兎虎小説2

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「不死、鳥…?」

虎徹は耳を疑った。ジルからそんな言葉が出たのは、虎徹にとって衝撃的で、ガラス張りで隔たれたジルにもう一度問うた。

「それ、…それは、本当なのか!?フェニックスなんて名前…!!」
「嘘は言わねえ。俺は知ってる。アマミヤは死なない高貴な、そんでもって甘くて妖艶な女だ」
「う、うそだ、」
「虎徹さん落ち着いて、」
「アマミヤは…友恵は優しくて、強くて、綺麗で、笑顔が似合う、ただの一般人だッ!!」
「虎徹さん!!あなたが失ってどうする!?あなたまで僕のようになるのはおかしい!しっかりしろワイルドタイガー!!」

バーナビーは荒ぶる虎徹の肩を掴み、必死にジルから離す。ジルはそんな虎徹を見、バーナビーを見てから憐れむような視線をよこした。
その目はワイルドタイガーをかわいそうに思っているのか今の姿を見てヒーローにあるまじき姿だと思ったのか、わからないが。

「ワイルドタイガー、お前はアマミヤに堕ちたな。恐ろしや、甘美な不死鳥は骨をも喰らう。そして、捕らえた獲物は逃がさない獰猛な鳥だ」
「俺は、俺は…ッ」
「ジルさん、僕等はこれで…!タイガーさんが危ない」
「わかったよ…。また来い。今度はもう少し大人になってからな」

ジルは何かを悟ったか、バーナビーに笑いかけ自身の腰を浮かせてここをあとにする。じゃらりと鳴ったジルの足枷の音に、バーナビーはほっと息をつき虎徹の方を見る。
さっきより落ち着いているが、瞳は今にも喰らいそうな虎の、鋭い瞳でジルの出て行った扉を睨みつけ拳をきつくしめている。握った爪は、白い。
バーナビーはそれを見て、己の手をそっと虎徹にかぶせた。

虎徹の方が深刻だと、バーナビーは思った。自身も避けられない問題だが、虎徹は人生の伴侶がウロボロスのメンバーで、最高の地位だと噂されている不死鳥――フェニックスだ。両親よりも深く関わっていたのにも関わらず本当に欲しい情報は何ひとつ得られない。
バーナビーは脱力している虎徹を引き寄せ、ただただ、言葉をかけることないまま肩を抱き寄せるしかなかった。言葉は、時には剣となって相手を傷つけてしまうから。









***








「虎徹さん。今日はこのまま帰ってください」
「…え?」

バーナビーが助手席でそう告げる。虎徹は信号待ちをしていて幸い運転中ではなかったが、このあとトレーニングルームに寄ろうとしていた矢先だった。虎徹はどうしてだ、とバーナビーに言う。

「まず、アマミヤの話を聞いてから虎徹さんは運転が荒い。このままでは事故が起きかねません。次に顔色が悪い。そうですよね、奥さんがウロボロスなんて聞いたらおかしいですもんね。そして最後に、」


「すごく、悲しい顔をしています。KOHでしょう?その顔では上司のかたや女史に迷惑だし仕事にも支障をきたします。お願いです虎徹さん。このまま、うちに帰って」
「バニー…」

心配とおせっかいが虎徹を襲う。バーナビーなりの気遣いだとわかると、虎徹はなんだか泣きたくなってきた。どうしようか、KOHでバーナビーの憧れだというのに、へたれてばっかりで困る。
虎徹は前をむいたままそう言ったバーナビーを見て、「わかったよ」と呟いた。ハンドルに力をこめて、アポロンメディアに向かう。


虎徹はバーナビーの言葉を飲み込んで、上司であるロイズに早退を申し出た。「今日はいいよ。仕事もそんなにないしね。しっかり休んでよ」とロイズから言われ、女史に挨拶をし、虎徹は社を出た。
ブレイクタイムのこの時間、虎徹は車に乗り、自身の家へ帰る。本当は、バーナビーも一緒にと思った。しかし地位の差か。バーナビーはメカニックで斎藤の助手。KOHといえどともに休めるほど優遇されるわけがない。
バーナビーだって実際ジルの話を聞いて奮起していた。両親を殺され、身寄りがないまま20年という孤独な生活を送ってきた。虎徹はアマミヤの話で荒ぶった自身を情けないと感じる。




お互い、人生をともに歩むはずだった大切なひとを失い、埋まっていた【幸せ】というピースを落とした。それは、とても大事な感情だというのに。
虎徹とバーナビー。二人は相手を思い、そして二人で埋め合う。一人じゃ【幸せ】なんて感じやしない、持てやしない。必死に、生きようとしている。綺麗事でこの人生を真っ当なんてできないのだ。










***









夜。
虎徹は早退し、早めに愛娘である楓に連絡を取って酒を煽っていた。
今日は早いね。うん、でもちゃんと仕事はしてきたよ。そっか、お仕事頑張ってよお父さん。うん、うん。頑張る。楓も、もう少し待ってて、必ず迎えに行くよ。わたし、待ってる。お父さん早く来て。
いつもより覇気がない顔をして電話をかけてしまったのか、楓に心配をさせてしまった。虎徹はなんとか明るく話し、おやすみのコールを告げて切った。

