MAIN2

□邪魔はさせない
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『分りました、では明日…楽しみにしていますね』



パタンと音を立て携帯を閉じ、ベッドに寝転ぶ。
実家とは質の違う硬いベッドは、衝撃を吸収し切らず思わず息が詰まる。
掛け布団を掻き寄せ、ぎゅっと抱きつく。
今先ほど電話で約束を交わしたのは、大切で愛しい恋人だ。
声を聞くだけで疲れは癒え、顔を合わせれば鼓動が高鳴る。

現に今だって、通話を終えたというのに幸福感が残っている。



「はあ―…」


どこの恋する乙女だと笑われそうだが、本当にそんな状態だ。

いつまでも親の保護下にいたくなくて、自分自身の力量が知りたくて
無理を言って両親を説得し、独り暮らしをはじめた。
アルバイトすら禄に出来なくて、結局は親の援助を受けてしまう自分が情けなかった。
落ち込んで荒れていた情けない自分、そんな状況に嘲笑していた時に出会ったのが…


今恋人でもあるセバスチャンだ。
新しく始めたバイト先で働いていたセバスチャンは、他の上司と違い丁寧に仕事を教えてくれたし。
他の誰も言ってはくれなかった、シエル自身のダメな所も指摘してくれたのだ。
後から聞いた話、普通は分る常識的な事だったらしく
だからこそ、誰も指摘すらしなかったらしい…。


まあ、そんな初めて優しく接し時折厳しくしてくれたセバスチャンに
気付けば想いを寄せていたワケだ。
18になったばかりの子供で、セバスチャンからしてみれば社会を舐めていたような奴だ。
この今のポジションを手に入れるのに、どれ程苦労したか。
その辺りは割愛するとして、今こうして恋人となれた事に感謝する。


…だが



「アイツ等、絶対邪魔するつもりだろうな」


思い出したら苛々してきた。
アイツ等とは、セバスチャンに想いを寄せ
今シエルという彼氏が出来ても、諦めない所謂お邪魔虫な男共だ。
どれだけ内密に事を進めようとも、どうやってか知らないが前回りしている。
そんな事とは知らないセバスチャンは、そんなアイツ等に構ってやるものだから俺の機嫌は地に堕ちる。

ああ、本当可愛くて美人で愛しくて…時折その鈍感さにイラっときてヒドくしたくなってしまう。




「ああ、いかん…とりあえず明日の予定を」



取り出したパンフレットを見つめ、完璧な計画を立てる。
ここで完璧さを魅せる(誤字ではない)のも、男としての願望だ。
なんとしてでも、無事デートを楽しい思い出で終わらせる!


















「……」


シエルが待ち合わせ場所に来たのは、約束した時間の1時間前。
計画に計画を重ね、気づけば朝方に近づいていたのにハッとし
ほんの2、3時間睡眠をとり、今ここにいる。
流石に睡眠を取らず、酷い顔でセバスチャンとのデートはイヤだ。
そんな思い出数時間程眠り、朝慌てて起き準備をしていた…時計が早いのに気づかず。


朝食も抜いてしまった事だし、時間に余裕もあるとコンビニへと足を進める。
適当にサンドイッチと紅茶を買い、ゴミが邪魔になるからとさっさと食べゴミ箱に投げ入れる。



「せ、セバスチャン…?」


まだ時間があるが…と、待ち合わせ場所に向かえばそこにはセバスチャンがいた。
慌てて時計を確認するが、時間までまだ40分はある。
確かにセバスチャンは約束した時間5分前に行けば、既にいる事が当たり前だった。
待たせたかと聞けば、さっき来たといつも…


もしかしなくても、こうして30分以上早く来ていたのではないかと思うと…
その言葉を疑わず、平然としていた自分を殴りたくなった。
そんな場合ではないと、足早にセバスチャンの元へ行く。




