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□例え死すとも君を愛す
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いつかは手に入れたいと願っていた
必ず自分のモノにしたいと、珍しく慎重に動いていたというのに…



「あんまりだよ、執事君…」



赤いアカイ床に美しい漆黒の髪を散らして、その人はいた。
昨日まで自分を映していた瞳は瞳孔が開いていて、最早何も映してはいない。
心地よい音が紡がれた唇は、だらしなく開いたまま。

瞼を伏せられた表情は、眠っているようにしか思えなかった。


「あー、でも我は執事君の寝顔なんて見た事なかったなぁ」


こんな風に無防備になる事なんて想像もつかない。
取り乱した伯爵を見ていて込み上げたのは、一体どんなモノだったか

悲しみ?歓喜?嘲笑…
もしかしたら全てなのかもしれない。
いつも彼を傍に置きながら、決して大切にしているとはいえない扱いをしていた
それでも離れないと、傍にい続けると確信していたのだろうか
素晴らしい主従の絆だね、涙が出そうだ


彼が移された別室に、誰にも見られないように入る。




「ねえ執事君、我は君が好きなんだよ」


どうしようもないくらいに、いっそ壊してしまおうかと思う程。
こんな事になるくらいなら、早く奪ってしまえばよかった。
もしくは自分の手で…



「…まるで眠っているかのようだね」


頬を撫で、唇をなぞる。
君をこうした犯人が、とても憎いと思う反面
機会をくれた事にどこか感謝している自分がいる。
伯爵から、君を引き離してくれた事に。
醜いとは思うが、大抵の人間はこんなものだろう



「…君相手ならさ、多分」



覆いかぶさり、耳元に唇を寄せる。



「例え死んでても、勃つと思うんだ」


部屋の温度が下がった気がするのは気のせいではないだろう
言外に屍姦出来ると言ったようなものだ



「邪魔者も絶対来ないだろうし、じゃあ…イタダキマス」


「ッやめ…あ」


「駄目じゃないか執事君、死体が起きちゃ」



思わず身体を押し退けてしまい、ふいっと顔を逸らす。
ニコニコと笑みを浮かべ、見下ろしてくる劉を殴り飛ばそうかと一瞬考える。



「分かっていらっしゃったんですか?」


「勿論、だって前脳天に剣刺したでしょ」



アレで生きてるんだから、こんな事でも死なないとは思っていた。



「ああ、あの時の…正直ちょっとだけ痛かったんですが」


「まあこれからも傍観に徹するから、執事君は死体ごっこを続けるといいよ」


「はあ…、坊ちゃんの事よろしくお願いしますね」


えーどうしようかなー等とふざけている様子に、頬が引き攣りそうになる。
いい加減離れて欲しい、というかいつまでこの体勢でいる気なのか。
それにさっきより顔が近いような…


「なっ何するんですか!!」


「何って、キス」


血の味がすると言って自分の唇を舐める。
直視出来ず視線を外し、溜息を吐く
何を考えているか分からないとは思っていたが、ここまでとは…


「我だって我慢してたんだよ?今までさー」


検分を言い訳にあの場で色々触っちゃおうかなとか、そうしたら抵抗だって出来ないし反応も出来ない。
でもやっぱり反応がないのは面白くないし


「何の嫌がらせですか…」


「あれ?さっき言ったじゃないか、君が好きだって」


「…は?」


目を瞬かせ見上げてくる様子に、あれ?と首を傾げる。
もしかしなくても伝わっていない…?
全てにおいて優秀で、非の打ち所もなさそうだというのに?
意外な一面を見つけ、思わず両の口端が上がる



「じゃあ我はそろそろ行くよ」


まだ混乱したままのセバスチャンに背を向けると、部屋を後にする。




もし


もし本当に彼が死ぬ時が来たのなら
伯爵のように取り乱す事はないと思う

最期の最期に自分という存在を刻みつけ
二度と他の誰も映さなくなるのなら
笑って彼を抱きしめるだろう


そう、だから今のままでは死んでもらっては困る。



まだ彼を手に入れていないのだから―…







END
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