ギフト
□SpiCa
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露に濡れた窓に、小指の先で小さく想いを告げる。
「好きだよ」
なんだか恥ずかしくなって、さっ、と悪戯書きを制服の袖で拭いて、君の姿を窓に映し出す。
冬の凍りつくような寒さから私達を守ってくれてるこの窓に、少しだけ感謝かな。
「……だからどーしたっていうんだよ」
「別に──。」
遠くでまた、あいつが仲のいい男子と話している。
私は今日もまた、吟(あきら)を見つめてるんだ。
☆SpiCa(クリスマスver.)
話しかけられて、舞い上がって。
話しかけることが出来なくて、落ち込んで。
最近はずっと、そんなことの繰り返し。
「紡詠(つむえ)」
「うん?」
「言ってみなって、そしたら絶対意識するから!」
「……そーかなぁ」
私の友達は、気になる男の子には“好きだよ”って軽い気持ちでいいから言ってみるべきだ、って言うんだけど……。
「見てるだけじゃ何も変わらないから!!」
「そりゃ、そーだよね……。」
でも。
でも私は、好きだよ、って、すごく大切な言葉のような気がする。
「はいはいは──い、みんな聞いて。」
私の切実な恋のお悩み相談を、担任の先生が遮る。
「今度の課題は、星に関する詩を作ってくることです!!」
「……。」
先生が大好きな宿題は、短歌、俳句、エトセトラ…何でもいいから七五調の詩を作ってくること。
流石古典の先生。
私は歌ならJポップの方が好きなんだけど、とか思っている間に、どんどん先生は提出期限などの話を進めていく。
どうして期末が終わったばっかりのこの時期に、また課題のこと考えなきゃいけないんだ。
「……なぁ、紡詠」
「あっ、吟!!」
「部活、行くだろ?」
「うん!!」
気づけば、HRが終わっていて、
気づけば、吟が目の前に立っていた。
うわぁ、なんで私気づいてなかったんだろ。
少しだけ後悔しながら、荷物を手に取る。
「よし、行こうか。」
「うん!!」
彼が持つのはトランペット。
私が持つのは音楽プレーヤーとスピーカー。
隣にいるとき、私の軌道はいつも、周極星みたいなまま。
でも、そんな現状を嫌だなんて、絶対に思ったりしない。
その軌道はきっと、君の近くにいるときは、永遠に変わらないんだと思う。
階段を1つ上がって、
「じゃあな、頑張れよ、紡詠。」
「うん、吟もね。」
いつも通り別れを告げる吟に、
「……ねぇ、吟」
「何だ?」
そっと、爆弾を投げてみる。
「好きだよ。」
「……!?」
お願い。
いつもみたいに、はぐらかしたりしないで。
気がつかないフリは、もうやめて!!
「俺も嫌いじゃないよ」
「へ!?」
また扱いの難しい返答をする──。
トレモロみたいに、波打つ思考は、いつも掴めない。
だから、私は、吟のこと、いつも考えちゃうんだよ?
ねぇ、そんな私のこと、知ってるの、吟──?
☆☆☆
星の瞬く空を見上げて、
やっぱり吟のことを考えている自分に気づいて。
「いま、どーしてるのかなっ……吟。」
誰に言うでもなく、呟く。
こんな所で呟いても、誰にも伝わらないのに。
そっと、今日吟から渡された楽譜を引っ張り出す。
……
「いいよ吟、これ吟の楽譜でしょ?」
「でも、これは、俺が吟の為に書いた楽譜なんだ。だから受け取って、欲しい。」
「……。わかった。でも、嬉しいけど、何にも出来ないよ?」
「それでいいんだ。俺が持っていて欲しいんだから。」
……
吟の言葉が戻ってくる。
どうしたら、いいの、私は──?
