兎虎小説

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※モブ視点

【ホテル・オリオン】
―――それはシュテルンビルトとオリエンタルタウンの間に位地する細い道の、その先にあるひっそりとかまえているホテルだ。
見た目は普通のビジネスホテルとなんら変わりはないが、一歩そのホテルに入ってしまえば淡く輝く間接照明とピンクな雰囲気に圧倒されてしまうほど外見と中身のギャップがある、このオリオンに、一週間ほど前、現KOHのバーナビー・ブルックス・Jr.が現れた。
今をときめくスーパーヒーロー、バーナビーがこんなちまいラブホに現れるはずがないと、誰もがそう思っていた。
ここに働くキャリーでさえも。
彼女はデビュー当時からバーナビーの輝くヒーロー活動に憧れ、『抱かれてもいい俳優ベスト10』『今一番輝いているアイドルベスト5』にも堂々と殿堂入りしている彼を応援し、バーナビーの限定ランチを食してしまうほどのバーナビー大好き人間である。ファン、までとはいかないが。
キャリーはバーナビーはともかく、ヒーロー全員大好きの部類に入る。ワイルドタイガーが救助をすれば騒ぎ、ブルーローズが登場すれば一緒に働いてるおじさんと「ローズきたあああ!」と叫び、スカイハイとドラゴンキッドの技が炸裂すれば喜んだり、ロックバイソンとファイヤーエンブレムが犯人の乗っている車を止めれば「素敵ですうううう!」と感涙したり、折紙サイクロンの見切れを一生懸命探したりと、彼女はヒーローひとりひとりの行動をしっかり見て一人で興奮する、なんとも云えないヒーロー好き人間なのだ。
そんなヒーローたちの素顔は公開されていない。バーナビーだけは別格で、デビューの頃から顔出しされていた。だからバーナビーは街を歩けば握手を求められたりサインをねだられたりしている。
キャリーも、実はバーナビーを遠巻きで一回だけ見たことがある。そのときは熱狂的なファンがバーナビーを囲んで近づけやしなかったが。
それから街ではあまりバーナビーを見つけることはなく、おじさんの経営しているこのラブホテルに働きだし、収入を掴んでいるキャリーは今日も仕事だ。

「キャリー。これ、今日のお客様リスト」
「…今日はいちだんと多いね?」
「ああ。今日は……いや、今日からクリスマスセールでね、24日までコースの金額を一定にしたんだよ」
「やだ、それ倒産しないの?わたしここがなくなったら本格的にニートよ?自宅警備員よ?」
「ははは、それはない。以外に稼いでいるんだ。ほらここって外見普通のホテルだろう?それがお客さんにうけて、「安心して恋人と一緒にすごせます」ってコメントがくるんだ」
「……そう…」

ラブホで繁盛って…とキャリーは意外な目でおじさんを見つめ、空笑いを口から出した。
でもとりあえず自宅警備員になる事はない。今日も頑張ろう、と意気込んでリストのお客様予約部分に目を通した。


途端、キャリーの口から「ひっ」と引きつった声が出た。

「どうしたんだい?」
「あ、いや、うん!何でもないの!そう、何でもない!!」
「そう?じゃあ、私は家に帰って仕事でもするよ。あ、あとコレ、発注書。ルームサービスと玩具類の発注今月してなかったからお願いね。そのパソコンしかできないからさ」
「は、…はい…」

にこにこと、おじさんはキャリーに紙を渡して帰っていく。
キャリーは先ほど引きつってしまった声を出したリストを再び見やる。

「『ラビット、2名、20時予定。』…だと…?」

ら、ラビットもとい、バーナビー様が来るとは…!
キャリーは内心、とても焦っていた。またご利用くださいませ。と言ったのはお客様にたいする礼儀で言ったものである。また来るなら恋人同士で話し合ってするものだが、バーナビーは確実に、キャリーに言ったのだ。顔は見えなかったが。
またあのキャリーを驚かせた美脚男性と一緒に来るのだろうか。今日は前よりも激しい行為をしてしまうのか、こっちが泣いてしまうほどに。

