…したい10題

□くすぐりたい
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笑わせたいときはくすぐっていた。
そんな幼い日に戻れたらいいなと思う。

小日向杏は、律の横顔を見ながらこっそりとため息をついた。
杏はもうずっと入院している律に付き添っている。
律の父親は仕事があるし、律の母親は着替えだ何だと顔は出すが慌しい。
一日中、ずっと付き添っているのは杏だけだ。
だがその律はずっと「勉強」だと称して、少女漫画を読んでいる。

「杏ちゃんもいろいろ忙しいだろうし、帰っていいよ?」
意識が戻ったその日、律は心配をかけた詫びや見舞いの礼の後、言った。
その後も時折、律の病室にい続ける杏に同じ事を繰り返す。
それはないんじゃないかと、杏は不満に思った。
丸川書店に転職した律は、とにかく「忙しい」を繰り返している。
電話をしてもすぐ切られてしまうし、メールもなかなか返ってこない。
こんな不慮の事故で、時間があるときくらい一緒に過ごしてもいいのではないかと思う。

律が杏のことを好きでないことはわかっている。
彼の心の中には、中学の頃からずっと好きだった人がまだいるということも。
その人がどういう人で、今どうしているのかを聞く勇気はなかった。
だが今、杏は不思議に思っている。
律が好きな人は、律の身に置きたこの事件を知っているのだろうかと。

この病院に現れた身内以外の人物は、2人だけだ。
救急車で搬送されたときに付き添ってくれた人と、あの隣人で上司だという人。
2人とも仕事関係だし、そもそも男の人だし。
律の好きな人が事件を知らせるほどの仲ではないのなら。
もしくは知っていても来ないのなら。
早く諦めて、杏の方を見て欲しいなどと考えてしまう。
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