兎虎小説2

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しとしと。しとしと。
湿った雨は、なんだか今の俺の気持ちみたいで泣きたくなった。



俺は三日前に出会ったニアっていうバニーちゃんにそっくりなイケメンと関係を持っている。
蒼い瞳はやわらかくて綺麗な、俺を射抜くほどの力で。緩くあがる唇はとても気持ちがよかった。たまに見える赤い色のピアスは素朴だったけどよく栄えているのを覚えている。
汚く泣いてた俺に、初めて会ったニアは笑わないで俺にティッシュを渡して気遣ってくれたり、寄り添ってくれた。こんなしょぼくれた俺にだぞ?ティッシュなんて、どうして持っていたのか。どうしてほっといてくれなかったのか。
それはニアにしかわからない。
だけど桜が綺麗で、ちらちら降る花びらの下でおっさんが泣いていたら、俺は駆けつける。ニアもそんな気持ちだったのか、単に「邪魔だなあ」なんて思って俺に声をかけたのか。多分どっちかなんだろーな。

酒をあおって、セックスして。バニーちゃんに振られたからってニアとすんのはおかしいと思ったよ。でもニアは必死に俺を安心させようと行為に及んだんだって、わかる。身体だけの関係なんて、気持ちがないように感じて俺は嫌いだ。
だけどニアは、俺を想って、そう、やったんだと。
実際奥まで突き入れられてゴリゴリと抉られて、気持ちいいってレベルじゃなかった。よすぎて吹っ飛んじまうくらいニアのものが俺の中に何度も何度も入っていった。ケツでイっちまった俺は、どうすることも出来なくて、枯れた低い声を出したくなくて拒んでたら、ニアが「声が聞きたい」とせがんできた。馬鹿じゃねえの?って。おっさんの喘ぐ声なんて気持ち悪ぃしだいたい排泄器官でセックスなんて気持ちいいわけないだろって思ってたくらいだったけど、俺よく考えたらバニーちゃんオカズにして指入れてたし、お、大人の玩具だって使ったことだってある。
考えてることとやってること違うなって。
ガチガチと鳴る歯を、ニアは指で抑えて、そこから肉厚の舌が俺の中をまさぐる。俺の名前を、せつなく呼んでくるのは勘弁願いたかった。

バーナビー・ブルックスJr.の顔してるのに、視覚的にきつかったから…さ。

上も下もぐちゃぐちゃで、互いになにかを欲するように満たしていって。
気づいたら朝だった。
そう、朝だったんだよ…。いつ寝たのかまったくわかんなくてさわやかなニアの香水の香りが部屋全体に充満してて恥ずかしかった。
―――まさか一晩過ごすなんて、俺的にやばくね?会って初日だぞ?悪酔いする俺のせいでもあるけど、ニアが出した酒は酎ハイで、全然酔わなくてシラフでヤったのに寝るってどういうこと?
って、思ってたらニアが来て。

「おはよ、よく寝れた?」

なんて聞いてきたんだよ。俺は目覚めスッキリするほうだから素直に頷いたらよ、ニアは安心したような顔で俺の目元を触ってきた。

「うん、ほんとだ。…昨日はごめん。無理させたね」
「…ばか、心配すんな」

うおおおお!!俺なんて声出してんだ!?ばか、なんてどこの可愛い彼女のいうせりふだよ!って。らしくもなく、顔が熱くなってくるのがわかった。
ニアはそんな俺の反応を見て笑う。それがなんだか友恵と過ごした幸せな時間と似ていて俺は嬉しくなったんだ。

アドレスと番号を交換して、洗ってあった俺の服をニアは差し出す。「電話でもメールでもいい。俺にちょうだい」と、嬉しそうに期待を寄せてきた男は俺の唇にひとつ贈る。仕事だろと返せば撮影なんてあっという間に終わっちまうんだと。俺は市民を守るヒーローだから頻繁にメールなんて送れないと伝えると、

