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□Once Again
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「ふう…」


屋敷が見えなくなり、ただ馬車の揺れに身を任す。
手に残る触れた温もりに、苦笑する。
彼が何を思い、自分を送り出したのか…
期待と不安、恐怖と安堵…全てが入り混じった複雑なその不安定な瞳。

あんな様子を見せられてしまうと、どうも彼が悪魔なのだという事実を忘れそうになってしまう。
あんなにも人間のような、不安がる生き物を悪魔だと言って誰が信じられるだろうか…。
この先何が待っているかなどは知らないが、それでも彼を…セバスチャンを手放す事はないという事は変わらない。



「私は、そんなに簡単に君への気持ちが変わる程、軽いものを抱いている訳ではないんだけどね」



映り行く景色も全く頭に残らず、それ程考えていたつもりはないが…結構時間が経っていたようだ。
御者の呼ぶ声にハッとし、外を見ればそこは既に目的地へ着いていた。
らしくない事に苦笑が漏れる、最近苦笑が多くなった気がする…



「お待ちしておりました」


出迎えた初老の男性は、恐らくこの屋敷の執事長だろう。
案内された室内にいた男性は、ヴィンセントを見ると嬉しそうに笑みを浮かべ歓迎してくれた。
それもそうだ、何かと忙しいといって来れずにいた相手が来たのだから。
ファントムハイヴ家というだけでなく、男性はヴィンセント自身の人柄を好いていたと思われる。
未だ独り身のヴィンセントに、娘を紹介したいという輩が多い中
男性もその中の一人でありながらも、決して強要するでもなく何もそういった目的だけで紹介したい訳でもないようだ。
ただ自慢の娘を紹介したいという思いもある事から、ヴィンセントもこの話を受けた。

勿論一番の理由は、セバスチャンがこの話を受けろと言っていたからだ。
言葉ではなく、態度で…だが。



「態々お忙しい中、お越しいただけるとは光栄です」


ニコニコと人のいい笑みを浮かべる男性は、軽い世間話をしながら
ファントムハイブ家との関わりのある商談を終え、メイドの淹れた紅茶を飲み
紹介したい娘を連れてきてもいいかと聞いてきた…


「あれだけ自慢されていたのですから、本当に愛していらっしゃるようですね」


「ええ、妻に似て二人ともとても綺麗で渡しには勿体ないほどですよ」


自慢の娘です、そう答えた男性はまさに父親だった。
ノックの音が響き、男性の頷きに対しメイドがドアを開ける。
二人の少女が入室し、ヴィンセントは改めそちらに視線を遣る。



「レイチェル、アンジェリーナ、ファントムハイヴ伯爵にご挨拶なさい」


「初めまして」


どこか気恥ずかしそうにしている赤髪の少女と、しっかりと見つめてくる亜麻色の髪の少女に自分から挨拶をする。
可愛らしい…そして美しい笑顔で亜麻色の髪の少女、レイチェルが挨拶を返し
慌てて赤髪の少女、アンジェリーナも挨拶を返してきた。

見るからにいい子である事には間違いはない、少しアンジェリーナの気が弱そうな所が気になるが…。
自分には珍しく、印象のいい少女達だった。
会話を交えればレイチェルはとても好印象だった、病弱と聞いていたがそれがなければ気ならない程会話には花が咲く。
気取らない態度も、全ていいと思った。

それから後日、何度か屋敷に訪れるようになり
アンジェリーナの気になる部分も理解できた。
自分の赤髪が嫌いだからと、容姿の点では気にしすぎているようだ。


そんなアンジェリーナを見て、勿体無いと思った。
折角きれいな赤だというのに、容姿だって全然気にする程でもない。
寧ろ胸を張っていたほうが、それらは綺麗に輝くというのに。

ふとそこで屋敷においてきたセバスチャンを思い出した。
彼は全てが綺麗で、欠けた腕なんて気にならない程だ。
それに正気の彼は腕を気にした様子もなく、寧ろだからどうしたといった態度だった。
そんなハンデがあったとしても、卒なくこなす事が出来るのだろう…。

だからこそ、容姿や髪だけを気にする彼女には前向きになってほしいと思った。











「もう帰るんだ?」


「やあレイチェル、起きていても大丈夫なのかい?」


「ええ、昨晩まではちょっと体調を崩していたけど今は元気よ」


それより、と言葉を切る。
レイチェルはヴィンセントに近寄り、他人に会話が聞こえない程度の声で話しかける。


「アンは、どうだったの?」


「うん、彼女は変われるよ。綺麗な赤い色じゃないか」


「そう、ヴィンセントが褒めてくれたのならあの子も大丈夫ね」



姉であるレイチェルは、アンジェリーナの容姿を気にする点がいつも気になっていた。
自分がいくらさり気なく言おうとも、今まで無理だったのだ。
そこにヴィンセントという他人であり、異性である彼にお願いをしたのだ。
勿論ヴィンセント自身、本心しか語らないというのを徹底していたから
アンジェリーナも言われた事が、ヴィンセントの本心だとは理解している。

彼女に変わるきっかけをあげたかったのだ。



「私じゃ駄目だったのよね」


「…」


「姉妹だからこそ、なんとかしてあげたかったのに…上手くいかなかった」



アンジェリーナの中では、レイチェルは美人で気取ってない素敵な姉だった。
そんな姉は優しくて、アンジェリーナに声をかけてくれるのも優しさから故にだと思い込んでしまう所があったのだ。




「他人だから、かしら」


「レイチェル?」


「悔しいわ、だって……いいえ、何でもないわ」



困ったように笑うレイチェルに、珍しい表情を作るものだなとヴィンセントは思う。
レイチェルを見た時に、気づいてしまった

レイチェルは、アンジェリーナを―…






















「…?」


「どうかしましたか?セバスチャン」


「あ、いえ…何でもありません」


珍しく正気の状態で長時間いるものだから、タナカの負担を減らすべく出来る事は手伝っていた。
タナカも勝手知ったるとばかりに動くセバスチャンに、驚きながらも嬉しそうにしていた。
セバスチャンとしては、ヴィンセントを今支えているのはタナカであり
だから彼の手助けは、ヴィンセントへの間接的な出助けになる。
常に万全の体制でいるべきなのは重々承知の上なのだろうが、それでも…と。


ふと何かに呼ばれたような、奇妙な感覚に手を止める。
タナカの問いかけで、ハッとし何でもないと言う。
…本当に、なんでもない。

ああ、きっと…あの女性…シエルの母であり、ヴィンセントの妻であったレイチェル
彼女と何かがあり、歯車が動き出したのだろう・・

痛む胸など幻覚だ、こうなる事など知っていた事ではないか…。



「セバスチャン?…セバスチャン」


「……」


「もう休みなさい、震えていますよ?」


言われて気づく、震えているなど…そんな馬鹿な。
だがそれは事実であり、現にそれを抑える事ができなかった。
情けない顔で頷く以外、今のセバスチャンには何も出来なかった。



シエルを愛しておきながら、過去に飛んだ今
未来の父親になるべき相手まで、愛してしまった。
こんな愚かで笑える話があるだろうか…



「どこか辛いんですか?」


「…ずっとおく、むねの…」


ああ、説明すらまともに出来ない。
こんな無能になりさがった悪魔など、彼は…シエルは必要とするだろうか。
いやでもきっと、両親を失わないのなら優しく明るい笑顔のまま…

こんな私でも、受け入れてくれるのでしょうね…




「坊ちゃん…」







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