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□Once Again
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「姉さん、どうしたの?」


「アン…ううん、何でもないわ」


大切な大切な妹、大好きな家族の中でも一番好き。
もっと自分に自信を持ってほしいと、常々思っていた。
赤い髪だって、とても綺麗なのにそれに劣等感を抱いて。
顔だってとても美人だというのに、ソバカスが嫌だと前髪を伸ばして隠すの。
いくら私が言った所で、所詮は所謂『美人な姉さん』には理解できないと言いたかったのだろうか…
アンは優しいから、決してそういう事を口に出す事はなかった。
けれど…


「最近明るくなったわね」


「え、そ…そうかな」


はにかみながら笑う笑顔は愛らしい
これも全てヴィンセントのお陰だと思うと、嬉しい反面悔しいと思ってしまう。
だって私は、アンの姉だもの



「アン…」


「っ!ね、姉さん!?」


「ふふ、赤くなった。本当いつまで経っても初心ねぇー」


ちゅっと唇にキスをすれば、真っ赤になって口を押さえている。
本気で嫌がっても怒っていない、ただいきなりだったから驚かすなって所ね
私はアンを愛しているわ、家族の情…それ以上に。
その感情は恐らく、ヴィンセントは気づいたのだろう。
若く物腰柔らかで温和そうであったとしても、企業の社長となれば見る目も養われていく。
そして勘も鋭いのだろう・・・。



「愛してるわ、アン」


「…姉さん、わ、私も好きよ?」


「ふふ、ありがと…」


でもいつか、私達は嫁がなければいけない。
それが現実。
家を支える為の役目とは言え、父は決して無理強いはしない。
だからこそ本当に好きになれる相手が現れるのを、父は待ってくれている。
家を支えるに十分な家柄ともなれば、それなりに人柄も知れてくる。
偉そうにしている者だっていれば、自分勝手な所だって。

だからこそ、今回ファントムハイヴ家の当主を呼んだのだろう。
彼はとてもいい人だから、父も気に入っていた。
だから娘たちも好意を持ってくれれば、そして伯爵が娘を好いてくれれば…と。

でも私もアンも、好きな相手は既にいて…
ただそれが姉妹であり、他人ではない。
同姓で、父の望む愛ではないのだけれど…。



でも―…


「あ、アン!今日の稽古の時間は?」


「ああ!いけない、ギリギリだわ…姉さん、行ってくるね」


「行ってらっしゃい、頑張るのよ」


駆けていくアンの後姿を見送り、小さく溜息を吐く。
もし結婚をしなければならないとしたら、きっと私は伯爵を選ぶと思うの。
彼なら理解してくれると、どことなく分かってしまったから…
そして異性としてならば、彼以上に好きになれる相手はこれから先いないだろうとも



「話してみようかしら、ヴィンセントに」


薄々勘付いてはいるとは思うけれど、言わなければ。

私達、なかなか良いパートナーになれそうじゃない?

冗談交じりに言ってみようか、勿論ちゃんと胸の内を明かすつもりでもある。
彼の目は、とても私と似ているから
きっと彼も、他に本当に愛している相手がいる筈。
それが許されないものだから、言えないのだろう。
あんなに既に愛を知っている男に、相手がいない筈がないのだから。









「ん?明日もかい?」


「はい、旦那様の都合が宜しければ…と」


「うーん、そうだね。明日は特に重要な会議もないし大丈夫だよ」



ヴィンセントの言葉に、タナカは頷きコートを受け取った。
仕事を終え、屋敷に戻ってきた所だったのだが
そこでタナカから連絡を受けた。
会いたいという理由に、断る理由はない。
恐らく今回は彼女…レイチェルから話があるだろう。

そこでふと、セバスチャンの姿が見当たらないのに気づく。
いつもヴィンセントが帰宅すれば、どこからか必ずやって来ては『おかえり』をしてくれるというのに…。


「セバスチャンは?」


「ああ…その、今日は殆ど寝て過ごしているようでして」


「…殆ど?」



訝しげに問い直すが、返ってくるのは肯定だった。
『猫』である時の彼であっても、ヴィンセントが出かけたり帰ってくれば起きるのだ。
だからこそオカシイと感じる
度々セバスチャンとは身体を重ねているから、空腹のあまりという事ではないだろう…
ならば何故か
流石にいくらなんでも、悪魔の事までは分からない。
癪ではあるが、ここは葬儀屋に相談するべきだろうか…。

そう考えながら、セバスチャンに与えた部屋へと足を運ぶ
そっとドアを開け、ベッドを見遣れば確かに其処にいた。




「…セバスチャン?」


そっと覗き込んで、声を掛けてみるが反応はない。
今までにない事に、どこか焦りを感じてしまう。
ただでさえ、セバスチャンは異例なのだと聞いていたから
当たり前のように送り出し、迎えてくれて…返事を返してくれた事がどんなに幸せな事か

改めて痛感した


「……」


ベッドに腰を掛ければ、キシリと小さく軋む音が響く。
眠り続けるセバスチャンの髪を指先で弄り、頬を撫でる…
決して高くはないが、体温を鼓動を感じホッとする。

そこでふと、頬が濡れているのに気づく
よくよく見れば、それは涙の跡で…



「何か、悲しい夢でも見たのかな…?」


無性にこの存在が儚く見え、今にも消えてしまうような錯覚を起こす
そこにいる事を確認するかのように、頬に触れたり…
自分の行動の可笑しさに気づき、苦笑が漏れる。



「明日、葬儀屋の所へ行こうか…」



返事は、ない
それでもヴィンセントは笑みを浮かべ、優しく頬を撫でる。
今もし目覚めたとして、自分が情けない顔をしていればきっとセバスチャンは心配するのだろう。
ならば、この焦燥感は胸の内に秘め決して表に出さないでおこう…。

明日は忙しくなりそうだ、と…小さく溜息を吐いた。

どうか、何事もなければ…それでいいのだ。

普通で、いさせてほしい。

今のこの状態が普通ではないにしろ、関係はない。
悪魔だろうが、男だろうが…愛しいのはセバスチャンという存在なのだから。






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