兎虎小説2

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「おれ、バニーちゃんがすき」

虎徹さんは、まっすぐな瞳で僕を見つめた。




サクラという、虎徹さんの故郷に咲く花がゴールドステージに植えられていたらしい。彼はきらきらとした笑顔を僕に向けてくる。嬉しいんだな、かわいいな、とか思っている僕は、おかしいのだろうか?

中年のロートルヒーローと云われたワイルドタイガーと組んだ時は、正直やってらんないと思っていた。
しかし、彼が向ける僕への感情は、優しく、あたたかかった。僕がどれだけ突っぱねても彼は僕を構い、孤独にはさせなかった。両親がいたならば。こんな気持ちをもっと早く体験できていたはずだ。
ひとりで何もかも背負い、孤独を好み、ひとが行き交う幸せな場所はもう二度と拝めないとすら思っていた僕に、ワイルドタイガー…虎徹さんは迷わず手を差し伸べてきた。同情はいらない、僕に構うなと言わんばかりのあの頃の僕を、今すぐに叱ってやりたい。あたたかい、日だまりのような虎徹さんを、何故返していたのか。必死だったあの時の僕は、まわりの眼までしっかりと見えてなかったからに違いない。多分。


明るくて優しく、ときには父のように叱ってくれた虎徹さん。
彼は、僕と違った感情をずっと抱えていたらしい。すき。すきは、僕にとって家族愛のような感情しかない。恋愛なんてずいぶんとしていなかった。
だけど、虎徹さんは、僕を、そんな風に見て接していたのを知ると、なんだかやるせなかった。
どうして、家族愛じゃないんだろう、どうして僕をそんな目で見れるのだろう、どうして、どうして。――――今思えば、その感情は虎徹さんに対する嫌悪感だとのちに気づく。しかしばっさりと断れば虎徹さんはきっと泣いてしまう。明るい虎徹さんの顔から笑みが消え、僕に構ってくれなくなってしまうかもしれない。
そう考えると、断らなければいけないのに虎徹さんの顔色ばかり気にして、うまくは伝えられなかった。

「あの、お気持ちは嬉しいです、けど…。虎徹さんのこと、そういう風には見れないというか、恋愛対象としてはちょっと、……」

ああしまった。なんで僕は眉を寄せなければならないんだろう。もっと明るく、スマートに相手を傷つけない断り方だってあるだろう!虎徹さんとかいつまでもいい相棒としてやっていきたいのに――。

「…あ、はは…だっ、だよなー!!バニーちゃんは綺麗だしいっぱい女の人と付き合えるし、俺みたいなそういう奴とは付き合わないよな!、ごめん!変なこと言っちまって」
「あ、いえ…」
「…」
「…」
「…今日は、やめよっか。俺と行くのは、気持ち悪いだろ?」
「―――!ちが、」
「じゃあなバニーちゃん!明日、また、会社で!!」
「、虎徹さん!!」

案の定、虎徹さんは泣きそうな顔で僕から離れてしまった。今にも折れてしまいそうな細い脚で、僕から離れていく。華奢なその身体を、僕は追いかけられなくて…。
虎徹さんは人生一大の告白をしてきた。それは別に構わない。しかし相手が僕で、いつも顔を合わせているバディだから悪い。悪循環だ。そして…同性同士なんてともにいられるはずがない、と心の底から感じていた。
だけど、なんでだ。なんでこんなに胸が痛い…。ずきずきと疼く僕の心臓はその鼓動を早め、ぎゅうっとなにかに潰されたような感覚に陥る。待って、と伸ばした手を胸に持っていき、僕は廊下だというのにその場でしゃがみこんだ。

「虎徹さん…」

冷静になってから気づく。僕の言った言葉は僕の知らないうちに針のように尖った鋭いナイフで虎徹さんの心を傷つけてしまったんだと。そして、それはもう元には戻らないということ。

「虎徹さん…すみません、すみません……っ」

嫌悪感は、僕の心無い言葉をも侵食していった。










***








あのあと…僕はなにを思ったのか、ヒーローズバーへ行っていた。来やしない虎徹さんを待って、ただぐだぐだと酒を飲んでいた。
それから、うちに帰って、虎徹さんにメールを送ろうとしたけど、指が動かなかった。明日会社で会う。そのときに謝ろう。そしてしっかりとした説明をして、虎徹さんを泣かせないようにしよう。そう思った僕は、うちかけのメール画面を切ってベッドに入る。
まだ、胸が痛い。でも酒のせいか、妙な気分にまでなってしまう。
―――虎徹さんの泣き顔をもっと見たい。泣いてすがって、僕に寄る…褐色の、日系独特の香りは、、、―――



不意に、携帯が音楽を鳴らす。
僕は盛大に肩を揺らし、慌ててそれに出た。

『ハァイ、ハンサム!一杯やらない?』
「…ファイヤーエンブレムさん……」
『あら、もしかして寝てた?やだアタシったら…。添い寝しに行かなくちゃ!』
「や、あの、いいです。起きてました」
『え〜つまんなぁい』

