兎虎小説2

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「十五番テーブルコニャック入りまーす!」
「ありがとうございまーす!」

賑わう店内と透き通った声を発する若い男の声。
ここはホストクラブ『エリス』。若き店長が幼い頃病気で亡くした最愛の母から取った名前だそうだ。
シルバーステージに豪華に建てられた『エリス』はここらでは一番の客数をほこり、売上も、人気もナンバーワンだ。その理由は女性向けが中心なホストクラブではあまり見ない男性客もOKというシステムを取り、姉妹店であるキャバクラ『ティアーズ』からキャバ嬢を応援として呼ぶという珍しいことを行っている。これも店長の計らいとそこで働くホストたちの努力で成し得ているからであり、ほかの店では真似できない。だから、ナンバーワンで居続けることが出来るのだ。
客層としてはOLや主婦、仕事帰りのキャバ嬢中心。それによって営業する時間帯も変わってくる。
ちょうど今の時間はOLや主婦が訪れる時間。初めての女性や常連の人が分単位で店に訪れた。
そして、皆がそろって口に出すホストの指名者がいる。

「バーナビーさん。そろそろ時間です」
「ええ。…ではマダム・リーフ。ごちそうさまでした」
「もうなのね。貴方との時間はいつも短いわ…ね、今夜空いてるかしら?」
「僕の心はいつもマダムのそばにいますよ。僕自身がいなくても、心はずっと貴女を寂しくさせませんよ」
「あら、うふふ…じゃあ今夜はしかたないわね」

きらびやかなアクセサリーに身を包んだ、しなやかな手にそっとキスを送る。
金糸に白い肌、すべての女性を射抜くそのエメラルドグリーンの瞳はマダム・リーフと名乗っている女性を見つめてから閉じた。


バーナビー・ブルックスJr.。ホストクラブ『エリス』で働くナンバーワンホストである。
整った顔は漫画で出てくる女性のイメージをそっくりそのまま受け継いだかのようなイケメンで、言葉遣いも、笑顔もみんなバーナビーの虜になっていく。指名しない人はいないという程『エリス』の看板ホストのバーナビーは、本日六七回目の指名者のもとに足を運んだのだった。








***







「お疲れ様!いやー今日も君たちの努力のおかげで助かったよ。じゃ、お給金ね」

店長が事務所からでてきて閉店した店内にホストを集める。従業員…キャストと呼ばれる人たちが店長の所に集った。当然、前の方にはナンバースリーまでの三人が陣取る形になってしまうが。

「バーナビー。君はやっぱりすごいよ。今日も一位独占、おめでと」
「ありがとうございます」
「デビットは惜しかった!次はバーナビーを越せる勢いでよろしくね」
「はい!ありがとうございます」
「ケインは接客が上手い。事実バーナビーより多く取っているが、もう一声がなかった。それはお給金から引かせてもらったよ」
「頑張ります」

それぞれに今日の反省点と次回の目標が店長から発せられていく。これはいつものこと。
気がいい店長のせいか、この人がいるとホストクラブだということを忘れてしまいそうだった。
封筒に入った現金をバックの中に入れて、バーナビーたちは店長に一言いってロッカールームに引っ込んだ。
自身に割り当てられたロッカーから服を引っ張り、スーツから私服に着替える。赤いライダージャケットにカーゴパンツ。自身の指にリングをはめて、バーナビーは再びシフトを確認する。

「バーナビーさん、お先にしつれいします!」
「お疲れ様でした」
「バーナビー、これからどうだ?」
「いえ…ちょっと家に帰ります。四時からまたはいってますので」
「そっか…バーナビーとケインはティアーズの子と仕事か…じゃあ俺は帰るよ。今日はジェシカさんに捕まっちまって飲みに誘われたんだがバーナビーもどうかと思ってな」
「はは、僕も実は誘われたんです。でも仕事あるし、断りました」
「そっか。じゃあな」