ふるふると震える手をなんとか叱咤し、キャリーはカウンターへ向かった。

「…お疲れ様です、幸人さん」
「ああ、お疲れ」

爽やかに微笑む幸人と呼ばれた男性。キャリーが入る前からここのバイトとしているオリエンタルタウン出身の東洋人だ。幸人は少しばかり名の知れたミュージシャンだが、リリースしている楽曲は少ない。しっかり歌詞を理解して、曲もよくなければ出さないと幸人はたまにかぶるキャリーに話していたことがある。そのおかげでミリオンとまではいかない幸人の曲は、年々人気が上昇しつつラジオにも出演している。
キャリーは幸人に自身のCDを借りて聞いたことがあるが、どれもいい曲ばかりだったのを思い出す。

「幸人さん今日は歌詞作りじゃないんですか?」
「ちょっとスランプで…なんとか街で歌詞になりそうなものとか探してるんだけど」
「じゃあオリエンタルタウンの事を歌詞に書けばいいんじゃないですか?ほら、最近人気のアリエル・オーウェンだって2ndシングル、《スターラバー》を故郷を思い出して書きましたって言ってたじゃありませんか!」
「うーん…そうだな、やってみるよ」

幸人はキャリーの頭をなでて、カウンターから腰を上げてシフトを上がる。「これ、お礼だよ。ありがとう」とキャリーに2個のアメを彼女の手のひらにころんと転がす幸人に、キャリーは幸人よりもお礼をたくさん言って、代わりに椅子に腰掛けた。
今日バーナビーが来るにもかかわらず、キャリーはとてもハッピーは気持ちになった。









カタカタとキャリーはキーボードを鳴らしながら発注書のリストに目を通しながら打っていく。
もうすぐバーナビーが来る時間だ。
電話予約は主におじさんが受けるのだが、よくバーナビーだと知らずに受けているものだ、とキャリーは頭を抱えた。まあ、ここを気にいってくれているならそれはそれで構わないのだが。
テレビでよく見る爽やか笑顔のバーナビーは、ここにはいない。美脚男性をニヤニヤしながら犯すドSなハンサム、バーナビー・ブルックスJr.様がいるのだ。
今から緊張してどうしようもない。パソコンの画面に表示されているキャリーの打った文字がいささか大変なことになっているが、そこまでキャリーは読み取れなかった。

カラン、

「(…来たっ!)」

大変なことになっていた文字を一生懸命バックスペースで消していた時、お客様がいらしたという知らせの鐘が鳴る。時刻は20時。
バーナビーが現れたのだ。

「いらっしゃいませ」
「20時に予約していたラビットです」
「ようこそ、お待ちいたしておりました。本日のコースをお決めくださいませ。なお、今日からクリスマスセールとなっておりますのでコース、部屋はしべて一定の料金でサービスしております」
「そうですか。虎徹さん、どれにしますか?」
「え?えと、どれでもいいってば…」
「虎徹さんに選んでほしいんんですって。これとかどうですか?」
「…っ、じゃあこれっ」
「Bコースのコスプレマニアック部屋で」
「…かしこまりました」

終わったな…、この美脚男性。
コースを入力していくキャリーの目は、哀愁に満ちていた。
Bコースは、以前バーナビーが選んだAコースよりここからちょっと近い。キャリーは209号室の鍵をカウンターに出し、場所をバーナビーに伝えた。

「いってらっしゃいませ」

お気をつけて、虎徹さんという名の美脚男性。









キャリーは、時間の合間をぬってリストを作成したり、それぞれの部屋のチェックをする。バーナビーと虎徹が鍵をもらってからいくらか経つ。それはわかっていた。片耳のイヤホンからはにゃあにゃあと鳴く虎徹の声とバーナビーの超絶攻めな言葉が聞こえてくる。多分、マニアックにペットごっこでもしているのだろう。

「あ、ワインでシーツ汚した。106号室のカップル、料金加算だね」

ワインの染みはなかなか落ちない。ベッドで飲んでいたカップルはごしごしとこすっているが、もう遅い。備品はビジネスでやっているキャリーの目で見られてしまったから。焦るカップルに、キャリーは自嘲めいた笑みを浮かべた。
他の部屋も気にしつつ、キャリーはバーナビーと虎徹の部屋を見る。
ヒーローのいたしている所を見てはいけない気がするのだが、目撃者はキャリー一人。誰にも漏らさないという約束を自分自身にして、209号室を監視し始めた。

