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□Once Again
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そのままでいたいと望もうとも、時間は必ず過ぎて次が来る
清々しいほどの晴天にも、ヴィンセントは苦笑を漏らすしか出来ない
だがこのままじっとしている訳にもいかず、今だ眠り続けるセバスチャンの様子を伺いながらも書類を片付ける。

タナカの淹れた紅茶を飲みながら、たまにはセバスチャンの淹れたものが飲みたいと思った。
『子供』の彼が、たどたどしくも一生懸命淹れてくれたものや
まるで片腕がないのもものともせず、優雅に綺麗に慣れた手つきで淹れられたものも…
どちらもヴィンセントにとっては、すごく美味しいと感じた。

それはやはり、自分が抱く感情もあるのだろうとは思ったが
それ以前に、セバスチャンは何事においても優秀だと思う。
話してくれた事はあまりないが、その言動は洗礼された美しさがあった。


だがそれを何処で身に着けたかというのは、正直気になって仕方がないのだが・・・。




「では、行ってらっしゃいませ」


「留守は任せたよ、タナカ」


昨日からずっと眠ったままのセバスチャンを馬車に乗せ、それにヴィンセントも乗り込む。
ゆっくりと走り出した馬車に揺られ、小さく溜息を吐く。













「待っていたよ伯爵〜、おやおや本当に眠っているんだねぇ〜」


「私が抱えるからいいよ」


「おや、独占欲かい?いいねぇ人間らしくなって」


ヒッヒと笑いながらも、どこか残念そうな葬儀屋にヴィンセントは笑いながら無言を返す。
馬車が到着する音と共に、家から出てきたこの珍しさ。
それも彼もセバスチャンに執着する身としては、決しておかしなことではないのだろう。
案の定抱えて行こうとするものだから、先手を打ったまでだ。


薄暗い室内に入ると、奥へと案内される。
流石に表側では…という事なのだろう
だが奥に行ったからといって、この悪趣味なのには変わりない。
セバスチャンを下ろすように言われたのか、無駄に金の使われている
棺桶に言うのもなんだが、使い心地がよさそうだった。

一瞬戸惑うが、これが葬儀屋の中でのベッドなのかもしれない。
すっぽりとセバスチャンが収まるサイズに、少々イラッとしたが気づかないフリをする。



「ああ、気づいたかい?それは小生がセバスチャンの為に作って前に使わせていたやつだよ〜」


「だろうね」


「勿論そこで抱い「さて、葬儀屋私は忙しいんだが」ヒッヒ、分かっているよ」


言葉を遮るなんて、普段のヴィンセントからは考えられない事だろう。
だが葬儀屋も驚く事もなく、納得したような笑みを浮かべる。

う〜〜ん、などと間の抜けた声で唸りながら、セバスチャンを眺めては身体に触れたりしている。
それが調べる為だと理解しているというのに、どうしても葬儀屋相手だと余裕がなくなるようだ…。



「うん、分かった」


「…それで、この状態で問題は?」


「問題は、ないね。これは彼自身…セバスチャンの意思での眠りらしいから危険という事はないさ〜」


セバスチャン自身の意思とは、一体どういう事なのか。
起きたくない理由があるのか、休息なのか…流石にそこまでは葬儀屋には分からないらしい。
だがそれだけでも分かっただけで、身体の力が抜ける。
気づけば約束の時間は近く、そろそろ向かわなければならない。
ちらりと葬儀屋を見遣れば、何もしないと胡散臭い笑顔で返してきた。



「分かった、セバスチャンはここで休ませておいてくれるかな」


「了〜解〜」



「すぐにタナカに迎えに来させるよ」


ちょっとくらい屋敷を空けても、問題ない人材が今はいるからね…。
いい笑顔でそう言えば、葬儀屋は肩を竦めやれやれと笑っていた。
見せ付けるかのように、セバスチャンへキスを送ると行ってくるよと小さく声を掛ける。









パタンと小さな音を立て、扉が閉まるのを聞きながら
葬儀屋は静かに笑みを浮かべたまま、セバスチャンを見下ろした。



「眠り姫はキスじゃないと起きないのかい?」


「誰が、眠り姫ですか」


「ヒッヒッヒ、君以外誰がいるっていうんだい?」


目をぱちりと開け、呆れたように見つめてくるセバスチャン
話の途中から目が覚めていたのに、珍しくヴィンセントは気づかなかったようだ。
アレほど様々な事に聡い男が、珍しい事もあったものだ。
ゆっくりと身を起こしたセバスチャン、葬儀屋は向かいに置いてあった普通の椅子に腰掛ける。



「どうして眠り続けてるんだい?伯爵に心配まで掛けて」



「…さあ」


「小生が言った事は当たりだろう?君の意思で眠っていたと」


そっと目を閉じ、それ以上は言う気はない様子に葬儀屋は気を悪くするでもなく笑う



「君は案外、いや…そうでもないねぇ〜…」


弱い。ね
そう言われても、セバスチャンは反論はしなかった。
弱くなってしまった自覚は、痛い程にある。
そして何かを言うのも、葬儀屋相手には癪で黙っている方がまだマシだった。


ヴィンセントがレイチェルと出会わなければ、シエルとはもう二度と出会えなくなってしまうから…。
分かってはいるけれど、それを見てしまうことが出来ないほど臆病な弱い生き物に成り下がってしまった。
でもそれも今日まで、レイチェルとヴィンセントはそろそろ一緒になる頃だろう。
そうなれば挙式も近いだろうし、そうなってしまえば少しはセバスチャン自身が
落ち着けると思っていた。



「まあ、ゆっくり寝ておしまいよ」


小生が添い寝をしてあげるよ〜なんて、いらない言葉を聞きながらも素直に眠る事にする
ただの嗜好として睡眠をとっていたのに、今はどうだろうか…
見下していた人間の、現実逃避というやつだ。

本当に添い寝を実行してきた葬儀屋に、思ったよりも体温が低いんだなと…思いながらも意識は闇におちる。






「簡単に伯爵が君を手放すとは思えないけどねえ、どうしてそんなに不安がるんだい?悪魔の君が」



眠りについたセバスチャンの髪を梳きながら、問いかけのような独り言を呟いた。







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