兎虎小説

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※モブ視点

シュテルンビルト郊外、オリエンタルタウンに近い細道に入ると、一件のホテルがそびえている。見た目はビジネスホテルのそれと似ていて、見る者は普通のホテルだと思ってしまうだろう。
だが、普通のホテルではないのだ。
【ホテル・オリオン】と書かれたここは、入ると間接照明が淡いピンクに染まっていて、ちらほらと雰囲気を醸しだしている。受け付けは顔が見えなく、首から下と、受け取る際に出される手のみ。壁には色んな部屋の案内が貼られている。

もう気づいたかと思うだろう。
ここは正真正銘のラブホテルなのだ。
そしてそこに働く、一人の女性が受け付けをしている。
―――彼女はここのオーナーである両親の親友のおじさんが、彼女が求職していると聞いて「やってみないか?」と言われた事から始まった。もちろんラブホなんて女性の私が働くような所ではないとおじさんに申し立てた。だが「給料はずむよ」なんて、お金がない彼女にとっては奇跡の言葉にしか聞こえなかった訳で、つい二つ返事で返したのを、彼女はため息と共に吐き出す。

「やあ、キャリー。ちゃんと仕事してるかい?」
「おじさん、…仕事してますよ。ちゃんと」

リストの載った紙をとんとん、と整えてキャリーと呼ばれた彼女がおじさんに返事を返す。
キャリーとは彼女の本名ではない。ここのラブホは本名を明かさず匿名として泊まることが出来て、尚且つお互い顔も見えない。その理由は、良く言えば顔を見られず、安心できる。悪く言えば顔、名前を知られれば何らかの形で晒されてしまうからだと、おじさんは笑いながらキャリーに話した。
だがおじさん、この管理室には監視カメラなる物が存在しているのはわかっているのかな?顔はお互いわからなくても、こっちが一方的に知ってしまうのよ?
キャリーはまた違う意味でため息をついた。

「そうだ、今日は朝までだろう?食事、もって来たよ」
「わ、ありがとう、おじさん!」
「キャリーの好きな物ばかりだからね」
「うわあ…これバーナビーさんの期間限定ランチ!おじさんよく買えたね」
「私を舐めてもらっては困る。丁度仲のいい友達がこの限定ランチを販売している店に勤めていてね、試食という形でもらったんだよ。あ、キャリーの為かな?
…女性なのにこんな所に働いてもらってるお礼」
「…ありがとう!」

キャリーはバスケットをおじさんから貰い、ふたを開ける。
中はバーナビーの色、赤をメインとしたものがぎゅっと詰め込まれていた。綺麗に形作られたタコのウインナーにバーナビーの胸元に貼り付けられているバニーシールと同じ形のボイルされた人参。小ぶりに握ったピラフのたわら巻きには、思わず関心した。ピラフなどぱらぱらするライスは握りにくいからだ。
その他にも興味を示すものがたくさん入っていた。キャリーはひとつひとつかみ締めながらバスケットを空にした。


おじさんに「ありがとう、すごくおいしかった」と伝え、監視と受け付けを再開する。
おじさんはもう帰ってしまい、キャリー一人だ。
予約分のリストを再び目に通し、時間と人数をチェックするのはもう日常茶飯事で、あくびをこらえながらキャリーは映像のチェックも済ませようとした。

カラン、

ふいに、ドアの鐘が小さく鳴る。
お客さんが来たんだ、と眠い目をこすりながら受け付けの前に座る。

「いらっしゃいませ。ご予約の予定は?」
「18時に」
「18時…ラビット様ですね?ようこそ」

ぱらり。リストをめくると確かに『ラビット、2名、18時予定。』と書かれている。受け付けのしきりで残念ながら顔は拝めない。だが、声は若い男性のものだ。これはいい彼女と来てるな?とキャリーは希望のコースと部屋を促した。

「コースには休憩、お泊り、多泊がございます」
「お泊りでいいですか?」
「…何でも、いいよ」
「(あれ…?)」

キャリーの耳が、違和感を拾う。彼女だと思っていたが、相手は男性のようで。これはまさか同性同士ではないか?とキャリーは失礼だと思いながらちらっと相手の外見を見やる。

