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□Once Again
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「いい子で待っておいで、セバスチャン」


ソファの上でゴロリと寝転がったままのセバスチャンに、ヴィンセントは頭を撫で笑いかける。
気持ちよさそうに目を瞑る様子は、本当猫に近いものだ…。
今日はいつも以上に時間が掛かりそうで、本当なら離れたくはないのだがこればかりは仕方が無い。



「じゃあタナカ、後は任せたよ」


「畏まりました、お気をつけていってらっしゃいませ」



今日呼ばれた相手は、先日手紙での招待状をくれた人物であり。
セバスチャンが反応を示した相手でもある。

そして何か変わる予感がするのも、一つの理由である。
だからこそ、快く承諾しこうして準備をしている訳だが・・・
改めセバスチャンに声を掛けても、いつもじゃれるような態度とは違う
まるで行ってこいとばかりで…
やはり今日会う相手は、『そういった意味』で大丈夫なのではないかと思う。

だがいくらそうとは言っても、相手に情を抱けないのなら無理な話になってしまう。
彼の娘がどういう人物なのか、ヴィンセントはまだ知らないのだから。



「・・・本当、仕方ないね」


苦笑交じりにそう言う
愛を捧げるセバスチャンがいるというのに、いずれ結婚し子を生さなければならない。
そんな矛盾している中、それでもこうして相手を探す。
もしセバスチャンが嫌だと言うのなら、自分は彼一人を愛し結婚をしようとはしないだろう
例え世間がどう言おうとも・・
だがセバスチャン自身が、どこかそれを望んでいないのを薄々勘付いてしまった。
それがどういう意味なのか、ヴィンセントには知る由も無いが。


自分のせいで血を残せなくなるのが心苦しいのか


そんな悲観するセバスチャンを、見ていてヴィンセントが苦しまないようにするためか


それとも―…


忘れられない、誰かが絡んでいるか。

どんな理由にしろ、彼が望まないのなら
自分はただ役目として、強い欲求を押さえ込むだけだ。
幸い・・・そんな癇癪を起こすような、子供じみた精神はもっていない。


ドアを潜った所で、コートの袖辺りをつかまれる。
そんな事をするのは、この屋敷では今はセバスチャンのみ
次いで感じる背中への温もりに、ただ心が温かくない。



「セバスチャン?どうかしたかな」


「・・・・・・きを、つけて」


「送り出してくれるんだね、ありがとう・・・じゃあ改めて、行ってきます」



小さく一言呟いて、ぐりぐり頭を背中に押し付けてくる。
その仕種には、たまらないが・・・今は出かけなければならない。
ゆっくり離れていったのを確認し、向き直ると両手で頬を撫でる。
ふわりと笑って、気持ちよさそうに目を閉じる・・・

・・・・・・こんな事されると、たまらない。行き辛くなる



表面上は変わらず笑顔を保ち、内心は葛藤に荒れ狂う。
足に鞭を打ち、馬車へと向かう。












馬車が走りだし、姿が見えなくなると漸くセバスチャンはドアを閉める。
春とはいえ、まだ肌寒い夜の風が遮断され
ほう・・・と息を吐く。



「私は・・・・・・、欲張りなのでしょうね」


苦笑し、俯いて呟くそれは
確かにセバスチャンが『正気』でいる時の口調で・・・

ヴィンセントを愛しているのも事実でありながら
やはりどうしても、シエルが愛しいのだ
今はヴィンセントが愛してくれているが、彼が妻になったレイチェルと出会えばソレは彼女に向かうかもしれない。
そして生まれてくるシエルが、またセバスチャンを愛してくれるとは限らない。
出会い方も違えば、未来も違うのだから・・・
セバスチャンを想う事なく、エリザベスと添い遂げるのかもしれない。


それでも・・・愛が向けられなくなったとしても
例え・・・愛にならなかったのだとしても

もう一度、逢いたいと思ってしまう。



今度は契約などないのだから、彼が長く生きられるように守ってみせよう

幸せを保つ為に、彼も守り続けよう

そして、その幸せを形造る全てを守っていたい。



こんな事を願うようになってしまった悪魔など、なんと愚かで滑稽なのだろうか
欲をもつ事に、違和感を感じてしまうなど…





「ヴィンセント、様・・・」






「・・・・・・坊ちゃん」




さあこれからが、本格的に動き出す
心地よい此処に、いつまでも居座り続ける事は出来ない。
この場所に本来いるべき存在は、彼女でなければならないのだから。

そうなると自分のポジションはどこになるのだろう
ふと考え、乾いた笑いがこぼれる。
この『正気』の時間も短いというのに、執事どころか使用人ですら使えない。
なら、どうか

本当に貰ったこの名の通り


『犬』


が、的確な表現だろうか。
ああ、でも・・・




「今の私では、番犬にすらなれませんね」



零れた声色は、情けないほどに震えていた。







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