brothers conflict
□ひーくんとでんわ
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(そろそろ名無しさん帰ってきた頃ね)
ホテルのルームサービスで朝食をとりながら日本との時差を確認し、携帯を取り出した。かけた先は自宅。
『はい、朝日奈です』
「あれ、棗。マンションに来てたの?」
『ひか兄…』
2コール程で出たのは1人暮らしをしている弟、棗だった。
どうやら侑介の代わりに名無しさんを迎えに行ったらしく、そのままマンションにいたみたい。
「名無しさん、いる?」
『あぁ。――名無しさんー、ひか兄から電話』
『ひーくん!?わーぁい!!』
嬉しそうな声とフローリングを走る可愛らしい足音に思わず笑みが零れた。
『もしもし、ひーくん?』
「こんばんは、名無しさん。遊んでた?」
『うん!なっくんにあそんでもらってた!』
相変わらず溺愛ねぇ。今も、電話の側に居たりして。
電話口の名無しさんの声は元気そうだ。何かあれば雅兄か京兄辺りが連絡してくるだろうけど、やっぱり直接声を聞くと安心する。
「今日保育園は何したの?」
『んっとね、はるくんとおえかきしてー、りんくんとナゲットとおやつのこうかんしてー、まこくんところんじゃった!』
ちょっと、いくつか突っ込みたいところがあるけれど。
「転んじゃったの?大丈夫だった?」
『うんー。でも、ズボンちょこっとやぶれちゃったの…』
「そう。それは雅兄に直してもらえば大丈夫。名無しさんにケガがなくてよかった」
『ひーくん、いつかえってくるのー?』
今度は名無しさんが俺に問いかけた。電話をすると必ず聞かれることだ。
「んー……あと4回寝たら会えるよ」
『4かい?』
「そう、4回。良い子にしてたらぬいぐるみ買っていってあげる」
『ぬいぐりゅみ!ななしさん、いーこにするー』
噛んだ。可愛い。
電話の向こうでも微かに同じ言葉が聞こえてきた。棗ね。
「どんなのがいい?」
『くまさん!』
「本当、熊が好きねぇ。分かったよ」
『やったー!ひーくんだいすきー!』
………あー、うん。
不意討ちは卑怯じゃない?
名無しさんの笑顔が不意に浮かんで、無意識に口角が上がったのが分かった。
「棗に代わってくれる?」その直後、さっきより少し不機嫌になった棗が「…なんだよ」と返してきた。
「ちょっと、名無しさんが今日遊んだ子、男ばっかじゃない」
『あ?あぁ…新しいクラスになってから仲良くなったみたいでさ』
最近、よく話の中に出てきては、兄弟たちを慌てさせているらしい。
全く…うちの男共は何やってんだか…。
それにしても、名無しさんも罪な子だ。まぁ、可愛いから仕方ないけど…。
でも、まだその友達3人に名無しさんをあげる気はない。
「ふぅん…じゃ、今度帰った時に名無しさんのお迎え行って、どんな子か見てこようかしら」
『…4歳児を脅すのはやめてくれよ』
「やだ、そんなことしないって」
酷い言われように反論したら『どうだか』と返された。こいつ俺のことどんな風に見てんのよ。
「じゃ、週末には帰るわ。名無しさんに“俺も大好きだよ”って伝えといて」
『却下』
「じゃねー」
電話を切って、煙草に火をつけた。
今日の予定は確か、午後まで空いていたはずだ。
それじゃ、可愛い熊でも探しにいきますか。愛する妹の為に、ね。
◇ひーくんとでんわ◇
(……)
(なっくん、ひーくんとでんわおわった?)
(ん、あぁ。…さ、名無しさん。遊ぶか)
(うん!)