「!」

握られている手が以上にごつい。女性のそれではない事に、知ってしまったキャリー。だが、びっくりしたのはそれだけではなかった。
腰が異様に細いのだ。ベストのラインに沿った女性の腰とたいした差のなさそうな、折れてしまいそうな腰。座りなおしの為に椅子から腰を浮かせ下半身も見たキャリーは思わず声を上げそうになる。腰だけかと思いきや、脚も酷く細かった。股に空間が出来ていて、それはまさに『トライアングルゾーン』と言われるモデルや細い人に出来るゾーンが、この男性にはあった。
カシャン、と椅子が鳴るくらい激しく座るキャリー。驚きと自分にはないゾーンを直接見てしまった。女性としてどうなの?
キャリーはダイエットを決意した。

「…あの?」
「あ、はいすみません。お泊りコースですね!部屋はどれにしますか?」

呆然としていたキャリーを、ラビットと呼ばれた宿泊客が呼びかける。それに気づいたキャリーが慌ててコースを入力し、部屋の場所を聞く。
いけないいけない、今は仕事中だ。お客さんの腰と脚に見とれてどうする、とキャリーはすっかり眠気の覚めた思考で相手の返事を待つ。時折、この部屋はこの設備がありますなど説明もいれてやる。

「じゃあAコースの夜景が見える部屋で」
「はい」

カタカタとパソコンで部屋も入力していく。…Aコースとは、他にもB、Cとあって各部屋の作り、証明、プレイが変わっていく。ラビットが選んだAコースは街の明かりがよく見え、設備も充実。バスもリモコン一つで色々変える事が出来る。もちろん、相手の入浴シーンだって。ベッドはキングサイズ。テレビも60インチと、シネマを大迫力で見れてしまう程だ。食事はルームサービスか自身が持ち込んだ食事どちらでも構わない、そんな部屋を選んだ。
料金は後払い制だが、ここはめったに泊まる人がいないVIP部屋だと、キャリーは他人のお金事情を心配した。

「こちらが部屋の鍵です。先に進み、奥側にエレベーターがございますのでそちらからどうぞ。料金は後払いとなっております。部屋に備え付けの電話がございますので、ルームサービスやお困りの事がありましたらお電話ください」
「わかりました。行きますよ」
「お、おうっ」

305と書かれたストラップ付きの鍵を、ラビットは受け取り、受け付けから姿を消した。しばらく無言で見送ったキャリーだったが、チン、と音がしたエレベーターの音を聞いた瞬間、カウンターに頭をぶつけた。
別に同性同士は構わないと思っていたキャリー。シュテルンビルトは数年ほど前から同性結婚は許されている。実際見はしなかったキャリーだが、今まさに同性同士の予約を承ってしまい、言葉が見つからない。
はああ…本日3度目のため息をついて監視カメラの映像を見る。
もう今日の予約者はいないから。

「…」

1階、101号室。異常なし。カップルが営んでる。
同じく1階、103号室。ここも異常なし。
2階、201号室。花瓶倒した。幸い、割れてはいない。
2階、206号室。結構マニアックな営みをしてます…っと。
キャリーは頭の中で報告をする。備品など倒した、壊したなどがあれば、それはチェックアウトした際に加算しなければならない。だがそれは自分から言うのではなく、部屋に設置してある備品リストという紙で報告される。たまにそれをしないカップルがいるが、こっちから壊した形跡を言えば大概払って帰る。
脅しではない。ちゃんとしたビジネスだ。おじさんから叩きこまれた。
そういった意味合いで監視カメラがついてるのだが、過去に、ここじゃないラブホで監視カメラがついてない時代に殺人があったらしい。それに、監視カメラが付けられて幾らかしない年、カメラの映像に霊が映ったという話も聞いた。色んなアングルから見れる映像、ベッドの下からにゅうっと女の顔が現れた。ヤッてる本人たちは知らなかったようだけど、当時働いていた男性がテレビ越しで伝えていた…なあ、とキャリーは記憶を掘り起こしていた。

