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□Once Again
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「お帰りなさいませ」


「セバスチャンは?」


「…いえ、お変わりはありません」


帰って早々聞かれた言葉に、タナカは眉を下げ首を小さく振る。
それにまだ目覚めていないのだと知り、ヴィンセントは苦笑する。

問題は、ない

彼自身の意思での眠りならば、確かに問題はないのだろう。

恐らく明日にはレイチェルから再び連絡が来るだろう
アンジェリーナも話合ってさえくれれば、ちゃんと理解してくれるだろう。
レイチェルとアンジェリーナの仲が壊れるのは、ヴィンセントとしても忍びない。


静かに寝室に入れば、そこには小さな寝息を立てて眠るセバスチャン
そっと近づき、顔に掛かる髪をそっと指で退ける。



「セバスチャン、ただいま」


愛しい者へと、最上級の甘い声で囁き
ちゅっと額へとキスを落とす。
そのままベッドに腰掛け、髪を梳きながら話しかける。


「セバスチャンに、ちゃんと言っておこうと思ってね」


優しく撫でる手をそのままに、ゆっくりとちゃんと聞き取れるように話す
レイチェルとは近いうちに挙式を行い、夫婦となる…けれど
勿論自分の想うのはセバスチャンただ一人、セバスチャン以外は唯一には成り得ない…。



「愛してるよ、セバスチャン」


「……っ」


「ふふ。起きているんだろう?それとも王子様のキスが必要かな?」


その言葉に真っ赤になって、セバスチャンがぱちりと目を開ける。
すぐさま視界に入ったヴィンセントに、思わず目を逸らしてしまう。
セバスチャン…と、甘く…それでも強い声に呼ばれおずおず視線を戻す。


「君が何を想っているのかは構わないけどね、私は君だけを愛しているし、この先もそれは変わらない」


「…ヴィンセント、様」


「確かに血筋は残さなければいけないけどね、それでもそれだけなんだ」


そこには親愛の意味での愛はあるかもしれない、けれどセバスチャンに向けるような愛は存在しない。
この愛だけはセバスチャンただ一人だけの、大切な想いだから。

先ほどから真っ赤になったままのセバスチャンに、ヴィンセントは笑う。
両手を頬を挟むように宛て、額を合わせるときょとんと見上げてきた。
それでも頬の赤みは残ったままなのが、また可愛らしい。



「私のお姫様は解ってくれたのかな?」


「…お姫様のような、綺麗な存在じゃありませんよ」


「そうかい?私にとっては誰よりも綺麗で、可愛いお姫様なんだけどね」


至近距離のままの会話は、鼓動を早め落ち着かない。
それでもそれが心地よく、決して嫌なものではないというのは理解できる。


「でも、君でよかった」


「…?」


「いつもなら、君が出てくるのはまだ暫く先だっただろう?」


正気である君は、滅多に会う事がない。
例え翌日も【君】であったとしても、それはほんの数分だけの事だったりするのが当たり前だった。
それがどうだろうか
こんな風に気持ちを伝えようとする日に、君が起きてくれる。
それが実はどれほど驚き、嬉しかったか君は理解出来るだろうか…。
まるでヴィンセントの言葉を聴きたいが為に、待っていたかのように目覚めてくれた。
そう思えなくもないだろう?



「……ヴィンセント様」


「レイチェルも理解しているし、それを知ったからこそ私と婚約するんだよ?」


「…え?」

ポカンとした表情が、たまらなく可愛いが今は話の最中だ。
自分にもレイチェルにも本当に想う相手がいるからこその、今回の婚約
だからこそ、彼女はヴィンセントを選んだ。



「レイチェルの愛しているのは、彼女の実の妹だからね」


「…アンジェリーナ様ですか?」


「…うん、別に私もレイチェルも同性愛者という訳ではないんだよ、ただ好きになった相手が同姓であっただけ」


その事実には相当悩んだそうだが、今はもう吹っ切れているらしい。
アンジェリーナの方は、今は医学を学び相手どころではない。
いつかは結婚する時が来るのだろうが、相手に理解がある人が見つかるといいかもしれないが…。

そこまで話、ヴィンセントはベッドに横になる。
セバスチャンを抱きしめながら倒れた為、二人でベッドへ倒れる形になった。
ゆっくりと抱きしめて、柔らかな髪を指で掬う。



「思っている事を言葉にしなければ、伝わらない。危うく君を失う所だったよ」


「私は、離れたりなど致しませんよ?」


「うん、それは分かっているよ…気持ちの、問題かな…」


例え傍にいたとしても、今回のように伝えなければセバスチャンは勘違いしたままでいただろう。
そうなればセバスチャンはヴィンセントに対し、切ない日々を過ごすのだろう
これは自惚れでも何でもない、事実だ。
戸惑いこそあれど、セバスチャンからヴィンセントに向けられる想いは確かに本物で…。

互いに想い合うのに、一方通行に見えてしまっては意味がない。





「…さて、セバスチャン」


「…はい」


「愛を確かめ合おうか」


「…は…い?」


頷くがその言葉にハッとして、横を向く。
そこにはいい笑顔を浮かべたヴィンセント
優しく…それでも妖しく身体を撫でてくる手に、セバスチャンは言葉が出なかった。


触れてくる手も、囁かれる言葉も
与えられる温もりも…
全てが愛しく、手放しがたい。

愛したのは未来に生まれるであろう小さな子供。
だが今はヴィンセントを愛していて、だからと言って彼への愛が薄れたなどという事は全くない。
嘘偽りなどなく、どちらも愛している。
人間からしてみれば、優柔不断だとか二人同時になんて…と言う者が多いのだろう。
けれど自分は悪魔であり、そんな事は関係はないが
悪魔に愛などという概念自体がほぼない、だからかもしれない。

気にするだけ無駄なのだろう
愛している事実は、消えはしないのだから…。



例え、生まれ来るあの子供が

再び自分を愛してくれる保障などなくとも

それの代わりにと、ヴィンセントを愛している訳でもない。

ただ、この想いだけは本物だという

ただただ、それだけでいい








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