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□Once Again
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今日は一件程、客の訪問が入っている以外特に急ぐ仕事もない為
ヴィンセントはレイチェルとの婚約の件での、予定をたてようと思っていた。
先程到着した客人はトイレへと席を外しており、案内はタナカ以外の使用人に任せていた


「ん…?」


陶器の割れる音に、思わず顔を上げる。
控えていたタナカに視線をやれば、言わずとも分かっていた為にすぐに部屋を出ようとし…

メイドの怒声に思わず二人は改めて、何事かと思う。






「一体何なんだ!メイドのくせに私に説教などっ」


「例えお客様であろうと、許されざる事がございます!貴方は一番されてはいけない事をなされたのですよ!?」


白熱した二人にタナカは咳払いをし、止めに入る。
メイドはすぐ様頭を下げ客人である男との会話を止めるが、男はそうではない。
非礼をしたメイドをどうにかしてもらいたいのもあれば、別の願いが男にはあったのだ。


「一体何事ですか」

見たら理解出来たが、敢えて問う。
タナカの見た状況といえば、シャツ一枚のセバスチャン
今日も猫の彼は、今朝着せたシャツ以外は脱いでしまったようだった。
いつも脱いだとしても乱れないのが、シャツは異様にシワになり髪もボサボサ…
ついでに客人である男も、引っかき傷やら服装が乱れていた。

セバスチャンが屋敷に来てからというもの、その気がない者であっても魅了する。
だから元々その気がある者にとっては堪らないのだろう、たまにこうして理性薄い愚か者が出るのだ。
タナカは内心溜め息を吐くが、当然それを感じさせる事はない。

客人である男の幸先を思い、ただご愁傷様とだけ…言っておく。



「んー…これは…」


この場にいる三人以外の声に、メイドと男がハッとし声のした方へと視線を向ける。

男はヴィンセントを見て、身震いする。
柔らかい物腰と、人受けする笑顔で有名であるのだが…
今のヴィンセントは笑顔に違いはないが、いつもと違いどこか恐怖を感じさせるものだった。
それこそ裏の噂の、例のファントムハイヴ家としてのそのもので―…
例えそれがなかったのだとしても、ここまで名を知れ渡す男がただの優男な訳がなかったのだ。
男は今更ながらに自分の犯した過ちを思い返し、血の気が引いた。









洗えば洗う程に、ファントムハイヴの敵は多いものだ。
決してそれらはゼロになる事はないが、それでも少なくする事は出来る。
そして減らした上に、手を出そうという気を起させないようにしなければならない。

油断すれば待っているのは、幸せとはほど遠いものとなる
女王の番犬として、色々な命を手に掛けてきたヴィンセントが幸せなどとは―…と
思う者は多い事だろう、だがそれでも…



敵を挙げてみれば結構少ないもので、影響が大きい相手さえどうにかすればいいだけの話しだ。
目の前の男もその端の一人であり、今回の訪問で特に問題はなかった為見逃そうと思っていた。
男は小心で、他のファントムハイヴの敵であり男の仲間である者が原因不明の事故などがあれば
あっさりとヴィンセントから関わろうとする気は、なくなるだろう。


だが


今日男はヴィンセントにとって、最も大切であり手を出してはいけない事に触れてしまった。
笑顔を浮かべる事は出来ても、目線の冷たさは誤魔化す気は更々なかった。



「さて、もう貴方にはこの後の談話がどういうものか理解出来たんじゃないですかね?」



「あ…あ、まっ…知らなかったんだ!」



「貴方は子供ではないのですから、そのような言い訳がどれだけ意味をなさないものか分っているでしょう」


ニッコリ笑って、ヴィンセントは男をタナカに連れて行くように目で命じる。
その喚き散らす見苦しい男を、ヴィンセントだけでなくメイドも既に視界から消していた。
部屋から連れ出す際に、メイドも空気を読み一枚の清潔なシーツを手渡すと部屋を出ていく。

シーツを手に床に座り込んだままのセバスチャンの元へいくと、そっとそれで包み込むように抱き締める。


「う…ぁ」


「怖かったね、セバスチャン」



震えて座り込んでいたセバスチャンは、シーツに包まれるとビクリと身体を揺らす。
その相手がヴィンセントだと理解すると、おずおずと両手を伸ばしてきた。
左手がヴィンセントに回る事はないのだが、そこまで理解はしていないのだろう。
ただ己の欲求のみをぶつけてくる相手を、セバスチャンは嫌悪しているのだろう。
過去に様々な人間の手に渡り、好きなように扱われてきた事はどことなく解るらしく…
こうしたヴィンセント等といった、本当にセバスチャンを想っている相手にしか懐かない。



「私が守りぬいて見せるよ、その為の箱庭だって作って見せよう」



守る人間は多いに越した事はないが、だからと言って誰でもいい訳ではない。
人間誰しも弱さを持っているものだ、そこに付け込まれ裏切られても困る…。
使用人が少ないのも、元々セバスチャンが関わる前からそういった考えがあったからだが…
今になって、最良の選択だったのだと自覚する。
先程のメイドとして雇っている女性とて、絶対の忠誠を誓うほどの過去とヴィンセントとの関わりがあるからで
彼女は命令せずとも、セバスチャンを守ろうとするだろう…先程のようにあくまで非力なフリをしたりと方法は様々だが。




「おやすみ、今は寝ておいで。傍にいるから」


ホッとしたように目を閉じたセバスチャンを抱き抱え、寝室へと横抱きにして運ぶ。
全てを狂わすほどの色香や妖艶さを持つのも、こういった時には不利だなと頭の端で考える。



「ディーデリヒも、そうだったか」


あのお固い男も、既にセバスチャンの虜だった。
本人は否定するだろうが…。



どれだけの人間を魅了するのだろうか―…







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