御礼企画

□その先へ
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※年齢操作きり丸五年生です。






「お前は学園を…忍者になるのを辞めようと思ったことはないのか?」


土井先生がそんな事をおれに聞いて来たのは初めてだった。


アルバイトの洗濯物を畳むおれの傍らで、お昼寝する幼子の布団を掛け直しながらポツリと呟いたその台詞。



おれは洗濯物を畳む手を止めることもないままに、先生の横顔に視線を移す。


「……学園を辞めたいって思ったことはないです。だって、今まで払ってきた授業料が無駄になる訳でしょ?そんな事おれが出来るわけないっしょ。」


畳み終わった洗濯物を仕訳しながらあっけらかんと口にすると、一瞬の間の後に先生はお前らしいなと眉尻を下げて笑った。


幼子のお腹をポンポンと規則正しく打つ柔らかな調子は、何処までも優しい。






「じゃあ、別の道を選べばよかったと思った事はないのか?」


先程より僅かに真剣味を帯びた口調に、おれは小さく溜め息を吐いた。


「…そんなの…あるに決まってるじゃないですか。」


おれは畳み終わった洗濯物を風呂敷に包み込む。


先生はおれの所作をじっと見つめたままにそうかと小さく溢し、その後に続く言葉を何処か探している風だった。


おれは先生が言葉を発して仕舞う前にスクリと立ち上がり、でもねと続ける。



「忍術学園に来た事も、忍者に為る事も…全部自分が決めた事だから、おれは辞めたいって思わないよ―――間違ったなんて思わないっす。」


先生の瞳を真っ直ぐに見詰めたまま、おれははっきりと言い切った。


「…授業も実習も益々厳しくなるぞ?」


「…うっ。まあ、それは何とかしますよ。」


「お前はまだ十分に若いし、まだまだ他の道も残ってるんだぞ?」


「…今更なんなんすか?土井先生、何が言いたいんすか?」


いきなりの進路相談はイマイチ方向性が定まらない。


確かに学園に来たからといっても、忍者にならずに家業を継ぐ者も他の道へ進む者もいる。だか、おれには継ぐべき家も何もない。


己の身一つで生きる術を身に付け、生計を立てるしかないんだ。だからこの道を選んだ。


そんな事、先生は疾うの昔に知っているだろうに…おれにとっては今更過ぎる質問に、眉を潜めずにいられなかった。









学園に来てもう五度目の春を迎えていた。


この春休みが終われば、もう五年生になる。


低学年の頃は落ちこぼれだとかあほのは組だとか、散々言われていたが学年を上がる毎に実力を付けていった。



―――相変わらず騒ぎを起こす問題児達と言われ続け、山田先生や土井先生は頭を抱えているけれど。


それでも、数多の実戦経験は確実に力になっていた。


そのは組の一員であるきり丸も例外ではなく、補習を受ける時間が勿体無いと気付いてからは筆記も一度の試験で合格出来るようにと、そこそこの成績を修めている。


―――そう、順調に忍びへと一歩ずつ近づいているのに。


「……いや、ただお前が迷ってないか気になっただけだ。変な事を言ってすまんな。気にするな。」


土井先生は寝返りを打った幼子に視線を移し、まあ何かあればいつでも相談に乗るからなと付け加える。


「ふーん…そ、すか?」


ふわりと欠伸をしたもうすぐ起き出しそうな子の頭をひと撫でして、


おれはいまいち腑に落ちないまま、洗濯物の包みを持ち上げた。







そのやり取りに隠された先生の真意も、おれの覚悟の甘さもまだ知らないままに―――










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