『それでは、君と』
鬼不



サッカーがいちばんだった。サッカーさえあれば生きてゆけると、サッカーが俺の生きる意味だと思っていた。
恋なんて無くても生きてゆけると思っていた。


しとりしとり、絹糸のように細い雨が白く煙り、コンクリートの地面を黒く染めていく。温い風が濡れた土の匂いを運び、潮の香りと混じりあって微かに鼻腔をくすぐる。


雨に打たれ濡れそぼる身体を気にすることも無く、ただただ立ちすくむ不動に、後ろからそっと近づき、傘を傾けた。
ふっと振り向いた彼の瞳は、こんな雨の色をしていると思う。頬に伝う水は雨か、あるいは。


ともかく、ふらりと傾けた傘に入り込んだ彼にひどく胸が締め付けられたのは確かなのだ。


透けて肌に張り付いた服が妙に扇情的でわずかに瞠目しただとか、白い肌が冷えきってますます色を失っていたことだとか、伏せられた睫毛が以外に長かったことだとか、
不遜な態度の鎧に隠した脆く柔らかな心がその瞳の奥に透けて見えたような気がしたことだとか、
理屈なんていくらでも後から付け足せるけれど、そんなことは関係なく、それは始まったのだ。

他愛もない会話をしながら彼の手を握って歩き出す。握り返す力を僅かに感じて、過剰なほどに心が躍るのを感じた。
サッカーがいちばんだった。サッカーさえあれば生きてゆけると思っていた。それは今でも変わらない。
生きる意味はサッカー、だけどこれからは、君がそれ以外の全て。




それでは、君と

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