兎虎小説2

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氷の女王様と夢




「は?作詞家?何故僕が」
『いいだろう?今回君に行って欲しい所のちょうどいい職業がそれなんだから』

未来の【バーナビー】は真っ白い空間で黒のコーヒーを啜りながらそう答えた。
いい加減この白さをどうにかして欲しい。毎回ここからのスタートなんて、今までの行動がすべて無に還ってしまっているような錯覚に陥ってしまうのだ。
未来の自身が飲んでいる同じものを口に含みながら、お決まりの文句をぶつける。
甘いものが好きになったとはいえ、コーヒーはやはりブラックだった。

『ロボットの研究員とかなんとか言えればいいんだけど、それだと接点がなくて』
「接点?やはりお前、故意に引き合わせようとしているな?」
『当たり前だろう?僕は言った。ある人達を知ってほしいと』

今まで気づかなかったのか、と【バーナビー】はたいそう驚いてしまった。
虎徹、キース、イワン、アントニオ、ネイサンとまで五人の大切な人達を救ってきた過去の自分はもうすぐ終盤だと気づいていない、いや。過去のバーナビーは知るはずもないのだ。残りを知ってしまって、元の世界に帰ればきっと。
驚きつつも、知らないバーナビーを見つめながら【バーナビー】は冷めてしまったコーヒーを飲み干す。
しょうがないんだ、まだ知らない、コンビで組むあの人のことすら出会ってないんだから。

『まあとにかく、君は作詞家でふらついていればいい。きっと出会える』
「誰にだ。いい加減名前くらい教えてくれてもいいだろう。僕はまた何日彷徨えば出会えるんだ」
『すぐだ。すぐ』
「………」
『ほら、迎えだ。バーナビー』

【バーナビー】が指差す場所に、これまた黒の色が混ざる。それは幾度となく落ちてきた穴だった。
しぶしぶ、バーナビーは白いカップを白いテーブルに置きその穴を見つめる。
どこにも繋がっていない気がして、少し震えた。

「……また僕は、人を救えるのか。友が、出来るのか?」
『ああ、絶対。だから信じて行くんだ』
「…」

同じ声、同じ顔。ただ違うのは、その顔に出来た笑みだった。自分には笑むことは出来ない。ウロボロスを、両親を殺した犯人を見つけるまでは。
バーナビーはそっと眼鏡のブリッジを直して、今度は自らその穴に飛び込んだ。
黒に小さく出来る白の光りは眩しく、それでいて綺麗だ。
風を感じながら、そのくすんだ金糸をなびかせながら地に降り立つ。
空の青は雲ひとつない快晴で、それを覆うビルのひしめき合うここは路地裏だと気づいた。バーナビーはさっさとジャケットについたホコリをはらいながら、空飛ぶ飛行船を見た。
そこには、バーナビーも知っているスカイハイというヒーローが電光板で動いていた。






さて、とバーナビーは小腹をホットドックで補いながら考える。
幸い小銭を持っていた彼は、一番シンプルで空腹を満たすホットドックを購入した。今までなら食べなくても生きていけたし、必要最低限の食をすることくらいしかしなかった。だけど未来の【バーナビー】はあの白い空間でいとも簡単に家具を出し、あろうことか食事をしていたのだ。促されれば食べたし、飲み物も飲んだ。それのせいか最近はやたらと空腹が耐え切れずつい買ってしまう。
バーナビーはため息を吐きながら、ウインナーをぱきりと噛みちぎった。


くしゃりと紙をダストボックスに捨てたあと、バーナビーはゴールドステージに向かった。今この姿を恩人であるアルバート・マーベリックに見られてしまえば、バーナビーは言い訳できる術を彼に使うことはできないからだ。だがしかし、それは杞憂であった。
赤い自身の携帯が震えた。

《ああ、バーナビー?この世界の君は、マーベリックと面識はないんだ。安心して構わないから》
「…何故今考えていたことを……」
《だって君は僕だ。考える思考すら同じなんだから》
「…それは否定しない。ここに来ればいい気がした。ヒーローが一番いそうな場所だからな」
《ならいい。ああ、期限は一ヶ月だ。きっと充実した時間を過ごせるさ》

