ギフト

□星、草原、待宵 三題噺
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「そろそろ行こう」
「ああ」
短く答えたヴァンは馬の腹を蹴った。途端に馬は速度を上げる。
近づいてきた中くらいの星。それは立ち上がった熊くらいの大きさだった。
ゆっくりと動くそれに近づきながら、角笛を腰に吊るし直したヴァンは今度は短
剣を取り出した。柄には長く細い縄が結ばれている。抜き身の短剣の刃は夜空の
色。
ヴァンたちが初めて捕まえた星の色。
星の周囲を駆け回り、短剣を刺す場所を選ぶ。刺す場所に因っては、星が砕けた
りぱっくりと割れたりしてしまう。大事な作業だ。
ヴァンと同じように星を見つめていたニュイは、星に微かな色むらがあることに
気がついた。
「……あれが岩目……」
「よく知ってんな」
「勉強したから」
エトワールもヴァンとお揃いの短剣を携え馬を駆っている。他の4人は杖を構え
、てんでんばらばらな速さで近づいてくる星々を突き追い払う役だ。
風に乗る馬といえど、立ち止まれば落下する。そのため全員が走る馬の上で各々
の仕事を強いられる。しかし手間取る者はいない。
空の上での作業は一つ間違えば命に関わる。だからここに揃っているのは若衆の
中でも精鋭だ。
ニュイも馬術は男に負けない。しかし女だからと外されたのが、どうにもならな
いこととは言え悔しかった。
焦がれた世界が、今目の前に広がっている。
ヴァンが短剣を投げた。
やすやすと星に突き刺さったそれに繋がった縄を引く。星の重みで短剣が抜ける
かと思ったが、浮遊する大岩は素直にゆっくりと動き出した。
星が降下し始めたのを見て仲間が集まってきた。5頭の馬は星の周囲を囲うよう
に展開し、全騎が同じ速さで風を蹴る。
縄を手渡され、ニュイは恐る恐るそれを引いてみた。重いものが滑らかに動く独
特の手応え。少し強く引きすぎるとその動きに勢いがつき、縄が弛んでしまう。
弱すぎると縄が切れそうに張る。力加減次第だ。
頬を緩ませ、くいくいと縄を引くニュイにヴァンも表情を綻ばせた。
「ヴァン、これどうするの?」
「んー、とりあえず砥石に。これぐらいありゃみんなに配れる」
「隣の奥さんが包丁欲しいってさ」
「うちはそろそろ馬具の換え時かな」
「僕の短剣欠けちゃって」
「今回こそはあの娘に首飾りを贈る!」
皆楽しげに星の使い道を語る。これだけ大きければ、それなりにたくさんのもの
が作れるだろう。
空を巡る星は生活に欠かせない、夜空の恩恵だ。
透き通った闇が透明度を増す。白く煙るような、それでいて更に澄んでいく淡い
青に天を明け渡す。
星々が空の明るさに照らされ透ける。全ての色は透明に還る。
日が上れば星は完全に透き通り見えなくなる。その前に星の群れを抜ける必要が
あるが、そう心配することもなさそうだとニュイは小さく息をついた。高揚しな
がらもやはり緊張はしていたようだ。
暁色の馬が軽やかに地上に降り立つと同時に、地平線に光が弾けた。その一瞬を
皮切りに世界は光に溢れかえる。
先に馬から降りたヴァンが片手を差し出した。
風の騎士。それもそうかもしれない。
微笑し、ニュイはヴァンの手を取った。

花を模った山吹色の髪飾りを彼から貰ったのは、また後日の話だ。


*ニュイ=夜 ヴァン=風 エトワール=星 確かフランス語
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