不満げな声が通話口から聞こえる。彼女の声に、僕は落ち着きを戻してそこに誰がいるのか聞いてみる。

『アントンだけよ?タイガーにかけたんだけど、出ないのよ。お楽しみ中かしら?あのおじさんにもいいひとが見つかったのかもね』
「いいひと…」
『で、どう?来る?来ない?』
「…行きます。上等のロゼ、用意してくれたら」
『もちろんよ!ハンサム、待ってるわ』

ちゅっ。ファイヤーエンブレムさんの口づけを最後に通話はなくなり、僕はジャケットとブーツを履いて彼女の経営しているバーに向かった。
虎徹さんにもいいひと、か…。断られても女性のストックがいたことになる。お楽しみ中なんていい響きではないが、虎徹さんがいいなら、僕は口出しできない。バーに着くと、そこの店員に案内される。ここは彼女の経営だから僕が来ると言ってあったのだろう、なされるがまま着いていく。個部屋に通されると、すでにファイヤーエンブレムさんとロックバイソンさんはもう出来ていた。見た目ではわからいけど。

「ハンサム、いらっしゃい!」
「どうも」
「こんな時間に呼び出してすまねえな」
「いえ…やっぱり虎徹さんは来てませんね」

ちょっとは期待していた。ファイヤーエンブレムさんの冗談で、僕がここに来たら「じゃーん!俺もいるぞ!」ってふざけながら現れるのかなと。でも当の本人がいない。珍しい…やっぱりお楽しみ中なのかと、思った。

「はい、お高いロゼ」
「ありがとうございます」
「遠慮しないで飲んで。ここはアタシの奢りよ」
「じゃあ俺も飲もう」
「アンタは飲んだらお持ち帰りコースよ」
「うげっ!ひ、卑怯だぞ!バーナビーだけなんて」
「アタシは、ハンサムを慰めに呼んだの」

慰めとはどういうことだ?ピンク色のロゼを口に含み、香りを楽しんでいたときにファイヤーエンブレムさんがそう言った。

「ハンサム、アンタ本当はタイガーのこと、好きなんでしょ?」
「おい…それ…」
「…。まさか、そんなわけがない、」

虎徹さんは相棒で、僕の唯一のバディだ。お節介が本当の能力なんじゃないかって、いつも思ってしまうほど虎徹さんは僕に構ってきた。それが恋愛につながるなんて、どんなゲームだ。
心はずっと、虎徹さんとバディでありつづけたいと思っているだけ。そう、それだけなんだ。

「嘘つき。顔に書いてあるわよ。今日、タイガーとなにかあったでしょ」
「―――…」
「いいわ。何も言わなくて。わかってる、心は偽っても身体は本能のまま。ハンサムが認めるまでアタシはアドバイスしていくだけ」
「はあ…」
「バーナビー、虎徹にそれって…本当か?」
「…わかりません。僕は、断りましたので」

そう、わからない。虎徹さんは僕に対して愛情を持っていたから告白しただけで。奥底の想いを手繰り寄せることなく、僕はそれを断った。それでよかったのかも悪かったのかも決められない。
僕は、虎徹さんと今の関係が崩れるのが怖かったんだ。
ずっとバディのままで。ずっと、ともに、永遠に。死ぬまで。


しゅわりと口内で弾けるロゼは、僕の心のようだった。









***








ファイヤーエンブレムさんとロックバイソンさんと飲んでから数日。
その間から、虎徹さんは楽しそうに携帯を気にし出した。見た感じはいつもの通り。僕と話すし、出動だって出来てる。引きずってはいないようだが、あの日から変わったことがある。
会社と出動以外に、僕とともにしなくなったことだ。
必ずと言っていいほど、どっちかの家により、酒を酌み交わす。そして他愛もない話をして一夜を明かすことも、勤務時間中にくだらない話をふっかけてくることも、なくなってしまった。
僕はそれを最近は受け入れ、虎徹さん専用の焼酎だったりいろんなお酒だったり用意してきたのにそれがなくなったとなれば、僕の家にある酒はどうすればいいんだ?焼酎は僕には辛くて合わない。ビールだっておいしくない。なにより…一人なんて、さみしくて仕方がないじゃないか。
でもそれを言ってしまえば、虎徹さんは絶対気があると思って悲しませてしまう。それは絶対にいやだ。
僕らしく、スマートに誘うか?…それは、だめだ。
やはり正直に言おうか。
でもその前に、なんで虎徹さんが楽しそうで嬉しそうなのか聞きたかった。

「虎徹さん、最近嬉しそうですね」
「ん?うん、嬉しいよ」
「なにかいいことでもありました?」
「あったよー」
「僕にも教えてくれませんか、?」
「―――なんで?」
「、」

なんで?なんで、とはどういうことだ。
やけに冷たく放された虎徹さんからの言葉。ああ、僕はこういうときどうやって対処してたっけ―――。
震える唇が、冷えていく。言わなきゃ、早く何か言わなきゃ…。虎徹さんが機嫌を損ねてしまう前に、なにか、ナニカ。

「ご、ごめんなさい…!」

やっと紡げたのは謝罪の言葉。情けない、やっといえたのに。虎徹さんもびっくりしたように僕を見る。
耐え切れなくなった僕は、その場から立ち去る。とにかく虎徹さんに謝ってしまったのはいただけない。だから、虎徹さんが気にしなくなるまで、トレーニングかカフェでも寛ごう…。それが、いい。



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