心霊探偵八雲


□甘い時間の作り方
1ページ/2ページ

八雲は困惑していた。
先ほどから続く、この微妙な空気を打破する術を持たずに、時折ちらりと前方を盗み見る。目の前には最近付き合い始めた彼女、晴香が湯上り姿でくつろいでいる。おいしい状態には違いない。しかし、今の自分の精神衛生を鑑みると、宜しくない状況であるのもまた確実だった−−−。


そもそものきっかけは、後藤からの電話だった。いつもなら面倒くさくて放置するところだが、その時は何気なしに着信を確認せずに電話に出た。
「よう、ぐうたら大学生。元気か」
「元気でなければ電話には出ません」
少々うんざりしながら八雲は受け答える。
「オマエ、ほんとかわいくないな」
「可愛い男子大学生など気持ち悪いだけです。・・・ほら、さっさと本題に入ってください」
相変わらずの八雲の様子に、ここのところ我慢強くなったと自認する後藤は怒りをため息にのせた後、「今日、お前うちに帰ってこられるか」
そんな言葉で話を切りだし始めた。



――それというのも、後藤は仕事で今日中にどうしても帰宅できず、しかも間の悪いことに、敦子も遠方の親戚に不幸ごとがあったとかでしばらく家を留守にせねばならないという。
「奈緒を一人にしてはおけねぇからな。今晩だけでも一緒にいてやってくれ」
というものを八雲が無碍に出来るはずもない。
「ったくあのバカのせいで・・・なんでオレが尻拭いしなきゃならねぇんだ」
そんな呟きとともに電話は一方的に切られた。「あのバカ」が何をしてこうなったのか何となく想像できるものの、八雲は後藤に同情する気は持ち合わせていない。部下の世話を引き受けるのも、仕事のひとつと考えるからである。
ともかくも、今日は家に帰るしかあるまい。ふぅ、と息をついて携帯を置いた八雲に、今まで黙ってやりとりを聞いていた晴香が口を開いた。


「私も八雲くんちに行くよ」
八雲は一瞬動きを止めた。
「・・・は?」
「だって、八雲くんが一人で奈緒ちゃんの面倒見るなんて心配だもん」
「奈緒は赤ん坊じゃないんだ。一通りの世話くらい、君に心配されるまでもない」
憮然とする八雲に晴香は尚も言い募る。
「ご飯はどうするの?まさかコンビニで済まそうなんて思ってないでしょうね?八雲くんはそれでいいかもだけど、奈緒ちゃんにはきちんとしたのを食べさせてあげなくちゃ!!」
そうして図星を指された八雲は晴香に強引に押し切られ、仲良く(?)二人で帰宅する運びとなったのである。


夕食は、まあまあの出来だった。口に出しては言えないが、おいしい部類に入ると思う。無反応な八雲を見て「作り甲斐がない」と晴香はぼやいたが、奈緒がニコニコと食べていたのでそれに気を良くしていた。そのあとも二人仲良く独特の方法でおしゃべりを楽しんだり、ゲームをしていたりしたので、八雲の出る幕はほとんどなかったと言って良い。
そうこうしているうちに、奈緒が「お姉ちゃんと一緒にお風呂にはいる!!」と主張し始めた。これには晴香も驚き、着替えを持ってきてないから、と渋っていたものの、奈緒のしょんぼりした顔を見かねて付き合うことになり・・・現在に至る。


☆☆☆
湯上りとはいっても、着替えのない彼女は元着ていた服のままである。
しかもテレビを見ながら、奈緒が晴香の膝の上でうつらうつらしている為、完全に二人きりというわけでもない。
しかし。
それで彼女の湯上り姿が気にならなくなるわけでもなく。
ほんのり上気した頬や少し湿った髪がかかるうなじに思わず目を奪われて、口付けたい衝動に駆られる。もっとも、晴香はテレビ番組に気を取られてそんな八雲に気付いてはいないが。

それから30分ほど番組を堪能してから、晴香はようやく八雲に向き直った。
「もう10時かぁ。八雲くん、奈緒ちゃん寝ちゃったし、お布団に寝かせなくちゃね」
そうして八雲が奈緒を抱き上げ、そっと寝室まで運ぶ。おだやかな寝顔を確認してから、二人は居間に戻った。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