怖い事を思い出して、一人でふるりと震えるキャリー。そろそろ305号室にラビットとその相手が入ると思い、映像に目を通す。声がイケメンな感じだったんだ。顔も彼女いっぱいいそうな顔だろうと、内心一人で勝手に盛り上がった。
カチャリ。305号室のドアが開かれる。まず入ってきた人物は『トライアングルゾーン』の持ち主である美脚男性だ。ハンチング帽、ベスト、スラックスがとても似合っている。特徴的な髭に、キャリーは微笑を浮かべる。そしてその男性に呼ばれるように入ってくる人物に、思わず叫びそうになった。

「バッ……バーナビー…!?」

そう。美脚男性に手を引かれているのは、間違いなくKOHのバーナビー・ブルックスJr.本人だった。ここの監視カメラは性能が良く、ズームをすれば顔なんかはっきり映るくらいハイテクなカメラで、キャリーが見間違うはずがない。ごしごしと目をこすっても、ぱちぱちと瞬きしてもいるのはバーナビー・ブルックスJr.。
何故こんないかがわしいラブホテルなんかに来たのか。ただのお泊り、というわけではなさそうだったのはキャリーでもわかる。あんなにコースや部屋を一生懸命選ぶはずがない。…ふいによぎった同性同士の結婚。
まさかバーナビーに彼女とかの類の話が出てこないのは、この男性がいるからなのかもしれない。

カラカラの唇が潤いを求めている。キャリーは静かにミネラルウォーターを含む。それと同時にバーナビーと美脚男性は熱いキスを交わした。キャリーは慣れていたから吹き出すような事はない。バーナビーの手つきがなんだかいやらしく見えるが、それも慣れっこ。バーナビーだと思わなければなんだってやり遂げられるのだ。
天下のKOH、バーナビーの行動を見てみたい気もしたが、他の客の行動も監視しなければならない。イヤホンを片耳にだけつけて、それぞれの監視を始めた。






「………どうなってんの?」

監視を始めて6時間。トイレから帰ってきて、バーナビーのいる305号室に切り替えたキャリーの一言。もう日付は真上の0時を指している。とっくにやってしまって、ルームサービスの相談でもしているんじゃないか?と深く考えなかった自分の楽観的思考をもう一度整理する。イヤホンを右耳につけて、305号室の音を聞くキャリー。
美脚男性のひっきりなしに聞こえる蕩けた声と、粘着質の音、ベッドのスプリングが激しくなる音も聞こえてキャリーは呆気にとられた。
こいつら、まだヤッてる!
6時間なんて疲れるはず。それをもろともせず、バーナビーはうつ伏せになって枕を握ってる美脚男性を貫いている。決して高くないその声に、バーナビーは興奮しているのか、深く抉り、反応を楽しんでる。「いやだ、またいく」と声にならない声で叫ぶ男性に、キャリーは泣きそうになった。
もうやめたげてよお!この人死んじゃう!何気に10回もイッたんだから大丈夫でしょう?ってバーナビーの愉快そうな声が聞こえる…!!
10回って。本当に死んでしまうかもしれない。だけどキャリーにはとめる術がない。電話してもうやめてあげて下さい、なんて言えない。見ていたのがわかってしまうから。
そっと、イヤホンを外して305号室の映像を切る。
この人たちは備品を壊したりはしない。そう勝手に決めつけて。




翌日。
チェックアウトしにきたラビット、と予約を入れたバーナビーが鍵をキャリーのいるしきりカウンターに置く。

「料金は100シュテルンドルです。備品は壊していませんか?」
「はい、大丈夫です。あ…ひとついいですか?」
「なにか?」
「部屋にあったアダルトグッズですが…こちらで売ってはいませんか?」
「はい。お売りしております。どれを希望ですか?」
「…これです」
「かしこまりました。お泊り料金にくわえます。変わりまして、175シュテルンドルになります」
「カードで」
「…。はい。こちらが領収書です。ご利用、ありがとうございました」
「また来ます」

領収書を丁寧に折り、ポケットに入れたバーナビー。しっかりと美脚男性の手を握って颯爽と帰っていくバーナビーの後ろ姿を見たキャリーは、「また来るんだなあ…」と生暖かい目で見送ったのだった。


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