「やっぱだめか、」

いつから無視できなくなったのだろう。バーナビーが言ってきたから?ジルの話を聞いてから?…いいや、違う。
友恵が死んだ時からだった。
死を伴侶で知り、虎徹は最愛のひとに置いて行かれるのが怖かった。初恋で結婚なんて、そうそうあることじゃない。失敗も、失恋も、失うことすべて経験をしなかった虎徹にとって、友恵を亡くすということは初めてだった。
ひとはいつか死ぬ。ただ早いか遅いかだけだ。この話を、虎徹は兄の村正から聞いた。ヒーロー業を一時期休み、オリエンタルタウンに少し滞在していた虎徹は兄の酒場で酒に溺れ、ヒーローを辞めようと思っていたときに聞かされた虎徹は兄である村正に掴みかかった。
『俺だって死は覚悟していた!!』
視界が煙るのをこらえながら言ったはずだったが、村正の反応は至極冷静だった。
『死をわかっていないからおまえは酒を煽る。立派なダメ人間だな。楓がかわいそうだ』
―――強い、生きている瞳に睨まれた虎徹はただ黙るしかなかった。村正はそんな虎徹を見兼ねて、上等の酒を渡す。
『それを飲んだら楓に言え。悲しませない、幸せにするってな。できないなら弟失格、即縁切りだ』


我ながら肝の座った兄だった。うじうじと生きている虎徹に容赦ない叱咤を喰らわせ、オリエンタルタウンから追い出した村正。そんな兄を、虎徹は恨みながらも友恵の死を受け入れたつもりでシュテルンビルトに戻り、今まで生きてきた。

「バニー…」

メカニックの彼の名を呟く。バーナビーは虎徹と同じ境遇を辿ってきた、とは言えないがウロボロスに関わる人物だ。自分のどうしようもない気持ちを吐き出したとき、彼は虎徹に好きだと伝えた。弱っている時に言われてしまえば自分もそうだと思ってしまう。しかし、虎徹はそれでもよかった。
バーナビーに、彼が能力を使って自分を助けてくれた時から好きになっていたと伝えていたから。
同性愛は今時珍しくもないしシュテルンビルトでは結婚も認められている。その気になれば結婚だって今すぐにでもしてもいいと思っている。だが、今はウロボロスの情報がすぐ近くにあり、手を伸ばせば届かない距離でもないところまで知ってしまったため、そんなところまでは気が回らず互いを慰めあうしか出来ないでいる。
なにもかも終わってしまえば。虎徹とバーナビーは共に歩むことが出来る。
それまでの辛抱。すべてが終われば――――。

―――ビーッ、ビーッ!

「!どうした!?」
【やっと繋がった…!タイガー今すぐに来て!!事件よ。場所はブロンズステージ西、ヴァルス教会!】
「ブロンズ!?おいおい結構近いぞ!なんで気づかなかった…!」
【とにかくもうヒーロー全員集まってるわ!】
「なんで逮捕とか確保とかしねーんだよ?」
【ワイルドタイガー、あんたを指名してんの!もう、PDA切らないで!】
「切ってねえよっ」

ヴァルス教会―――虎徹の家からさほど離れていない場所に白人も黒人も関係のないオールラウンダーな教会だ。祈りを込めに来るひとはあとを絶たず、ひっそりと立ち構えながらも人気のある美しい教会。
そこに、虎徹を指名する犯人がいるとアニエスが言った。

「犯人はどんなやつだ?」
【女性よ。ロングヘアーの、少女かしら…邪魔で見えないわ、もう!!】
「少女〜?なんで俺に少女が…」
【知らないわよ。とにかく早く来て。教会が半分破壊されてるの!】
「へいへい」

トランスポーターが来るまで、虎徹は教会へ走っていく。バーナビーと斎藤ならすぐに来てくれるだろう。
しかし、犯人と謳われる少女は虎徹を待っているのだろうか…。KOHという面ならなんとでも理由は作れる。しかし鏑木・T・虎徹としてなら、理由はなくなってしまう。

ほどよくトランスポーターが虎徹のところに現れ、アンダースーツに着替えたあと、ライムグリーンと白を基調としたワイルドタイガースーツに纏われる。自分ちの近くならチェイサーはいらない。
走ってヒーローたちがいるところへ行くと、ロックバイソンに名を呼ばれた。

「虎徹…!早く来い!!」
「だっ!あまり本名呼ぶんじゃねえってバイソ、」
「お前友恵ちゃん死んだんじゃないのか…!?」
「―――え?」

なにを言っているのか。ロックバイソンの言葉をうまく飲み込めない虎徹は、半壊の教会に視線をやる。
がれきが崩れた衝撃で煙がたち、そこにいる人物の顔はよく見えない。しかし、アニエスの言った通りロングヘアーの女性だ。ふらふらとおぼつかない足取りでしきりに虎徹のヒーロー名を呼んでいる。

「バイソン、友恵のこと、なんで、」
「…よく見ろ、虎徹。半壊のなかのひとを!!」

ほかのヒーローにはわからない。ロックバイソンとワイルドタイガーの知り合いなのかもしれないという状況でうかつに出てはいけない。
ぶわりと風が流れた。






「タイガー…わたしの、ワイルドタイガー…――――」

「と、も  え」

虚ろな瞳の、不死鳥―――アマミヤトモエの姿を、虎徹は捕らえた。


続く


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