーちゃん。なんか悪いものでも食べた?」
「…違います。大体、虎徹さんいつも見てくれているのに悪いもの食べる訳ないでしょ」
「あ、そっか。で、ほんとにどうしたの」
「…ワイルドタイガーのことです」

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