「一日一回でもいいんだ。コテツから来るのが嬉しいから俺はいくらでも待つ。声も聞きたいしね」

だとよ。イケメンがクサイせりふ言っても様になるから困るんだ。だから俺は一回ならいいってついむくれて言ってしまう。
ニアが俺をゴールドの桜の樹の下まで送ると、「じゃあまた」と言って帰る。
それが三日続くと自然に俺がニアのうちまで勝手に行くまでになった。
関係を持ったからじゃない。俺が純粋に、ニアを好きだからだ。バニーちゃんに似てるからでもない。彼はニア・ヘイゼル。バーナビー・ブルックスJr.じゃない。ニアはニアだ。それだけは言える。







今日も仕事と事件を終わって、ニアにメールを送る。うちに行っていいか?って。そしたらすぐに返事が返ってくる。
待ってる。今日は一緒にご飯を食べよう!とな。
それを見た俺は嬉しくなる。
たとえバニーちゃんが見ていても、俺は文字が刻まれたメール画面に釘付けだったんだ。
バニーちゃんが嫌いになったわけじゃない。大胆に告白して受け入れられないのは世界中の誰もが経験してること。俺だって見ていてわかってるし、体験もした。ただ友恵という初恋の人と結ばれて振られるということを今まで体験してなかった、それだけ。だから断られてもバニーちゃんと接しようと頑張ってるし、ぎくしゃくだってしてない。
だけどひとつ変わったのがあるんだ。
それは俺がプライベートの話をしなくなって、バニーちゃんのうちに上がり込まなくなったこと。
告白する前は、互いの家を行き来したり、そこで一緒に酒を飲んで語って、稀に寝て帰ってっていうことをしてた。それが一気になくなって、バニーちゃんは困っているか、嬉しいと感じてるのか。それは俺にはわからない。ジェイクのように心なんて読めないからな。

最近嬉しそうにしてる俺を変に感じただろう、バニーちゃんは小さめに俺に聞いてきた。

「虎徹さん、最近嬉しそうですね」
「ん?うん、嬉しいよ」
「なにかいいことでもありました?」
「あったよー」
「僕にも教えてくれませんか、?」
「―――なんで?」
「、」

あ、しまった。
なんで、なんて言わないつもりだったのに。軽く、ニアのことを隠しながら言おうとしたのに。返した言葉と俺の声は冷たかった。バニーちゃんの顔が、瞳が、狼狽える。

「ご、ごめんなさい…!」

バニーちゃんは無理矢理作った顔で俺に謝ってきて、そしてオフィスを出る。
―――待って、待ってよバニーちゃん!そんな泣きそうな顔しないでよ!!俺はこんなこと言うつもりじゃなかった。ニアとバニーちゃんは違う、二人をしっかり区別して接してるのにバニーちゃんを赤の他人のような感じで言ってしまった。

「お、俺トイレ行ってきます!!」
「わかったわよ、早く行きなさい」

経理のおばちゃんは俺を見もしないで言う。俺はトイレなんて嘘をついてバニーちゃんを追っかけた。
バニーちゃんはコンパスが長くて速度も早い。だからほんの数秒でも俺は見失ってしまった。ハンチング帽で顔を隠して、息を吐く。そしたらじわりと目が揺れる。どうして泣くんだ、俺!

