…したい10題

□泣かせたい
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泣かせたい。
動揺してそう思い、そう思ったことにまた動揺した。

高野政宗は、深夜の病院に駆け込んだ。
部下であり、想いをよせる青年−小野寺律が搬送された救急病院だ。
本当はもっと早くに駆けつけたかった。
だが校了直前に発生した事件のせいで、できなかったのだ。
見知らぬ男にナイフで襲われた律が抜け、病院に付き添う形で木佐が抜けた。
羽鳥は吉川千春のデット入稿に付きっきり。
高野は美濃と共に、フル回転で働かなくてはならなかった。

高野はこの時点ではまだ事件の詳細は何も知らなかった。
吉川千春のヘルプに行った律が、見知らぬ男にナイフで刺されたという事実以外は。
連絡してきた木佐は、出血がかなり多くて危険な状態だと言った。
そしてその木佐はかなり取り乱していた。

本当は仕事など放り出してしまいたかった。
一度は失い、10年の時を経て再会した初恋の相手。
こんなことで、こんな形で失うなど。
万が一にも律が死んでしまったら、高野も消えてなくなるだろうとさえ思えた。

それでもどうにか仕事を続けたのは、編集長としての職業倫理だった。
この状態で高野が抜けたら、もう雑誌が出せない。
高野は懸命に自分を奮い立たせてどうにか仕事をこなした。
そして今、律が運び込まれたという病院へと駆けつけたのだ。
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