…したい10題

□触りたい
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「あの、いろいろとご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。」
律は深々と頭を下げた。
身体を曲げた瞬間、傷が痛んだが、唇を噛みしめてこらえた。

「よく休めたか?」
高野はそう言いながら、手でソファを示して律に座るように促した。
律は小さく頷くと、ソファに腰掛けた。
高野もその横にどっかりと腰を下ろして、律の横顔に視線を投げる。

「おかげさまで、日頃の寝不足も解消したかもしれません。」
「かわいい婚約者もつきっきりだったしな。」
場の空気を軽くしようとした律だったが、思わぬ答えに驚いた。
杏が病院にずっといたことを、なぜ高野が知っているのか。
それはつまり、高野は病院に来ているのだ。
多分律の意識のないときに。

「高野さん、病院にいらしたんですか?」
律の質問に、高野は苦笑した。
退院したばかりで、身体も本調子ではない律に八つ当たりのようなことを言ってしまった。
自分の子供っぽさに、呆れるしかない。

「彼女はもう婚約者じゃありません。それに。。。」
律がその端整な顔を歪めて、言いよどんだ。
顔は少し痩せたようだし、顔色もよくない。
高野は痛ましく思う心を押し隠しながら、律の言葉を待った。
2人とも視線を前に向けたまま、沈黙が流れる。

「俺、また彼女を傷つけました。」
律は静かにそう言うと、ため息をつく。
「俺、意識が戻るまで、ずっと先輩の夢を見てて。」
高野は驚いて、律の横顔を見た。

「俺、何度も呼んだみたいです。嵯峨先輩って誰?って泣かれました。」
そう言われて、高野は思い出す。
最初に律を見舞った夜、律はうわ言のように何かを言っていた。
律はあの時も嵯峨政宗−高野を呼んでいたのだろうか?
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