novelle

□ありがとうを君に
1ページ/3ページ





ありがとうを君に



今女性がひとりぽつん、と佇んでいる。

その前にはひとりの青年。

彼女はしゃがみこみ、額の前で両手を合わせる。

その目元からは、静かに流れる雨が一粒。

心の中には悲しみ、怒り、そして、悩み。

負のエネルギーが渦巻いていた。

彼女の前には、大きな石と花。

石に刻まれている文字は……――。


“眞鍋(マナベ)家先祖代々之霊”



       さとし
「久しぶり。聖が逝ってからもう2度目の冬だね。もうすぐわたしの誕生日だよ? 覚えてる? 20歳になっちゃった……。何をくれる? あのね、今ほしいのは――」




途中で声は途切れ嗚咽へと変わっていく。

言葉を紡ぐ彼女の声は悲しいが美しいとしか言いようがない声色だった。

青年もまた同じく悲しい顔で彼女を見る。

曇った瞳。

何か言いたいようで口を開けるが声にはならず、空中に消えていった。




「何をくれる? ……聞き飽きたよね、何度も何度も聞かされてどうすることも
どうしてもらうこともできないのに……」




そのとき、微かに青年の口元が動く。




「……幸せ」




動いた口が発した言葉はそれだったのだろうか。

それでも、それは辛うじて彼女に耳に入ることのできた言葉だった。

風なのか、空耳なのか、それとも本当に彼の声なのかは……。




「言ったよ? 絶対だからね? もうこんな悲しみ見せないでよね」




さっきの声を彼女は青年の声だと理解――いや言い聞かせたのだろう。

そう言い残し彼女は石の前から去っていく。

彼女の表情は悲しみが残りつつあるものの和らいだ表情だった。




「ありがとう」




ふたりの声が重なった。

今度ばかしは意地悪に自身の声しか届かない。

だが、心は優しく暖かだったのを今でも彼女は覚えている。




________________

次からは番外編(??) です♪♪
top



.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