吟の行動の意味が分からない。
吟の言葉の意味が分からない。
空から視線を反らして、街に視線を落としても、たくさんの星。
そっか。
もう、クリスマスだっけ。
街はクリスマスのイルミネーションに染まっている。
クリスマス、には、
恋する人はどうするべきなのかな。
☆☆☆
また朝がきて、また放課後がきて。
そしてまた、私達2人は、階段を登って、部活の活動部屋へと向かう。
なにかを失ってしまいそうな、恐怖がある。
それでも。
それでも。
伝えなきゃ、いけないと、思ったから。
思考なんかまともに働かない、
でも、でも、
1つだけ分かる気持ちがここにある。
「ねぇ、吟、好きだよ。」
彼の服の袖を掴んで、心の中で爆発しそうな想いをそのまま、彼の目の前に持ってくる。
閉じ込めておけないほど、大きくなってしまった想いを。
「何言ってんだよ、紡詠。」
「私、本気だからね!!」
驚いたまま、かああっ、と染まった彼の頬に、私は近づきたいと思ってた。
……近づける、そう思ってた。
けど、臆病な私は、気がついたら、彼から目を逸らして、
彼の前から逃げるように駆け出していた──。
☆☆☆
「はぁ……。」
寝れない夜が、続いている。
また今日も、眠れなかった。
吟のことを考えたら、思考は全く止まらない。
またたく星をよけて、探してた。
君の本当の想い。
神話は、誰の味方なの?
すっごく意地悪。
笑っていたいよ。
ひとりはイヤだよ!!
答えが聞きたい、
怖くて聞けない。
今のこの苦しさが、未来へ繋がればいいのに。
いい加減、少し、寝たいかな。
溜め息を1つ。
放課後の音楽室には、私しかいなくて。
「吟……。」
想いだけ込めて、君の名を一人呟く。
あさはかな愛じゃ、届かないよね。
分かってる。
分かってる。
でも、この想いは本物なんだ。
吟が好きだ、と言っていたピアノにそっと触れる。
「……。」
弾ける、かどうか、分からないけど。
でも、君がこの楽譜をくれた。
そして、私は君を想っている。
なら、会いたい気持ちを音に詰めて。
ここで、君が贈ってくれた音楽を奏でよう。
♪Promise on Christmas
音が溢れる。
苦しくて、苦しくて、
でも、
愛しくて、愛しくて。
五線の上に、流れ星を浮かべて。
全部歌にして、今歌うから。
照らして、スピカ!!
余韻嫋々、君に届け!!
「……紡詠」
「…!?!?」
気が付けば、私の後ろに吟が立っていた。
「……答え、伝えにきた」
「……!!」
「だから、聞いてくれ。」
「うん。……聴くよ。」
「ありがとう、紡詠。…………愛してる。」
時間が止まった気がした。
そんな私のことなんか気付かないまま、吟は歌い始める。
♪遠い未来も一緒に居よう 君に誓う 幸せな夜に 言葉で愛を伝えるから
それは、Promise on Christmasと題された、吟のくれた楽譜に乗せられた歌詞。
抱きしめて欲しい、
必ず受け止めるから。
出会わなければ、私達は、どうやって2人バラバラに生きていたんだろうか。
……ううん、そんなこと考えられないから、きっと、デネボラだって飛び越えて行くんだ。
ワガママな歳差は、まるで星のよう。
それでも、絶対にあなたの隣に行くから。
きっとこれは、吟の腕の中。
夢みたいだけど、お願い。
この感触は、嘘にしないで──。
☆☆☆
「はい、じゃあ課題出して──!」
「なぁ、見せろよ、紡詠」
「やだ!!恥ずかしいもん!!」
「俺に見せられないって言うのかよ──?」
違う。
違うよ。
今は嫌なんだ。
だって、
『久方の 星の降る夜 天を見る 月にかかりし 雲よ消えよと』
これは、クリスマス色に染まった世界を見下ろしながら、
吟を想って紡いだ歌。
吟を想って詠んだ歌。
私の名前と一緒に、ちゃんとクリスマスに贈るから。
もちろん、受け取ってくれるよね?
ねぇ、吟。
想い合う2人は、
クリスマス、には、どうするべきなのかな──?
引用:水樹奈々 Promise on Christmas