「セバスチャン」


「あ、おはようございます。シエル…今日はどうされたんですか?随分早くに…」


「いや、その…今日が楽しみで早く目が覚めたんだ」



時計を見間違えたなど、格好悪くて言えるわけがない。
そんなシエルに、セバスチャンは嬉しそうに笑い自分もだと告げた。
自分とのデートを楽しみにしてくれていたという事実に、シエルは気分が一気に上がる。
勿論ニヤけたりなどせず、外面はいつも通りだ。

予定より早くはなったが、少し早めのバスに乗り込む。
平日の朝早くとはいっても、通勤通学とはずれた時間で席にはすんなりと座れた。
セバスチャンはいつもと違い落ち着きがなく、本当に楽しみにしてくれていたのだと分かり
シエルも嬉しくなる。
ふとバスの外の景色に視線を向ければ、一瞬だけ見えた不穏なモノが…。



「シエル?」


「あ、ああ…いや、なんでもない」


固まったシエルに、どうしたのかと声を掛ければ
ハッとしたように笑みを浮かべ、頭を振る。
一瞬見えたそれは、嫌に目立つ赤い色
あのカマ野郎に間違いはない、その隣にいたビシっと緩みもない身だしなみのスーツの男。
あれもカマ野郎…グレルと同僚の、ウィリアムに違いない。
何だかんだと如何にも尤もらしい事を良いながらも、所詮は恋路を邪魔する男
自分勝手な事を言っている、馬に蹴られてしまえと思ったのは一度や二度ではない。
しかしあの二人を目撃したとなれば、間違いなく今日のデートはバレている。



「…チッ」


セバスチャンに聞こえない程度に、舌打ちをする。
行き先を誤魔化す為に、色んな所に予約を入れたというのに…。
そわそわしていたセバスチャンは、あ。と声を出す。
どうしたのかと思考を振り払い、愛しい恋人を見遣る。
その手にはシエルと色違いでお揃いのケータイ
シエルの視線に気づいたセバスチャンは、メールの画面を見せてきた。
見てもいい内容なのだろうと、覗き込み思わず片眉が上がる。
俯き加減な為、幸いセバスチャンには気づかれてはいない。




『セバスチャン、今日はあの男とのお出掛けとの事で…何を偶然か、私も仕事でその遊園地に行く事になっているので、もしかしたら偶然巡り会うかもしれませんね』


これだけでは、分からないと思う。
実際はハートやら頬を染める絵文字など使われ、正直目が痛いピンクだ。
それを送った奴が男である上、よく知る相手でもありシエルは嘔吐感が込み上げる。



「アッシュさん、私が指定休を取った時にどこに行くか聞いてきたんですよ」


サービス券とか貰っちゃいました、良かったですねシエル
なんて、可愛らしい事この上ないが。
あのアッシュだ、邪魔者の一人だ…
仕事だと言っているが、どうせセバスチャンに聞いた後に入れた仕事に間違いない。

しかし参った。
いくら自分が気をつけていようと、この恋人に探りを入れられたらバレてしまうではないか。

グレルとウィリアムは、セバスチャンの仕事の一つである某会社の事務所仲間だ…少し違う部署らしいが。
そしてアッシュ、アレはセバスチャンの仕事の一つのレストランで働いている皿洗いだ。
そこの系列に確かにあの遊園地も入っていた、しまった…そこまで調べていなかった。

花を飛ばしているセバスチャンに癒されつつも、あの三人をどうしてくれようかと計画を立て直す。
こんなに早くバレるとは計算外だった。


「セバスチャン」


「え、あ…はい」


「今日は二人でいっぱい思い出を作るぞ」


「…はい」


ぎゅっと両手を握り、甘く囁きかければ真っ赤になって頷いた。
ああ、本当可愛らしい事この上ない。
二人で思い出を作ろうと念を押しておいたのだ、いくらあいつ等が来ようとそう簡単にはいかせない。
セバスチャンとて、シエルが好きでたまらないのだ。

これは自惚れではなく、事実だ!





バスの運転手は、なにやら同性のカップルが気になるが
明らかに片方が出すオーラが怖く、見る事すら出来なかった。





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