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□包み込む温もり
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どんなに取り繕うとも、所詮それは紛い物でしかない。
ほんの少し前まで、幸せな世界で生きていて
それを全て失った上に、死んだ方がマシとも思えるような屈辱を味わう。

どんなに強がろうとも、内側はそう簡単にはいかないものだ




「…?」


セバスチャンは朝の仕込みをしている最中だったが、ほんの僅かの物音に気づく。
それはつい最近自分と契約を交わし、主人となった子供の部屋だった。
乱れた気の流れに、思わず溜息を零しそうになる。

あの場所でされてきた行為を考えても、まあ当然の反応かもしれない。
望んだ事は暗くドロリとした感情を持ったもので、それらを作り出したあの場の人間を全て殺せと命じたとしても…
所詮はまだ子供なのだと、改めて考える。





「坊ちゃん?」


シエルの自室に入るのに、返事はないとは思いつつノックをする。
こういう場合は仕方ないのだと思いながら、静かに室内に入る。
身には大きすぎるベットの上で、シーツを被っている。
そっと近づけば、魘されているのに気づき手を伸ばす。
シーツを少し下げれば、汗ばんだ頬に髪が張り付いていた。


…一度身体を拭いて、お召し物も変えた方が良さそうですね。

そう思い、身体に手を触れた瞬間


「っ!!」


「…」


ガバリと身を起こし、枕のある方へ素早く身を下げた。
枕の下には護身用の銃が隠されており、それを震える手でセバスチャンに向けて構えていた。
震える手は怯えを表し、その瞳は虚ろだった。


「坊ちゃん」


だが銃を構えられていようと気にした様子もなく、優しげな手つきで銃を下ろさせる。
そっと小さなその身体を抱きしめてやれば、一瞬ビクリと大きく震えたが暴れる様子もない。

過去何度かこういう状態の人間に会った事もあり、大体が抱きしめれば落ち着くのだという光景を見てきた。
どうやらシエルもそれだったらしく、震えも小さくなりギュッとセバスチャンの服を握ってきた。
ベットの上に乗り上げるのはどうかと思ったが、今大きく動かすのも…


「失礼致します」


ベットに乗り上げ、その小さな身体を抱きしめてやれば服を握る手に力が篭る。
優しく背を撫でれば、荒かった呼吸は落ち着きを取り戻す。
いつの間にか服を掴んでいた手は背に回っていて、抱きしめられていた。
暗い部屋の中で、温もりをくれる存在が今は必要なのだろう…
普段のシエルであれば、このような事はない。

…いつかこの事を、正気の時にからかいのネタにしようかとも思ったが面倒な事になりそうなので止めておく。



「今貴方は何処にいますか?檻の中ではなく、ご自身のベットの上ですよ」


語り掛けるように話しかければ、虚ろな瞳は不安げに辺りを見回す。



「…セバスチャン」


「はい」


「何処にも行くな」


離さないとばかりに、背に回された腕に力を込める。
苦笑しながらも、セバスチャンはシエルのしたいようにさせていた。
顔を埋めていた胸に、グリグリと頭を押し付けてくる様はまさに子供だ。

悪魔で、男性体だというのに何かが擽られる。
…これが所謂母性本能というようなものなのでしょうか?



「……?」


再び顔を埋めたシエルだったが、その呼吸音に思わず首を傾げる。
吐く量より、明らかに吸う量が多い…
別に過呼吸という訳ではなさそうだが、だがそうだったらと覗き込むが
その表情は酷く安らかなもので、その心配は杞憂だったのだと息をつく。



「朝までこの状態なのでしょうか」


抱きしめられたまま、抱きしめて背を撫でる状態なのだが…
朝起きた、いや…起こした時のシエルの反応を見てからかうのも面白いかもしれない。
別に朝食の準備は殆ど終わってしまっているし、この様子では離してもらえそうにない。
多少朝食の時間が遅れてしまうのも、仕方のないことだろう。



予定がずれるのは好ましくはないが…









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