デビットがバーナビーに手を振ってドアを閉める。バーナビーも彼が出て行ったあと、店長にまた一声かけてからシルバーの街並みを歩き始めた。
深夜二時でもシュテルンビルトは明るい。ここは色街だけでなく色んなところが明るく街を照らしている。眠らない街・シュテルンビルト―――バーナビーが生まれ育った、煌く場所だ。
今から帰ってシャワーでも浴びる時間はある。ゴールドステージにそびえ立つ高級マンションに一人住んでるバーナビーは慣れた手つきでゴールドに続くモノレールに飛び乗った。













オートロックの自宅に帰ってきたバーナビーは、まず一番に写真に微笑む。そして、「ただいま」と口にするとそれをなでた。
そこに写っている彼の両親。バーナビーが幼い頃に事故でこの世を旅立っていたのだ。誕生日の日に、テーマパークに家族と行った帰り道…居眠り運転をしていた対向車のトラックが中央線を飛び出し、そのままブルックス一家の車にぶつかった。後ろの席に座っていたバーナビーはチャイルドシートに身を守られたが、彼の両親はボンネットごと潰され………。

―――バーナビーは考えるのをやめた。写真立てをテーブルに置き、シャワールームに引っ込む。両親を見るたびにあの時の事故を思い出してしまう。楽しい思い出はたくさんあるのに、事故のときがバーナビーの記憶を悲しいものにさせてしまう。
それを払拭するかのように、バーナビーは熱いシャワーを頭からかぶった。
仕事はまだ残っている。自分は人と接し、幸せを与えるナンバーワンホストのバーナビー・ブルックスJr.だと言い聞かせながら、浴びるだけのシャワーをあとにして大画面のスクリーンに映画を流す。
それは見ないまま乾かした髪を整えて、再びジャケットを羽織った。



時間は午前三時半。
バーナビーは裏口から店に入りロッカールームの扉を開ける。
そこには数人のキャストとケインがいて、バーナビーの姿を見ると「おはようございます!」と大きな声で挨拶を始めた。
ナンバーワンホストが優位。そんなホストクラブの常識をここもやっている。いくら年下が一の座を持っていても必ず敬語を使わなければいけない。しかしバーナビーは敬語が日常化しているせいか、ナンバーワンになっても取れることがなかった。それは店長もデビットも知っていて、彼の長所ととっている。

「今日は『ティアーズ』だけでしたよね?」
「いや、店長から『レヴィン』の奴らも訪れると言っていました」
「…そうですか、わかりました」

バーナビーは淡々とした反応を見せながら自身のロッカーをあけた。
『レヴィン』は、姉妹店『ティアーズ』の子に執拗なる虐めをしていることでホスト界では有名な店だ。表ではできないようなことを平気でやってのける。でもそれはキャバ嬢での間だけなのだ。お客には知られていないだろう。
バーナビーがあまり口を出さないのは、レヴィンの人気ナンバーワンキャバ嬢のジェシーリアにたいそう気に入られているから。長く艶めいたネイルで頬を触られ、紅くぽってりとした唇で鎖骨をなぞり、甘い声で耳元から喋る。
そんなジェシーリアを、他人からは羨ましいと眺められている。しかしバーナビーにとっては苦手の何者でもない。
猫なで声で言われてもバーナビーは堕ちないし、勃ちもしない。むしろ嫌悪感が半端ないのだ。ジェシーリアは悪くない娘だとバーナビーは思っている。だけどどうしても受け付けない。だから彼女には会いたくないと思っていた。
それが今日、今から、会うとなるとバーナビーは頭痛を覚える。しかし店長の申し出には断れないため、仕方ないと思いつつ、疲れた彼女たちのために店の扉を開け放った。