「結構激しくマニアックなプレイしてんのね」

虎耳と尻尾をつけた虎徹。耳はカチューシャで頭に装着されているが、尻尾がつけられた下半身なにも身に着けてはいない。どうやら、プラグの尻尾らしい。それが気持ちいいのか、虎徹はバーナビーの分身を口に含みながらバーナビーにいいようにされている。
キャリーはそんな虎徹をじっと見てみる。
今どき体力なさそうなおじさんを失礼ながら想像したキャリーだが、虎徹の鍛え抜かれたボディを美しいと感じてしまう。肩幅が広く、それにそぐわない薄くて細い、魅惑のラインを保つ腰。バーナビーの腰とはずいぶん違う。バーナビーはすべてが綺麗に整えられているバランスのいい身体。そんなアンバランスのようでそうでもない虎徹の身体にキャリーはほ…っと息をはいた。よく見れば顔もかっこいい。口にくわえているのはアレだが。
苦しそうに歪められている虎徹の目尻には涙がたまっている。よがり、狂う虎徹の含まれているプラグ型の尻尾を、バーナビーは酷く、優しく撫でていた。
そして、バーナビーは虎徹を転がし、尻尾をめちゃくちゃにかき回しながら備え付けの受話器を取り、カウンターにかけた。

「(な、なんてことを…!)は、はい。カウンターです」
「ルームサービスを、いいですか?」
「かしこまりました。どれにいたしますか」

映像で見るバーナビーは、しっちゃかめっちゃかにされている虎徹をよそに、メニューを開いている姿をしっかりととらえていて、淡々と食べたいものと、おそらく虎徹の好きな料理をキャリーに言っていった。キャリーは必死に紙に書き、間違えないように耐える。電話の奥からはバーナビーの声の他に虎徹の鳴き声がしきりに聞こえた。「いやだ、いやだ」「そこはだめ」などと。

「ああ、ワインはロゼが、なければペリエでお願いします。あとビール」
「はい。食事が着いた際、インターフォンを鳴らします。鳴らしたら置いて戻ります。食器類は部屋の中に置いて構いません」
「わかりました」

プチリと切られた回線。キャリーはどくどくと鳴り響く心臓をうずくまっておさえた。
迎えた…。あの美脚男性が絶頂を迎えてしまった。
電話越しに聞いたリアルな熱い声。断続的に紡がれる言葉。キャリーは女だが耐えられるはずがない。普通の人だってそうだ。他人の情事を聞いて我慢できるのだろうか?―――答えはノーだ。だが自然とここをやめる気は起きていない。
心臓がうるさいだけで、あとは冷静な自分を恐ろしく感じたキャリーは、書いたメモを送り、できた料理を209号室の前に置いてインターフォンを鳴らして、スカイハイの風よりも速いダッシュでカウンターに帰った。
そのあとは、記憶があいまいだったという。






あれから朝を向かえ、バーナビーと虎徹がカウンターへとやってくる。チェックアウトの時間だ。
いつものようにキャリーは料金をバーナビーに言う。今回はカードではなく現金で支払われた。

「またご利用くださいませ」

キャリーの再来店の声がバーナビーへかけられる。「また来ます」と言われるのではないか、とキャリーはドキドキしたが返事はなき、ほっとしていると、

にゅうっと、小さな渡し口の所からバーナビーがのぞいてきた。
これにはキャリーはびっくりしてしまい、「ひっ!」と声を出してしまう。

「…また来ますね」
「あ、…あ」
「あと、」







「おじさんの声、とてもよかったでしょう?」
「――――――!!」

がたりと、キャリーは椅子をおおきく揺らす。なんということだ!バーナビーはキャリーが聞いていたのを知っていたのだ。どこで、どうやって知ったかわからないが、同じ人間なのにホラー映画にも負けないくらいの微笑を浮かべたバーナビーに、キャリーは真っ青な顔で思わず「またどうぞ」と返してしまった。

「おーい、バニーちゃん行くぞ?」
「はい、虎徹さん」
「…どうした?なんか楽しそうだけど」
「いいえ?何でもありませんよ」
「ならいいけど…?」


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