…したい10題

□喜ばせたい
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喜ばせたいと思ったのに、怖がらせてしまった。
少しでも力になりたかったのに、なんと迂闊だったのだろう。

木佐翔太は編集部の中でただ1人、あの惨劇を目の当たりにしていた。
流れる血、倒れている律、血まみれのナイフ、荒れ狂う犯人の男。
男は木佐が「律っちゃん」と呼んだことで、人違いに気付いた。
そのことに愕然とした男は、憎悪に満ちた目で木佐を睨みつけた。

木佐は事件の後、救急病院に搬送される律に付き添った。
だがその後は編集部に戻り、仕事を続けている。
表面的には今までと変わることなく、淡々とこなしていた。
だがその心のうちは、未だ動揺が治まっていない。

例えば自分の机の引き出しを開けたときに、ふと目に入るカッターナイフとか。
編集部に並べられているファンシーな小物の中に、血のように赤い色を見つけたりとか。
ふとした瞬間に事件を思い出す。
そして心の底から震え上がり、金縛りにあったように動けなくなってしまう。

こんな感じで、どうにも仕事に集中できなかった。
今のところまだ大きなミスこそしていないが、細かいミスを繰り返している。
本来ならこんな状態であるなら、高野なり羽鳥なりが注意するだろう。
だが幸か不幸か、今は高野も羽鳥も同じ事件のことで動揺しており、それどころではなかった。
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