「バーナビー!今日は貴方がいてくれるのね!」
「ええ。ようこそ、『エリス』へ。案内して差し上げてください」
「はい。こちらです、レディ」

新人ホストが店内を次々と案内していく。ティアーズのナンバーワン、ロディは清楚に満ちあふれた空色のドレスでバーナビーに近づく。

「よかった、今日は私のところも新人嬢を連れてきたの。貴方がいて助かったわ」
「いえ、僕なんかが貴女の新人に触れたら困るでしょう?ただのしがないホストなのに」
「馬鹿ね。貴方の話は新人にもすでに知れ渡ってるわ」
「は?」
「姉妹店よ、こっちは。ナンバーワンを知らず者はいないの。―――……だけどバーナビー、気をつけて。レヴィンのジェシーは侮っちゃいけないわ」

琥珀色の瞳で牽制し、小声でそう話すロディは真顔だ。ストールで巻かれた肩を握り締め、何かを隠すようにした彼女はいつも笑顔で話す彼女ではなかった。バーナビーはロディの肩に視線を寄越したが、バーナビーの名前を呼ぶ艶やかな声で視線をずらさずを得なかった。

「バーナビー!会いたかったっ」
「ジェシーリアさん…」
「やぁん、ジェシーって呼んでっていつも言ってるじゃない!…あらロディもいたの?気づかなかったわ」
「ずっといたわ。…じゃあバーナビー、あとで指名するわね」
「ええ。では」

控えめに去っていくロディをケインに頼み、店の中に紛れていく。
その間にジェシーリアはバーナビーの腕に抱きつき、大きく空いた胸元を大胆にも摺り寄せる。

「今日はバーナビーだけ指名するわ…ねぇ、嬉しい?」
「ええ。ありがとうございます。ところでその胸元じゃたいそう寒かったでしょう?向こうでお湯割りでも作りますよ」
「ありがと♪バーナビーはやっぱり気が利くわねっ」

寒いのーあっためてーとやはり耳につく声で言われる。じゃあだったらそんなドレスなんか着てくるな!とバーナビーは本音を漏らしそうになったが、ここは自慢のスマイルでやり過ごし、まずは軽めに烏龍茶のお湯割りを作る。アルコールではないが、冷えた体にはもってこいなのだ。
ぐいっと飲み干したジェシーリアはバーナビーを横に座らせる。
そしてお決まりのスキンシップから始まるのだった。

「ねぇ〜バーナビー…」
「はい」
「貴方って出張しないのぉ?ここはしてるでしょ?デビットもケインも」
「しませんよ。僕はここにずっといるので」
「だって、出張してくれたら貴方にいくらでも払うのよ?あたしと二人きりになりたくないの?」
「今も二人きりですよ」

ハイボールをマドラーでくるりと回し、ジェシーリアの前に置く。それを彼女は一口飲み、バーナビーの目の前で己の唇を舐めまわす。それは誘いの仕草であるが、バーナビーはただ微笑むだけ。

「あたし、うまいの。バーナビーなんかイチコロよ?出張って、あたしの家でもしてくれると嬉しいなァ…」
「はは、気持ちはありがたく受け取っておきます」

え〜つまんな〜い、とジェシーリアは文句を垂れる。お前のテクニックは何度も聞いたようるさいな、とまた本音が出そうになったがまたしても極上のスマイルでそらしたバーナビー。ジェシーリアは運良く気づかなかった。
数十分ほど彼女の相手をしていると、そばによってきたキャストに呼ばれる。次の相手をしなくては、とバーナビーは自分に出されてた酒を飲み、「ごちそうさまでした」とジェシーリアに告げる。
彼女はバーナビーのジャケットを掴み、イヤイヤと首を振った。

「バーナビーはあたしのよ!次なんか行かないで…」
「ジェシーリアさん、すみません。決まりなんですよ、貴女だってそうでしょう?」
「…またきてよ、絶対よ」
「はい」

ナンバーワンであるが故、ジェシーリアもバーナビーの人気をわかっているのだろう。彼女も『レヴィン』の頂点に立つのだから仕方ない、だけど暇になったら来いと視線で訴える。
バーナビーはそんな彼女を尻目に、指名をしてきた次の嬢へと向かった。

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