novelle

□天国の秘密基地
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天国秘密基地


冬の寒さから開放されてはや一週間。
辺り一帯には桜が開花し、春の木漏れ日が優しく顔を出していた。

風はまだ冷たいが気にならない程度だ。



「ルミ、俺教師になったんだよな?」



「今頃何言ってるの? エヴィン、しっかりしてよ」



「だって……」



彼女の名はルミナージュ、通称ルミだ。

彼女は軽くカールさせた腰まである長い茶髪を風に靡かせる。

彼女はエヴィンの幼馴染であるとともに婚約者だ。

馬鹿でかい校舎と門の前で魂が抜けたように佇むエヴィンと彼女は、とても絵になっていた。



「ほら、行こう」



ああ、とまだ魂が抜けたようなエヴィンは返事を返す。

そして、ゆっくりと地面など一瞥もせず、校舎だけを見ながら、歩き出した。

ルミが、彼よりもっと前にいることに気付いた彼は急いでその後を追う。

その姿はまるで母親を追う小さな子供のように可愛らしかった。




「先生って、彼女いるんですかー?」



そんな質問が、エヴィンの耳に響き、教室に響く。



「ああ、可愛くて綺麗で優しい彼女が」



笑顔で返した言葉に黄色い声があがる。

生徒曰く、エヴィンはかっこかわいいらしい。

本人に自覚はないが、生徒だけでなく町の人に聞いても誰もがそう答えるだろう。

立場上、彼女はルミだ、と言うことを言うのは避けたが本当は自慢したかった。

というのは、ルミには内緒だ。

入学式は無事に済み、エヴィンは二年、るみは一年生の担任を受け持つことになった。

たとえ、学年が異なっても職員室へと戻ればすぐに会える。

嬉しいことにエヴィンも担当の教科は一年生にも教えることになっていた。

あっという間にホームルームの終わりを告げるベルが鳴り、門から生徒たちが続々と家に向かい帰っていく。



「エヴィン、お昼食べよ!」



職員室にある自分のデスクに座りパソコンとにらめっこをしていたエヴィンにルミが話し掛ける。

……入学式の後にも仕事があるのは承知していたがこんなにもあるとは……、と後悔していたときの助け舟だった。

しかし、この学園ではその半端のない仕事の量は仕方のないことだった。

この学園は学校が大きく先生がたくさんいるのにも拘らず、行事などの仕事の量が容易くその数を上回る。

そのうえ、エヴィンはルミより要領がよくない。

そんな、彼に彼女は息抜きと思い、気を遣って誘いを掛けてくれたのだろう。

エヴィンは、その彼女の優しさに惹かれ何年も前に惚れたのだ。

彼女は助けを求めている人がいると、自分のことなど二の次、三の次で他人のことを最優先にする。



「わかった、どこで食べる?」



そういうと彼はデスクを離れる。

けれども、彼の手には何も握られておらず、それにルミは気にも留めない。

そのまま玄関へと並んで歩く。

話し合った結果、中庭で食べよう、と言うことになり中庭へ。

そこには、生徒はおろか人など一人もおらず、二人だけだった。

花が咲いており、桜だけでなく、チューリップ、パンジー、と春を彩る。

噴水まであり、太陽がキラキラと差し込むのだから、ここはまるで別世界、天国のようだ。

しかし、死んだ覚えはないのだから天国ではなく――。

だが、ここが天国であれば、幸せだろう。

しかも、隣に愛する人までいるのだから、文句なしだ。



「うわぁぁ……」



彼の隣の愛する人――ルミの口からは最早感嘆の声しか出ていない。

しかし、それはエヴィンも同じだった。

あまりの綺麗さに表現する言葉が出てこない。

なんと、表現すればよいものか……。



「お、お弁当、食べよっ!」



我に返った彼女は噴水近くのベンチに同じく我に返ったエヴィンを誘導する。

二人して座ると彼女は手に持っていた包みを広げる。

それは、エヴィンのために毎日作ってくれていたお弁当だった。

その中から姿を覗かせるは、愛らしく詰められたおかずたち。

これから、毎日こんな時間が過ごせるのか……――。

この場は、二人だけの天国であり秘密基地だ。

この幸せは誰にも見つけることはできない。

二人だけの幸せな時間。




いつまでもこの幸せが続きますように……。
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