「泣くな、泣くな、…泣くな……っ」

遠ざかっていく大好きなバニーちゃん。大好きでずっと一緒にいたくて離れたくないのに距離が離れていく。それはどうしてか。
俺自身がバニーちゃんから離れているからだ。ニアという最高の場所を勝手に見つけて、俺がそこに居座る。それを知らないバニーちゃんは歩いてもいないのに離れていく。心が、身体が、徐々に。そうして身を守っている俺は大馬鹿者なんだ。

「…くそっ…!」










***









結局バニーちゃんと会うことなく定時を終えて、ニアの家まで来てしまった。
あのあとちょっぴり泣いてしまった俺は、ハンチング帽で隠しながら仕事をやり過ごした。バニーちゃんはそのまま雑誌の取材に行っちまったらしく、俺とも連絡をしなかった。直帰したか、俺が帰ったのを見計らってオフィスに戻ってきたのか…。どうでもいいってわけじゃないけど、バニーちゃんに聞くのをつい躊躇ってしまう。
インターホンを鳴らすと、帰ってきてたニアに迎えられた。

「コテツ、おかえり」
「…うん、ただいま」
「コテツ…またなにかあっただろ」
「…」

聞いて欲しくない。けど、俺はニアにすがった。玄関でニアに抱きついて、軽くキス。

「お腹すいた。早く行こう?」
「…コテツ、」
「何も聞くな」
「――…わかった。砕けてもいいから、気が向いたら話してよ」
「…ん」

差し出されたスリッパを履いてリビングへ行く。そこにはすでにニアの手で作られた料理の数々が鎮座していた。
食ってる最中でも沈んでたらせっかく作ってくれたニアに悪い気がしてならない。俺は腹が減ってるのを理由にニアをせかして椅子に座らせ、目の前にあったパスタを頬張る。
…うまかった。

「うめえ…」
「そう?普通に作ったんだけど」
「お前ほんとになんでも出来んのな…!」
「楽しいし、作ると食べてくれる人の笑顔が出したくてついレパートリーが増えてくんだ。ほら、今食べてるアスパラとベーコンのカルボナーラだって、」
「うおっ!?」
「半熟の卵が乗ればまた一味違う」

ニアはどこからか出した卵を乗せて潰す。それを巻いて俺の口まで運んできたからとっさに食べるとまた違うおいしさが口の中を走った。
なんだろう。モデルで人気なニアが料理でもすごいなんて。
バニーちゃんも、なんでもできたんだっけ。爆弾解除出来るし、運動神経もいい。酒の名称も知っていておしゃれで、気前よくて、優しい――――。







「コテツ…、泣かないでよ」
「泣いてなんか…いない…っ」
「俺なんかした?おいしくなかった?ねえ、」
「ふぇ…っ、えぐ…ぅ、ぇ、、」

最近、泣いてばっかりだ。ほんと、情けない。声だって抑えることが出来ないし、せっかく作ってくれたニアの料理に俺の涙が入ってしまう。いっちょまえに気張ろうとした結果がこれかよ…。
引きずるのもいい加減にしろよ、鏑木虎徹!

「コテツ、ベッド行こう」
「ニア…?」
「…俺は泣いてるコテツなんか見たくない。ほかのことで泣いてるなら俺が慰める。おじさんがなんだ、俺だっておじさんだ。だから、また忘れたいなら俺を使え。泣くなら思い切り泣けばいい。セックスして気が散るのならそれでいい。ねえコテツ。あなたならどうしたい?」
「ニア…。―――おれ、俺はお前がほしい、空っぽなんだ。なにもかも、俺のせいで。傲慢な俺を、お前で満たしてほしい」
「…虎徹」

ニアが初めて、しっかりとしたイントネーションで俺の名を呼んだ。
名前には不思議な力があるって母ちゃんが言っていたけど、それはあながち間違いじゃなかった。
「虎徹さん」と呼んでくれるバニーちゃんにいつも満たされていた。虎徹さんと甘い声で囁くバニーちゃんに、俺は段々と惹かれていって。ニアも自覚がなかれど、そう呼んでくれたことに嬉しさを感じた。
いつまでも続いてくれたらいい。そう思うのは勝手なんだろうか。
ニアへの心が膨れていくのも、勝手にだと信じたい。
でもやっぱりバニーちゃんが好きなんだ。
優柔不断な俺は、今の嬉しさをずっと感じていたいと思った。



そう、ずっと。いつまでも。


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