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□Once Again
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奥へと入っていったクロの背を見遣り、二人は互いに視線を交えた。



「『猫』とは上手く言ったものだね」


「そうかい、小生は中々いい表現だと思うよ」


和やかな会話なのに、漂う空気はピリピリとしていて肌が痛くなりそうだ。
ここまで興味を持つ事がないヴィンセントにとって、クロは今や特別な存在とも言えよう。
だがだからといって葬儀屋に、簡単に手放せと言った所で返る答えはNOだろう。
さて、どうするか。



「小生も気に入る、いや…言い方としてはそれより上の言葉が必要なんだろうねぇ」


「お互いにそう見る事もないんだろうね、こんな状態は」


溜息交じりに笑い、息を吐き出すような言葉を紡ぐ。


「あんだーていかー」


「ん、ああ紅茶を淹れてくれたのかぃ」


器用に右手と欠けた左の二の腕を使って、ポットとビーカーを持ってきた。
ヴィンセントとしては、何故ポットはあるのにカップは買わないのか疑問でならない。
そもそもこの男が普通の家具事態似合わないのだから、この方がしっくりくるのかもしれないが・・・



「単刀直入に言おうか、葬儀屋」


「おやぁ珍しい、我慢のならない子供のようだね〜」


「なんとでも、私にクロを渡して欲しい」



え、と言葉をもらしクロはただ固まる。
一体何の会話をしているというのか、自分の事を欲する意味も理解出来ない。
葬儀屋に手招きされ、固まっていた体を無理に動かしそっと近寄る。
腰を抱かれ、膝の上に抱き寄せられた。
丁度葬儀屋に背を向ける形になり、目の前にはヴィンセントが笑顔のままじっと此方を見ていた。
言っていいだろうか、何か目が怖い。



「そこまで言うんだねぇ…君が、でもクロは少々特殊なんだけれども?」


「特殊?」


「そうそう、でも話す前に何故クロが欲しいのか…それは絶対聞かせてもらわないとねぇ」



簡単には手放せない、例えクロが心奥底ではファントムハイヴを望むのだとしても。
正気の彼は、確かにそう言っていた。


「ふうん?まあ、言ってしまえば気になるから」


簡単なものではない。
何故か目が離せない、惹きつけられるように目が追ってしまう。
どこかで誰かが言っている、手に入れろと手放すな…と。
ああいいさ、認めてしまおうではないか…彼が愛しくほしいのだと。
ここまで告白するつもりもなかったのだが、何分相手はあの葬儀屋だ。
軽い理由では決して離してはくれないだろう、その首輪を…。

その言葉を聞いた葬儀屋は、口端を吊り上げ笑う。


「そうかいそうかい、それなら仕方がないねぇ〜…クロ」


「え、あ…はい」


「君はどうしたい?小生か、彼か…悩む必要はないよ本能のまま決めればいい」



膝の上に抱かれたまま、困惑気味に葬儀屋とヴィンセントを交互に見る。
きっと意味のない問いかけだ、そう葬儀屋は内心失笑した。
どうなるか分かっていて、敢えて選ばせている。
自分が空しいだけのようで、それでも本人が選んだ事だからと理由がほしいからと…



「わ、たしは…」


ああ、そうだ…今の彼は子供のような生き物だった。
涙は浮かんではいないが、まるで泣きそうな子供だ。
ヴィンセントは見兼ねたのか、そっと腰を上げクロに近づく。
座った状態のクロでは自然と見上げる形になる


「クロ?大丈夫かい」


「あ…」


そっと頭に触れられた瞬間、何を選ぶのか理解してしまう。



「決まりのようだねぇ」


「え」


「そうだね、クロ…一緒に帰ろうか」


君は、ヴィンセントを今選んだのだから。
彷徨っていた右手は、ヴィンセントのコートの端を掴んでいた。
葬儀屋と暮らしていたとはいえ、そう長い間でもない。
それでもそれが子供だったなら、離れるのが怖いと思ってしまっても仕方ないのかもしれない。



「またココには遊びに来ればいい、そしたらまた遊べばいいさ」



振り返ったクロの鼻をきゅっと抓んで、いつものように笑って言えば
クロは困ったように眉を下げたまま、小さく笑った。



さあ、問題は特殊な理由とやらなんだが…
この様子からして、特に問題はないと思える。
ただそれに依存していかないかが、多少心配になる所だ。





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