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□Once Again
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昨夜は珍しくも真っ赤になったセバスチャンを見れた事もあり、ヴィンセントはとても上機嫌だった。
気絶するように寝てしまったセバスチャンは、今朝には『彼』ではなくなってしまっていたのだが…
それでもセバスチャンには変わりはないのだから、大した事でもない。

ただ今朝の彼にとっては、何故腰が痛いのかそういった原因は分らないのだろう
そう思うと申し訳ないと思いながらも、笑ってしまうのだが…。




「ん?」



ふと窓の外を眺め、今思い描いていた相手がいるのに気付く。
日向が心地いいのか、気持ち良さそうに庭に寝転がっていた。
シンプルな白いシャツと、黒のスラックス姿…だが履かせたはずの靴は近くに投げられていた。
丸くなっている様はまさに『猫』だといえるのだろう。
『彼』ももう一人の彼も、寝るときは決まって直立不動というか…苦しくないのだろうかと疑問に思うような寝方だったものだから

ふとそこでタナカに一声掛け、ヴィンセントは踵を返す。


今日は大分外の空気も温かいし、風も弱い…丁度いいじゃないか。




パチリと目を開けたセバスチャンの視界に入るのは、ふわふわと柔らかそうな毛並み。
何故かそれを見ていると、心があたたかくて嬉しくて愛しく思えてくる。
そこでその毛並みが動き、セバスチャンに擦り寄ってくる。
気持ち良さに目を細めその感触を楽しんでいると、どうやらそれは一つではないようで…
状況判断の為に怠慢な動きで、首を動かしそこで主人の姿が目に入った。
小さなお洒落なテーブルと、椅子…そこに座る主人であるヴィンセントは此方を見て微笑ましそうに笑みを浮かべる。
傍にはタナカが控えており、ヴィンセントの手には書類、テーブルの上にはティーカップ。



「よく眠れたかい?セバスチャン…沢山の猫のお友達に囲まれて温かそうだね」


「…」


ねこ。
ふわふわの毛並みは、どうやら猫らしい。
セバスチャンは目の前の黒い毛並みの、猫の腹に顔を埋める。
しあわせ、猫がいて傍にヴィンセントがいて…。



猫と戯れるセバスチャンを見て、ヴィンセントは頬が緩むのが分る。
仕事を方手間にお茶をしながら、愛しいセバスチャンを見守る。
なんという我侭で、至福な事だろう。


「セバスチャンも気持ち良さそうで何よりですね」


「そうだろう、部屋に篭っているより、こっちの方が仕事も捗るよ」



タナカとしても、セバスチャが来てからのヴィンセントの様子には嬉しかった。
いつも何処か独りの雰囲気で、ファントムハイヴとして生きるからには仕方のない事だとは思っているし理解はしている。
けれども世話をさせてもらう身としては、やはり幸せになってもらいたいと常々思っていた
様々な変化の元であるセバスチャンを、タナカは好ましく思っていた。

猫の毛を堪能したり、肉球をぷにぷにとして遊ぶセバスチャン
そのセバスチャンを見て嬉しそうにしているヴィンセント。



「とてもいい日ですね」


「うん」


穏やかなこんな日々が、ずっと続けばいいと思う。
そう願うのは、誰だって同じだろう。
女王の番犬としての立場上、それすら難しいかもしれないが
だからこそ、一日を、時間を大切に思う。
昔とは違い、今はヴィンセントにとって大切な存在であるセバスチャンがいる。
自分が死ぬ事は出来ない、守るべき者が出来たから…。



「人は守るモノがあると弱くなると言う人もいるけれど、私は逆だと思うんだよ」


「そうですね、私もそう思いますよ」


「だろう」



タナカとヴィンセントは互いに小さく笑い、再び寝る体勢になったセバスチャンを見守るように見つめていた。





ほんの数週間後にはレイチェルとの婚約発表も控えており、さらに忙しくなるだろう
だがその先にはレイチェルという理解者も出来、今以上にこの屋敷は温かくなると思う。
決してセバスチャンにとって、マイナスになる事はしたくはないのだ。

ヴィンセントの頭の中では、目先の事だけでなく先の幸せまでずっとあって欲しいと願うものだ。
まずはその為にも、目の前の事が出来なければ意味がないのだ。



「タナカ」


「はい、何でございましょう」


「そろそろ身辺を片付けておこうと思うんだ」


和やかな雰囲気で、笑顔を浮かべたままの会話。
普通であれば、特に気にしないものであっても
今の会話はとても血なまぐさいものであり、平和とは程遠いものだった。
だがタナカのほうも、いつもと同じ笑顔を浮かべたままただ一言『分りました』とだけ述べた。

出来うる限り、不必要でありファントムハイヴに対し害をなす事しか出来ない…
尚且つ、周囲の人間にとってもいらない存在
それは意外に、多いものだ。
敵となりうる相手は多いのだが、だからといって全てが一掃出来る訳でもない。
それはヴィンセントの対応によって、未来は変わってくる。
下手をする事は命取りであり、上手く行けば事が進むのだ。


セバスチャンの為にという最大の理由を筆頭に、これからはレイチェルも家族になるのだから…。
中々に好意を持てる彼女にとっても、危険が少ない方がいい。





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