【バーナビー】の声が、ワントーンほど低くなる。それにバーナビーは違和感を感じたが、あからさまに誰かを探していてバーナビーの翡翠の瞳とかち合うと一直線に向かってくる男性を見たバーナビーは途絶えてしまった【バーナビー】の声を閉ざした。パチン、とガラケーが閉じる音が響く。

「貴方、バーナビー・ブルックスJr.さんですよね?」
「はい。僕に何か?」

息を切らしながら白と紺色のラインが入ったシャツと黒のジャケットスーツを整える男性は、マーベリックより若そうだった。
白髪…なのか、メッシュのように幾重にも入ったオールバック調の髪はくしで整えられる。もみあげと髭がより男らしくダンディな印象がバーナビーの中の第一印象だ。

「申し遅れました、私はタイタンインダストリー、ヒーロー事業部部長のロバートと申します」
「ヒーロー事業部?そちらの会社はヒーローを取り入れたんですか?」
「ああ、はい。あ、でもこの話はまだご内密に…。ここで話はなんですが、我が社へ是非足をお運びいただきたく、よく作詞のために外へと出られているという話を聞いたので恐れながら話しかけさせていただきました」

ヒーロー事業部、と名刺を渡しながらロバートはバーナビーに頭を下げる。
よくわからない噂まで聞いてしまったが、バーナビーは頭を下げ続けるロバートに社への案内を頼んだ。作詞と言ったんだから、この人が【バーナビー】の言った人なんだろうとバーナビーは自己完結する。
案内されながら、自身の言った言葉を復唱する。タイタンインダストリーは、バーナビーの世界ではブルーローズという女性ヒーローが所属していた。前日のあの日、バーナビーは他のヒーローの情報を頭の中に叩き込み臨んだ。しかし、この世界の時間軸はバーナビー自身がいた世界からおよそ二年前だ。飛行船で見たヒーローランキングではブルーローズの名はなかったから、まだ活躍する寸前の新人だということ。
あの特徴的なしゃべりと動き、仕草まどここから出たのかと思うとビジネスはとことん自身の思いの領域を凌駕しているなと、彼はロバートに気づかれないようにため息をついた。

「ローズ、この人が君の歌詞を作ってくれるバーナビーさんだ。挨拶しなさい」

ロバートに促されたブルーローズは、バーナビーにぺこりと一礼した。
個室に通され、彼女は一人でここに座っていた。作ったその笑みは色と同じで氷のようだ。スポンサーがドリンクのそれは彼女のスタイルを邪魔することはなく、鮮やかな空色の髪と瞳、唇はまさに彼女のためにあるような色。クリスタルパーツの胸部とレオタードを隠すような下半身はまさに女王で、とがったピンヒールブーツはさぞや世の中の男性を虜にするだろう。
しゃらりとダイヤ型のピアスが音を立てた。

「ブルーローズです。今季からヒーローとして活躍します。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。僕は彼女がアイドルとして歌を歌うために歌詞を書くんですが……ヒーローがアイドルを?」
「はい。彼女のたっての希望でして……。ヒーローとしてのウリは氷の女王様、しかし歌は誰もが魅了する歌詞をバーナビーさんに書いていただきたいんです」

困ったように眉を下げたロバートはブルーローズのむき出しになった細い肩を掴んで再び彼に頭を下げる。社長の方針と彼女の願いを叶えることができるバーナビーに是非!と何度も何度も恥を忍んで頭を垂れたのだった。

「我が社の命運がかかっているんです!この子がデビューし、成功すればこの子の夢である歌手になる日も近づく。ヒーローとして申し分ない生活もできるんです」
「……わかりました。あとは彼女と話をしてみて考えましょう」
「あ、ありがとうございます!ローズ、やったな!」
「…はい」

