貰/捧

□後悔先に立たず
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後悔先にたたず


ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……――。

毎秒毎秒、同じ音が部屋に響く。

その部屋には、一人の青年とその横に青年を見つめる少女が一人。

少女の目は赤くはれ、顔色は悪かった。

それもそうだろう。

ほんの数時間前まで彼女の前で笑っていた彼が今はもう目を覚まさないのだから。

死んだわけではない。

毎秒毎秒繰り返されるあの規則正しい音がそう告げていた。

彼は、ただ、白い布団が敷かれたベットの上で横になっている。

彼女はそんな彼からを目を逸らすことなく、光の宿っていない死んだような目で見つめていた。

その目は彼女のほうが死んでしまったのではないだろうか、と錯覚さえ覚えてしまう。




それは二、三日前のこと。

埃っぽく、日の射すことのない、かろうじて見えるくらいの暗い倉庫の中。

二人はけんかをしていた。

彼らは、相当のけんか好きで、その日もまた彼女と二人、売られたけんかを買っていた。

相手は強く、二人よりは劣るもののいつもの雑魚どもではなかった。

少し手間が掛かるが、どんどんと床に這いつくばっているものは増えていく。

そして僅か数十分で二十人、いや三十人はいただろうか、それくらいの輩を二人ですべて倒してしまった。

倒してから、二人で話していた。

まわりは今、二人に倒されたものたちばかりのところで。

油断していたのだろう。

倒されたものは死んだわけではないのに、いつまた襲ってくるかわからないのに。


「うぉぉぉぉぉ!!」


そこらに転がっていた一人の男が油断していた二人に雄たけびを上げ、向かってくる。

しかし、彼らが気付いたときにはすでに遅し。

男はこぶしを握り締め、彼の真後ろまで来ていたのだ。

直後、男のこぶしは振り上げられ不覚にも彼の顔に直撃し、壁へ向かって飛ばされる。

走ってきた力も加わり、顔に浴びせられた力はとてつもなく強かったはずだ。

鈍い音を立て、壁にぶつかる彼に心配が溢れる。

今まで、ひとつも傷を負わずにけんか三昧の彼があんな雑魚に傷を負わせられたのだ。

伝説とも言われたあの彼が。

彼女は彼を殴った男への怒りに満ちていた。



「てんめぇ! 何してんだよ!!」



怒り狂い人格も変わってしまっている。

彼女は自慢の特攻服と短いながらも金色をした髪をなびかせ男に殴りつく。

男は先程の一撃に力を使い果たしたのかまるで人形のようにこてん、と彼女の一発で再び床に転がった。



「う゛う゛……」



どこかでうめいている声が彼女の耳に届いた。

それが、彼の声だとわかると急いで壁の近くで動けなくなっている彼に近寄る。

彼は体のあらゆる箇所を打撲したのかいまだに動けずにいた。

どうやら、頭も打ったらしい。



「頭打ったんでしょ!? 病院、行かないと駄目じゃん!!」



頭をこんなに冷たく硬い灰色の壁にぶつけたのに病院に行かないとはどういうことか。

普通は病院に行って適切な処置を受けるのだろう。



「大丈夫だ、こんくらい! 心配ねぇよ」



けれども、彼はそれを拒む。

心配ないという。

彼が彼女よりもきつく言うので、病院に行けと頭ごなしに言うのは止めた。

心配はまだ治まらないが治まらせるしかない。

彼を信じるのだ。

頭痛も暫くして治まり、動けるようになったので、病院には行かず、その日を過ごした。




やはり、あのとき力ずくでも病院に行かせておけばよかったのだ。

そうであれば、彼はずっとベットの上で寝ずに済んだし、またあの優しく包むような笑った顔も見れたのだろう。

今、後悔してもどうにもならない。



「……ばかぁ。どうしてこんなことになるの。最初からけんかなんて……っ!」



彼女は、自分のいった言葉に憎しみを感じた。

けんかなんて……、彼女はそう言った。

けんかなんてしていなければ、彼はこうならなかったかもしれない。

確かにそうかもしれない。

だが、けんかをしていなかったら彼と出会う由もなかった。

まして、彼の笑顔を見ることさえも。

そう思うと自然にまた涙が溢れる。

彼はもう帰ってこないのだ。

ちょっと行ってくる。

そういって彼女の前から去った彼は帰ってはこない。

彼はもういない。

ただ、心臓だけが規則正しく動いているだけなのだ。




地のように赤い髪だけが白いベットの上に妖美に舞っていた。


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