喜ぶロバートをよそに、ブルーローズだけはなんだか不満そうな顔で視線を逸らした。
ロバートは事業部に戻り、このままブルーローズと対面することとなったバーナビーは、ポケットからメモ帳を出して彼女に話しかける。

「―――さて、上司はいないですよ。本音はどうなんです?」
「…本音?」
「貴女、歌手になることとヒーローになること……夢は同じだったんですか?」

僕にはそう見えなかった、とバーナビーはブルーローズに言うと、ややしばらく沈黙が続いたあとはあ、とため息をついた。

「あなたの言うとおり、私はヒーローになりたくてこうしたかったわけじゃありません…。私は純粋に歌手になりたかった、だけど、この能力がこの会社に魅入られちゃって……」
「そうですか」
「でも……デビューするってなったとき、私の胸が熱くなった。どうであれ、私の声が、姿がカメラに映るんだって思うとなんだか嫌じゃない自分が出てきて…」
「…実は僕もNEXT能力者なんですよ」

バーナビーがそう言うと、ブルーローズは青の瞳を開かせた。その顔は年相応の顔で、バーナビーは自身の身体を光らせるとペンをいとも簡単に折ってしまった。ぐしゃぐしゃになったペンの成れの果てはテーブルの上で無残にも粉々で、ブルーローズはバーナビーをそっと見る。

「ハンドレットパワーなんです。能力を百倍に底上げする能力…でも条件付きで、五分しかもたないんですよ」
「そんな条件とか…私、知らない…」
「ええ。あまりない能力ですからね。あ、しまったな…あと五分経たないと字が書けない」
「、…バーナビーさん。私が書きます。ヒーローでは女王様キャラでって言われてるけど、素顔くらい、あなたにみせても心配ないし」

そう言った彼女の笑みは、作ったものではなかった。
ああ、こんな顔もできるんだなと、バーナビーは身体を光らせながら彼女の言葉を聞いていった。





***




ブルーローズの紹介ビデオと彼女が書いたブルーローズとしてのキャラ設定が事細かく書かれたメモを交互に見る。
ブルーローズとは個室で別れ、バーナビーは予約したらしいホテルのスウィートルームに向かったのだ。ただっ広いそこのスウィートは白と黒を基調とした造りで、大人な雰囲気がバーナビーを落ち着かせる。清潔感の匂いが立ち込めるその部屋のソファに身を沈めながら歌詞作りに入った。

ブルーローズは、氷を操る能力の持ち主だ。
直接手からその冷たい氷を実体化させ、犯人を捕まえるというコンセプトのもと動きやすく、そして男性を魅了するあの服となったのだ。挑発する瞳と嘲笑うその唇はまさに氷の女王様そのもの。フリージングリキッドガンというものは特殊な水が調合されて銃弾のようにはめこまれる仕組みらしい。
バーナビーは自身の世界のブルーローズを思い出し始めた。
直接会ってなくても、画面越しに見た彼女は今とはまったく異なった性格だった。お決まりのセリフなど言ってたような気もするけど、バーナビーは興味がなかったのかその言葉を思い出すことは出来ない。

「……ひれ伏す、嬲る、崇める、敬う、誑かす………何故僕がこんな言葉を歌詞として書かなければいけないんだ…」

バーナビーは少し書いたあと、くしゃくしゃと紙を丸める。
過激な言葉だと彼女のキャラが濃くなってしまうし、それに見合わない歌詞だとキャラの方向性が見えなくなってしまう。これは今までしてきたことのない出来事なのか、バーナビーは頭を抱えてしまう。
計算や目立つ行動など、自分のためになら思考をフル回転させて出来るかもしれない。しかし、今回はデビュー寸前の、しかもライバルとなるブルーローズの歌作りなのだ。バーナビーはいっそ、やめてしまおうかとも考えたが、ブルーローズのあの表情が、何だか自分そっくりだったと気づけばため息をつくしかない。
今はここにいない、虎徹と友恵の顔をそっと思い出し、再び何回目かわからない息を吐く。
結局はやるしかないんだ、と自己完結して。


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